254;月と影.05(ジュライ/牛飼七月)
「ジュライ君、時間だよ」
三度のノックの後でドア越しにかけられた声は、ルメリオさんのものでした。僕はてっきりミカさんが呼びに来てくれるものだと思っていましたが、きっとナツキの方に行っているのでしょう。
「分かりました、ありがとうございます」
座していた床から立ち上がり、先ほどミカさんから借り受けた軍刀を握ります。
そうしてドアへと向かいながら、この三時間の集大成を頭の中で纏め上げ――
「お待たせしました」
廊下へと出ると、向かいの壁にもたれかかっていたルメリオさんがにやりと笑みました。
目元を覆う
「ほいじゃ行こうか」
「はい、お願いします」
頭はすっきりとしていて、とても戦いの場に赴く心地じゃありません。
寧ろこれは、試合へと足を向けるそれに同じ――培ってきた、磨いてきた心技体を認め合う、神聖な場。
試合では無く死合になりかねないのが少し嫌ですが……僕も彼も、もうどちらも《
しかし、僕が彼に勝ったとして、或いは僕が彼に負けたとして――僕達はまた、そのどちらかが〈七七式軍刀〉に収まってしまうのでしょうか?
互いに異なるキャラクターとなった今、それでも〔王剣と隷剣〕は続けられるのでしょうか。それとも、全く違う形に?
そもそもよく考えれば、〈七七式軍刀〉は今はナツキの〈
――――まぁ、試合って終わればその辺りの答えは出るでしょう。今その疑念は雑念です。
「大丈夫? 緊張してる?」
「いえ……何となく、懐かしいなとは」
やがて長い廊下の終わりが見えて。
ルメリオさんはその重い扉をほんの少し愚痴を溢しながら開けました。
そこは開けた空間でした。
凡そ10メートル四方はあるでしょうか。広さは申し分無く、壁に囲まれていますが天井はありません。
「晴れてたら良かったのにね」
ルメリオさんのぼやきが耳を撫でます。その声に従い、広がりに足を進める最中に空を仰ぎました。ぽつぽつと、肌を細やかな雫が叩きます。
「いいじゃないですか、僕達を映すようで」
「ん?」
俄かに強まるようで、今にも止みそうな雨足、空模様。
どうなるか分からない、僕とナツキみたいです。
ただ、暗雲は確かに立ち込めている。
今すぐに晴れ渡ることは無いのでしょう。
ガチャン――
「待たせたな」
僕が出てきたのとは反対側の扉を開き、ミカさんが現れました。
その、後ろには――――
「――ナツキ」
◆
「――ジュライ」
驚く程自然に声は出て来ました。
不思議とそこまで心が揺れ動くことは無く、努めていた以上の冷静さで僕は前へと歩み出ます。
そうすると、彼も僕と同じように、いつもの歩幅、いつもの歩調で空間の中央へと向けて進むのです。
僕達の背を追って歩むミカさんとルメリオさん、その二人だけが、僕達の死合の場における不純物――けれど、扉はまたもガチャリと開きます。
「やべっ、もう始まんじゃん」
「間に合った、って言うか誰もいないな」
先に出て来たのは誰か知りませんが、その後ろがアリデッドさんだと言うことは判りました。
それを皮切りに、この中庭へと次々に
彼らは増えるに従って円形に僕達を囲み、その最前列に、僕は彼女の姿を捉えました。
でも彼女の眼は、視線は、僕を向いてなどいません。
僕と対峙する、
どうして。
どうして。
どうして――偽物なのに、本当の僕じゃないのに、僕が欲しい全てを奪っていくのか。
ざり。
細かな砂利が敷き詰められた地面を、靴底の鉄が噛む嫌な音が響きます。
ささくれだった心を逆撫でるような摩擦音――――静かに濡れた砂利はその音を僅かに誇張する。
「決めましょう」
「……何を?」
「どちらが“王”で、どちらが“奴隷”かを」
「……ああ、全く腹が立つ。お前は、僕の偽物のくせに」
僅か3メートル程度の隔たりを置いて向かい合う僕達。
確かジュライは、ナノカの魂を継承してレベルは僕よりも上……それに僕の主要スキルはホームでの交戦で殆ど割れている。
それに対して今のジュライがどんな
正直、分が悪いのは僕の方――レベルも、スキルも。唯一優っていると言えるのは得物くらい。
それでも――――
「僕が、僕が本物だ。僕こそが“王”でお前が“奴隷”なんだ。お前を討って、それを証明する!」
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