252;月と影.04(久留米理央/ジュライ)

『兎に角、先ずは牛飼七月の動向を突き止めるのが先だ』


 レイドが終わった早々に、綾城ミカさんはそう言った。

 だから僕はかつての【七刀ナナツガタナ】の本拠地に赴き、あの二人の壮絶な合を目の当たりにした。


 レイドを引き起こした【七刀ナナツガタナ】メンバーの一人、センダラの扇動によって裏切りを表した暗殺者、レイヴン――――彼を打ち負かした牛飼七月は、彼とジュライとに別たれたことでかなりの弱体化を強いられていた筈だ。

 だと言うのにレイヴンを打ち破り、そして彼のアルマを手に入れた牛飼七月は――――成程、綾城ミカさんが“兎に角”と言うだけのことはある。


 いつ手に入れたか判らない〈転移の護符アミュレット〉で移動を果たした彼を、僕は僕達【正義の鉄鎚マレウス】の幹部にのみ貸与されている“開発者権限チートコード”を使って行き場所を把握し、そして自分もまた〈転移の護符アミュレット〉で転移したとんだ

 牛飼七月は新たに手に入れた《シャドウ》のスキルで以てずっとジュライの影に隠れていた。その後ろを、使い魔ファミリアのスキル《擬態》で背景と同化しながら透明人間となって追い――やがて


 何だってそんな最悪のタイミングでしゃしゃり出るかねぇ。

 牛飼七月は《シャドウ》のスキル《影分身かげわけみ》で相対する四人と同じ数となり、そしてセヴンを拘束することに成功する。


 いやぁ、吃驚したのはその後だって話――――『ルメリオ! 今だっ!!』なんて怒号、思わず《擬態》を解いて参戦してたところだった。

 僕がその場に居合わせたことを、あの蜥蜴男アリデッドが知っていたかどうかは判別できない。でも恐らくブラフだっただろう――それに釣られた牛飼七月は結局セヴンを手放し、しかしその牛飼七月もまた、ブラフだった。

 解散を余儀なくされた【菜の花の集い】の生き残りであるスノードロップを捕らえ、ジュライとセヴンとに指示を出しては再び〈転移の護符アミュレット〉を消費しつかった。


 何とも陳腐なブラフ合戦なんでしょ――――でもそうじゃなかったら、僕が嫌々ながらもこの身を挟みこむ余地は無かったわけで。

 牛飼七月はその場に僕はいないと確信していたようだったけれど、でも僕はちゃんと居合わせていた。綾城ミカさんの指示ですからね。そりゃあちゃんとやりますよ。


『もし牛飼七月が〈転移の護符アミュレット〉で移動するようなら、開発者権限チートコードで座標を上書きしろ』


 簡単に言ってくれるんだもんなぁ……アイテムの消費から実際の移動までのタイムラグ、どれだけ短いか解ってます? って話だよ――――まぁ、出来ちゃうのが僕だけど。


「――意外と、早かったな」

「は――――ぁ?」


 僕にとって見れば、そのラグであと三つはコードを重ねることが出来た。だからついでに、牛飼七月が捕らえた筈のスノードロップと僕の座標を入れ替えて、そしてその彼女の姿を身に纏って偽装した。

 その時点で既に、僕はを彼に行使しつかっていた。何せ行使さつかわれた対象に気付かせないようになんて、接触距離でしか出来ないもんで。


「牛飼流はその全てが戦場に於いて命を拾い、命を奪うために研鑽された戦闘術。ならば、お前を欺き毒を盛って命を奪おうとも、それもまた牛飼流だろ?」

「っ、――――っ!」


 幕切れはいつも、思った以上に呆気ない。何だこんなもんか、がいつもの感想。

 でも、この時ばかりは違った。この時ばかりは、まさか僕が施した座標コードを手繰り寄せて追って来るだなんて――――




   ◆




 極彩色の渦が盛大に罅割れて、僕達はその訓練場のような広い空間の中心に降り立ちました。


「ジュライっ!?」

「――ミカさんっ!? え、どうして?」


 そして気配に振り返ると、そこには片膝を着いて歯を食いしばる、ナツキがいました。

 遠くで上半面マスク越しに目を見開いたルメリオさんの表情で、これがどういう状況なのかは何となく解りました。きっと彼らは、ナツキを追っていたんです。


「……成程、管理者権限か」

「そっちは開発者権限だっけか? ある程度出来ることは似通ってるようだな」


 返しながらも、アリデッドさんの鋭い視線はナツキに、槍の矛先と共に向けられています。


「スノードロップさんは?」

「ちゃんと無事だよ。今頃は僕ちゃんの部屋で、一人おろおろしてるんじゃない?」

「セヴン」


 セヴンはこくりと頷き、ルメリオさんに近寄ります。それだけで言わんとしていることを察したルメリオさんは、くるりと踵を返して案内を始めました。


「……彼の、状態は?」

「……[朦朧]だな。神経系の毒を」

「いつ解けますか?」

「ルメリオが戻れば直ぐにでも。いや、一応私の《魔を排す弾丸ディスペルバレット》でも可能だが――――どうするつもりだ?」


 ゆっくりと振り返り、僕はナツキを見詰めました。

 彼は毒に犯されていると言うのに、身体中の支配コントロールが効かない状態だと言うのに、あらん限りの憎悪を灯した表情で僕を睨み付けています。


「――決着を、つけましょう。ナツキ、僕と君の、どちらがで、どちらがであるかを」


 ですがその時は今ではありません。

 互いに傷を癒し、万全の状態で――――共に、正々堂々果たし合うために。


「ならば、3時間後でどうだ?」

「分かりました。この場所を使っても?」


 ミカさんは首肯します。そして、壁に立てかけられていた一振りの軍刀を取ると、僕に差し出しました。


「牛飼流にも適応できるよう、柄と重心は調整してある」

「ありがとうございます」


 それを腰に帯び、僕はナツキに向かって手を差し伸べました。


「全身全霊で、合いましょう」

「っ、――殺して、やる」

「それで、構いません。ただし僕が勝ったなら、君は僕のために生きてもらう」

「――――っ!!」


 発狂した猫のような息遣い。でも、何一つ怖くなんてありません。


「ならば私が立ち合おう」

「ありがとうございます。でも、余計な横槍はしないで下さい」

「余計な、ね……」

「はい。僕と彼との決着は、僕と彼で着けます。ですから」

「分かった。何もしないと誓おう」

「……はい。ありがとうございます」


 そして僕達は互いに異なる部屋へと案内され、【正義の鉄鎚マレウス】のクランメンバーによる諸々の治療を施されました。

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