251;牛飼流銃剣術.02(牛飼七月)
それは
祖先が記した古い文献でしか見たことのない、現存しない特殊兵装――牛飼式銃剣。
銃剣とは本来、小銃等の先端に取り付ける小柄な剣を指します。
ですが牛飼式銃剣は突撃銃と銃剣とが一体となっており、銃身から銃剣部が延長して作られているために取り外すことが出来ません。
ですが銃剣での刺突や斬閃は銃身を歪める
そのため、その銃剣は重く硬い金属で分厚く作られました。決して曲がらぬよう、決して使い手を窮地に陥らせぬよう。
ですがそれ故に銃の重心は前方に大幅に寄ってしまい――それを補う意味もあり、
つまりはそれは前後に切っ先を備える、まるで双竜刀のような、長く分厚く重い銃なのです。
そんな夢物語でしか無い代物だからこそ。
実戦配備されることなく古びた文献の中で、
それを、まさか――――
「――――お前を終わらせる」
短く呟いたその声に、困惑が混濁する僕の感情は異常な程に腫れ上がり、膨大な熱を孕みました。
「……やってみて下さい、やってみて下さいよ!!」
倒れ込むような大股の一歩を地面すれすれの低空軌道で踏み出すと同時に、軸足で思い切り床を蹴ることで為る、“縮地”の歩法。
つんのめるような突進は、ですが蓄えた力を一気に解放することで生じる破壊力、あるいは貫通力を僕の切っ先に宿します。
それをただ、前に伸ばすだけ――――“
ですが相手もまた牛飼流――切っ先の方向は僕を外さずにただ身体を横にずらして躱します。
そして、僕の繰り出す技もまた牛飼流ーー突きが躱された瞬間に柄を握る手を捻って刃を寝かせ、そして更に一歩踏み込みながら撓めた腕を真横に振り払う薙ぎを見舞います。
ガギィーーその一閃を、振り上げた小銃の腹で受け止め弾いた綾城さんは、押すと同時に身を引いて生んだ隔たりの向こう側で、尖鋭を備える銃口を僕の胸へと向けました。
《残像回避》
即座にスキルの効果を身に宿して、放たれた弾丸の凶悪な一撃を無為にします。
背の遥かで岩壁が弾を跳ね返した嫌な音が響きました。
斬撃と刺突とを備えたと言っても、結局は銃であることには変わらないーーだからこその前進。距離を空けることなど許しません。
僕は
でも肉薄しての白兵距離、格闘距離ならば僕に分がある筈です。
綾城さんもそれを分かっているのでしょうーー後方へと短い跳躍を重ねながら再三の銃撃を放ちます。
しかしそれら全ては僕の輪郭を擦り抜けては後方の壁に孔を穿つのみです。
「っ!!」
咄嗟に横っ飛びました。相対する敵の頭上に、《
あれは《残像回避》では躱せません。あれを回避するなら《影潜り》じゃなければ。
ですが行使から一定時間効果を自動的に発揮する《残像回避》と違い、《影潜り》は一度の行使ごとに
「――っはぁっ!」
そして僕の動きの逐一を、綾城さんは見抜いていました――レイヴンさんのアルマを喰らって《
なのに、影に潜った僕が死角を衝くために銃の構えとは逆の左半身・背中側から湧き上がると同時に、待っていましたと言わんばかりに身体を旋回させて後銃剣を斧で横殴るように薙ぐのです。
確かに、銃撃を許さない肉薄の乱戦では
ですがその二手目すら要らない程の鋭利でかつ重厚な一閃は致命に値します。面食らったが最期、命は喰われてしまう。
ですから僕はその起こりを確認するや否や、だらりと垂らした手に把持していた〈七七式軍刀〉を身体を沈ませると同時に大きく踏み込みながら振り上げました。
牛飼流軍刀術では“
しかし共に弾かれた僕らは一歩踏み込めば剣閃の、一歩遠ざかれば銃撃の、一投足こそが雌雄を決す劇的な隔たりを狭間に置きました。
この場に於いては先に動いた方が敗けます――――僕が最も高速で繰り出せる突きを放てばその瞬間に銃口から真っ直ぐに伸びた射線が胸を、若しくは頭を穿つでしょうし。
逆に、綾城さんが銃撃のために退けば、あるいは突き付けた前銃剣を押し出せば、僕は再び今度こそ完璧な“
共にそれが判っているからこそ動けない、劇的な間――――だと言うのに、綾城さんはふっと口角を持ち上げました。
「何を――――っ!?」
途端に、ぐらりと頭が
「……意外と耐えたな」
最早交戦の必要は無いと、僕に突き付けられていた銃口はそっぽを向きました。綾城さんが、構えを解いたのです。
「な、何、っ、がっ……」
「毒だよ」
「毒、――っ?」
がたん――膝当てが重く石畳の床に落ち、片膝を着いた僕はガランと得物をすらも落とします。
抱えても抱えても、押さえても押さえても、この視界のぐにゃるりとした歪みは止まりません。そんな乱れ切った視界の隅で、[朦朧]という
「う、うぐ……っ」
「ルメリオ、よくやった」
「あいよー」
毒――――一体、どのタイミングで? 謀られてこの部屋に呼び寄せられた時か? それとも
現に僕は騙され、身体の自由を奪われた。
「う、牛飼、流で――」
「牛飼流で殺すんじゃ無かったのかと、そう問いたいのか? ――――はぁ」
深く溜息を吐いた綾城さんは、
吸う――――吐く。仄白い煙がたなびいては散っていく。
「お前はここを遊技場か何かと勘違いしていないか? ここは戦場で、私たちは命の遣り取りをしていた筈だ」
「ぐ、ぅ――」
「牛飼流はその全てが戦場に於いて命を拾い、命を奪うために研鑽された戦闘術。ならば、お前を欺き毒を盛って命を奪おうとも、それもまた牛飼流だろ?」
「っ、――――っ!」
いくら激昂しようとも、いくら糾弾を決め込もうとも。
身体の自由が効かない以上、僕は敗者以外の何者でも無く。
そして。
戦場では、敗者はただ敗れ去るのみ――――命を、こうも
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