250;牛飼流銃剣術.01(綾城ミシェル)

「――意外と、早かったな」

「は――――ぁ?」


 現れた七月は、その鉄面皮のような涼やかな顔を盛大に歪めて私をただ見ていた――当然だ。つい今し方まで、自分が連れ攫ったのは【菜の花の集い】の唯一の生き残り、スノードロップだと信じ切っていた筈だ。

 そして、〈転移の護符アミュレット〉で空間を跳躍して移動した先も。私達クラン【正義の鉄鎚マレウス】の拠点アジトの一画にある訓練場だとは露程も思っていなかった筈だ。


「女の子の扱いが雑っすねぇ」


 呆けた七月の腕からするりと抜け出したルメリオは、そそくさと壁際まで後退しながら“後は宜しく”のハンドサインを私に向けた。それに一つ頷き、改めて未だ呆ける変わり果てた弟弟子の姿を静かに見詰める。


「な、んで?」

「それは何に対する質問だ? 何でこんな所に迷い込んだのか、なのか、それとも何でお前がここにいるんだ、か――――どちらにせよ、お前はまんまと罠にかかったんだよ」

「は、ぁ?」

「理解できなくていい。唯一ただひとつ、お前の相手は私が務める、ということ以外は」


 告げて、腰の専用鞘に納めていた変形銃剣をすらりと抜いた。それは腰元から私の手に引き抜かれて私の身体の正面に来るまでにガシャリガシャリと形を変え、流麗な一振りの剣へと移ろう。

 それを構えながら、一際目を細めて七月を睨む。


「――今度こそ、導いてやる」

「今度こそ、って……」

「お前が罪を犯した時も。そして、お前がこの世界で仲間とはぐれた時も。前者はお前の傍にいてやれなかった。後者は、私がはぐれさせたようなものだ」

「……まるで、自分がとても正しい風な口振りですね」


 漸く臨戦態勢へと移行シフトした七月は、腰の鞘から抜き放った直刀を正眼に構える。それは、取り回しのし易さとそのまま前進するだけで突きを放てることから牛飼流軍刀術では常道とも言える構えだ。


「自分だって、人殺しのくせに」


 つい、目を細めてしまった。


「――ああ。人を殺すしか無いから、傭兵になったんだ」


 私自身、自分の異常性は正しく認識している。そんな私と、七月は違うんだと思い込んでいた――いや、思っていたかった。その片鱗に気付いていながら、彼に理想を押し付けたばかりに気付いてやれなかった、導いてやれなかった。

 戦場でなら殺人は容認されるんだってことを、教えてやれなかった。


「がぁっ!」


 そして“縮地”と呼ばれる歩法により、七月の身体は前のめりに沈みながら恐るべき速度で肉薄し――――その動きに目を奪われた所で

 その先はもう勘だった。ただ背中に走るひりひりとした予感に任せて、前方に飛び込みながら転がった。

 乱れる毛先を、鋭い何かが通り抜けた。

 転がる身体を反転させながら起こすと同時に、携えた剣を真っ直ぐに突き出した。

 もう、そこに彼の影は無かった――――だから今度は、突き出した剣に自らの身体を引き付けるように飛び込みながら、撓めた腕を降り伸ばして薙ぎ払いを見舞った。


 ガギンッ――今度は、避け切れずに受け止めてくれた。


「しぃっ!」

「っ!!」


 交差した刃をそのままに、またも剣に身を引き付ける足捌きで接近、そのまま繰り出した横蹴りは七月の鳩尾に突き刺さる直前でその身体を突き抜ける。

 その直前、彼の頭上には《残像回避》というスキル名が浮上ポップアップしていた。

 舌打ちをした私は、剣を引き戻し銃形態ブレイズモードへと変化させながら後方へと跳躍して距離を取る。

 だがそうされては分が悪い七月は、これを好機と見て突進を見せる。当然、切っ先は私の喉に向いている。


「《魔を排す弾丸ディスペルバレット》!」


 ダヅンと撃たれた弾丸はその刹那、遥か後方の石壁にキンと火花を散らした。

 浮上ポップアップしたスキル名は《影潜り》に変わっていた。やはり、《魔を排す弾丸ディスペルバレット》ならば《残像回避》を打ち消して損傷ダメージを与えられるらしい――つまり、《残像回避》はどちらかと言えば魔術寄りのスキルだということだ。

 だがそんなことはどうだっていい、今は――――重要なのは、影に潜った彼がどこから出て来るのか。

 そしてそれは、やはり私の足元だった。足元から真っ直ぐに伸び上がる刃を仰け反って躱しながら、飛び出ては影の黒から本来の色彩へと移ろう彼の綺麗な横顔に、上段回し蹴りハイキックをぶちかます。


「が――――っ!」


 直撃クリーンヒットし、七月は真横に吹き飛ばされたように倒れた。だが直ぐに立ち上がり、切っ先を私の喉に向けてはぎらりと睨み付けて来る。


「スキルに頼り切っているな。それでは牛飼流の基本すらいつか忘れてしまうぞ」

「綾城さんだって、スキルしか使っていないじゃ無いですか」

「そりゃあ、この世界じゃスキルの方が強いからな」

「基本どころか、牛飼流そのものを忘れてしまったんですか」

「さぁ、どうだろうな。そもそも、使う気にならないだけかも知れないぞ?」


 びぎり、と音がしたかのように彼の蟀谷こめかみに青筋が浮かぶ。元より表情の判り辛いヤツだ、ここまで凶相を見せることは珍しい。

 だが、見たことが無いわけじゃない。見せたことが無かったわけじゃない。

 七月は、自分が大切にしている何かを穢された時に激しく怒りを見せる。他流の者に牛飼流を軽んじられた時や、それこそ妹を穢された時。そんな時こそ、我を忘れるほどの怒りに憑りつかれてしまうのだ。

 そしてそれを、。それを、正しいことだと信じ切ってしまっているから。


「……だが、いい機会だな。お前を、には」


 眉根の皺と同時に、その双眸に宿る憎悪は深まった。それを見ながら、私は愛器〈ブレイズブレイド〉を棄却した。


「エク、レア……? いや、そんな筈は無い、エクレアは、」


 私の傍らに現れた使い魔ファミリアの姿に、七月は狼狽している様だった。


「そうだな。彼は、二年前に天寿を全うしたよ」

「ワンッ!」


 そして失われた光と入れ替わるように、私の手に新たな光が宿る。

 もう一つの愛器――〈試製・牛飼式銃剣〉。それは、私が牛飼流銃剣術を扱う際の専用装備だ。


 そもそも、剣形態ブレイドモード銃形態ブレイズモードとを行き来する〈ブレイズブレイド〉では、《銃剣士バヨネット》としてのスキルは使えても、牛飼流銃剣術は使えない――――銃剣術とはその名に剣を冠すものの、その根幹にあるのは“槍術”だからだ。

 その辺りの一切を心得ない開発者により、《銃剣士バヨネット》というアルマは剣術と銃撃という二種のスキルを併用するだけのおざなりなものになってしまった。


 違う、そうじゃない――銃剣術はそうじゃないんだ。


 行き倒れた死体が本当に死体なのかを確認する作業に弾丸を消費することを厭ったことから銃身に突き刺す刃を備えるようになった契機を発端として、やがては肉薄する乱戦にて仲間を誤射フレンドリィファイアしないように捌き方を模索され、そして牛飼流は度重なる戦場にて研鑽を重ね、一つの“術”に昇華させた。


 ただ刺突・斬閃と発砲とを併用できるというだけなのでは無い。

 銃剣術とは、刺突・斬閃と発砲とを、組み合わせることで無双を生み出すものだ。

 牛飼流軍刀術がそうであるように、牛飼流銃剣術もまた、戦火の中に異なる“赤”を幾つも咲かせるものだ。

 そしてそれを扱う私こそ――――では誰にも見せたことの無い、戦禍の中でしか息をすることの出来なかった私自身。

 戦場で人を殺すことでしか生きていけない、殺戮鬼でしかない私自身本当の綾城ミシェルなのだ。


「……心配するな。本当のエクレアには


 そして私は、銃床にすら下向きの刃を持ついびつな突撃銃を構えた。

 握るのに適した太さの銃把グリップを右手で握り、用心金トリガーガードの無い引き金に人差し指を軽く添える。

 下向きに付いた刃の伸びる銃床は脇に挟み、叩き切ることすら前提とする重厚な銃身を左手に握り――――銃身に備わる細くも肉厚な片刃は、鋭い切っ先の照準を七月の腹部に定めている。


「いや、逢わせてやる。私が、この手で――――お前を終わらせる」

「……やってみて下さいよ、やってみて下さいよ!!」


 怒号と共に黒い奔流を足元から立ち昇らせた七月が疾駆した。

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