243;一時の休息.03(レクシィ/姫七夕)

「俺、……償いたいんだ」

「はぁ?」


 ユーリカさんの表情に刻まれた殺意がその色を濃く深めた。しかし飛び掛かろうと前傾になった彼女に、セヴンが伸ばした手でそれを制す。


「何を、どうやって、償うんですか?」

「何を……これまでのこと、を。どうやってかは、正直まだ分かっていないけど……」

「そもそも償えるようなことなのか? オタクが、クソみたいな仲間と一緒にしでかしたことは」


 間髪入れず、アリデッドさんが突き放す。

 そこにセヴンさんが、似た矛先を突き付ける。


「誰も、赦してくれないかも知れないですよ?」

「……それでも、償わないと」


 この人は、あのショウゴや他の仲間たちと、ナノカさんを穢した。

 その事実は、わたしの脳裏にあの夜のことを呼び起こし、わたしは胸の奥で膨張した嫌悪感と嘔吐感とに眉を顰めた。


? そりゃあ見上げた使命感強迫観念なこって。だったら余所よそで勝手にやってくれ、正直オタクがここにいるだけで少なくとも二人の人間の気が触れそうなんだ。悪いがこれ以上、俺達を巻き込むな」

「で、でも……」

「ねえ」


 唐突に発した自分の声に、わたし自身も驚いてしまった――きっと今のわたしの表情は、わたしを振り向く皆と一緒なんだろうな。

 どうしてそんな風に声を、言葉を発したのか――――それもまた、きっとこの胸の奥で膨張した嫌悪感と嘔吐感のせいなのだろう。


 それなら――――


「わたしが所属するこのギルド、これからとても大きくなるんです」


 幾つかの瞼がわたしを見詰める視線の上でパチパチとしばたいた。


「でも、人手が足りない。わたしも、これからは冒険に出て行くことも増えるし、つい昨日、一人いなくなっちゃったし。……あなたに彼の代わりなんか務まらないけど、でもその気持ちがあるなら」

「……手伝わせてください。誠心誠意、真心込めてやらせてください」


 深く頭は下げられた。

 見渡した幾つもの表情はそれぞれ苦く。でも、鱗塗れの顔が溜息交じりに漏らす。


「お前にそう言われて、断る奴なんかここにはいねぇよ」

「……ごめんなさい。ユーリカさん、いいですか?」


 肩を竦めたユーリカさんはアリデッドさんと同じくらい大きな溜息を吐いて、けれど豪快にひとつ笑いを飛ばす。


「全くしょうがないって話だな。まぁ、このギルドも大きくしてかなきゃだしさ」

「そうですね。レクシィちゃんがそう言うのなら、ぼく達もそれに従います」

「……皆さん、ありがとうございます」


 そしてわたしは、彼にまた向き合う。


「奪ったという事実も、奪われたのと同じで取り返すことは出来ないと思います。でもそれを認めたら――認めてしまったら、わたしは、わたしの復讐しあわせは、もう叶わないから。だからあなたも、奪ったあなたを覆してください。それが出来ない時は」

「……、」

「わたしが、ナノカさんの代わりにあなたに復讐を果たします。そう、させないでください――ナツオさん」

「……わかった。ありがとう、ありがとうございます」





   ◆




「レクシィちゃん」


 振り向いた小さな顔はすんとしていて。

 落ち着き払ったその表情が果たして装われたものなのかどうなのか、ぼくには判断が着きませんでした。


「大丈夫ですか?」

「……大丈夫、だと思います」


 ぎこちなく微笑む彼女――――ですがやはり、心の何処かでは揺れている部分があるのだと思います。

 そんなことは当然です。

 ぼく達の誰もが、この子があんな幕引きを口にするなんて思っていませんでした。

 そもそも、ナツオさんが生き延びていたことすら思ってもいなかったもので――ぼく自身も、とても複雑な胸中だったんです。アリデッドさんが殆どその全てを代弁してくれましたが、出来ることならそのまま消えたままでいて欲しかった、現れないままでいて欲しかった。


「大丈夫じゃない時は、……相談するようにする」

「そうですね、是非そうしてください」


 小さくこくりと頷いて、レクシィちゃんはとして雑用係に任命されたナツオさんに業務を説明しているジーナちゃんの下へと小走りで向かいます。


「……本当に大丈夫なのか?」


 ぼく達のやりとりを見守っていたのでしょう、ユーリカさんが声を掛けて来ます。


「アタイもああは言ったもののさ、……やっぱ……」

「正直なところ……ぼくにも判りません」

「だろうな……言わばあの子はさ、被害者奪われた側だろ? 直接の相手じゃないけど、でも同じことをした奴をどうやったら赦せるってんだよ」

「……赦せない自分がいて、でも赦したい自分もいるんだと思います」

「赦したい自分?」

「はい……きっと恐らくは、……スーマンさんの、

「……はぁ」


 ガシガシボリボリと、ユーリカさんはその場にヤンキーみたく座り込んで両手で頭を掻きました。綺麗に纏め上がったポンパドールがふるふると揺れます。


「前に、奪った人から奪うっていう復讐はしないって、スーマンさんに宣言しているんです」

「……聞いたよ」

「だから、……ナツオさんを赦せなかったら、あの時のスーマンさんとの誓いを、破った事になると思っているんだと」

「はぁ――――面倒臭ぇなあ、全く……」

「きっとナツオさんが自分から言い出していなければ、また違った結末も用意できたんだと思います。それこそ、ここから追放するとか」

「アタイにしてみりゃそれでも生温いけど――」

「ごちゃごちゃ煩ぇよ」


 振り返ると、今度はアリデッドさんの難しい顔がにゅっと。


「あいつはちゃんと自分で答えを出したんだ。当事者から遠い俺達がどうのこうの言うべきじゃ無いだろ」

「アンタはそう言うだろうけどさぁ」

救援要請HELPが来たら助けてやりゃあいい」

「う~ん……」


 ユーリカさんはまだ座り込んだ姿勢のまま頭を抱えています。


「アンタは賛成なのか?」


 問われ、アリデッドさんは右頬の鱗をガリガリと指先で掻きました。


「……正直に言えば大反対だ」

「なら、」

「だが」


 捲し立てようと立ち上がったユーリカさんを、ですがアリデッドさんはぴしゃりと止めます。


「他でもないレクシィがあの選択をしたんだ。それは尊重すべきだとは思うね」

「……うん」

「心配すんなよ」


 項垂れる肩にぽんと手を置いて、ミサイル弾頭のような顔は難しい表情のままで諭します。


救援要請HELPが来たら助けてやりゃあいい」

「それ、さっきも聞いたぞ」

「そして、救援要請HELPが来ないようにすればいい」

「来ないように?」

「来そうな雰囲気を醸し出したら、俺達で対処すればいいってことだ」

「……解んねぇよ」

「見張ったり、とかですか?」

だ」


 眉根を寄せるユーリカさんはまだ頭上に疑問符クエスチョンマークを浮かび上がらせていますが、ぼくは確かにアリデッドさんの言う通りだと合点しました。

 何も、先程の言葉全てを信頼する必要は無いのです。冒険者らしく、未来に見据える危険性リスクを見詰めて、対処できるよう準備を整えるのです。そしてその時が来たら――――迷うことなく、


「……ま、ふざけたことしでかしそうになったらぶん殴ればいいって、そういうことで合ってるか?」

「ユーリカにしては要領いいじゃねぇか」

「それ褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」

「HAHAHA」

「うぉい!」


 そしてぼくは、ジーナちゃんから引き継いでギルドのお仕事についてをナツオさんに説明するレクシィちゃんの横顔を遠く眺めます。

 真摯な顔付きは、繋ぐ信頼を望んでいるのか、それとも来る裏切りを警戒しているのか――――せめてぼく達は、後者を貫こう。


 決して取り返すことの無い過去を。

 決して赦されることの無い罪過を。

 それでも、これからの全てを懸けて償いへと至る歩みを、ちゃんと見届けられるように。

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