244;一時の休息.04(シーン・クロード)

「――わかった、Thanks」


 スクリーンチャットを打ち切って、未だ賑わいには程遠い酒場の風景に目を移ろわせる。

 俺達がもののついでにちょくちょく受けていたギルド関連のクエストのおかげか、ここの飯は相当美味くなった。もともと料理長・兼・ギルドマスターの腕は良かったんだ。問題は食材だった。

 レクシィの予言通り、ここはそのうち倍以上の賑わいを見せ始めるだろう。そのためにやらなければならないことはまだまだ山積みだが――目下、一番の問題はだな。


 ――だがそれも、俺達が抱える同じ山積みの問題の中では優先順位は相当に低い。


「ミカさん、どうでしたか?」

「やはり、見ていないそうだ。ただ」

「ただ?」

「別ルートで捜索してはくれるらしい」


 問題、その1――アイナリィの不在。

 俺達PCプレイヤーキャラクターは、ログインしていないのにも関わらずどうしてかこの世界に再び舞い戻ることになった。

 その経緯はどうも人それぞれだけ。俺と七夕チィシィは偶々一緒にいただけで、別々だったとしても同じようにこの世界に舞い戻っていただろう。

 しかし舞い戻らなかった奴もいる。そもそも舞い戻った目的はレイドだ。公式からのアナウンスでは参加者は確か二千人強――――このゲームの登録者数に対してゼロが三つほど足りない。


「ユーリカは確か、前のレイドには参加していなかったんだよな」


 丸テーブルのほぼ向かいに座るユーリカのポンパドールが縦に揺れる。


「そん時は確か、ジュライの軍刀を作るのに夢中になり過ぎてて通知にも気付かなかったんだよなぁ」


 “てへへ”とも“にひひ”とも取れるはにかみで彼女はそう返した。


「すると――前回の参加者が、ってわけでも無い」


 俺の勘では、アイナリィもまたこの世界に投じられている筈だ――だからこそ問題は、レイドが終わり参加していなかったナツオですら所属するギルドこの場所に強制的に転移されたというのに、アイナリィがここにいない、だ。


「お待たせしました」


 唸っている所にとてとてとレクシィがやって来る。振り返って見た彼女の後ろには見知った三人の女性冒険者――確か、レイナとリッカ、そしてアイリススーマンの姉


「もういいのか?」

「はい。……本当はもっと泣いたり喚いたりしたかった筈なんですけど、もういいことにします」


 泣き腫らしたのだろう、赤く仄かに腫れた目元をにこりと歪ませ、三人の先頭に立つアイリスは深く頭を下げた。


「スーマン――静山のこと、ありがとうございました」

「……俺は別に、何もしてない」


 俺の返答に、アイリスはふるふると首を振って否定する。


「一番、お世話になったって」

「あー、……」


 アイリスはセヴンやユーリカ、エンツィオやジーナ、そして最後に、レクシィに頭を深く下げた。

 レクシィがその直後にアイリスに飛び付くように抱き付いたもんだから、目を合わせて頷いた二人――セヴンとユーリカ――もそれに追従する。

 ここにあのバカ小娘がいたなら、レクシィとほぼ同じタイミングで抱き付いただろうに。

 そして俺は、微笑ましいのか仏頂面なのか判らないジュライと、顔を合わせて肩をすくめたんだろう。


「で? オタクら三人はどうするんだ?」

「話し合って決めたけど――ログアウト出来ない以上、今はここを拠点に、冒険者を続けるよ」


 鼻息荒くするレイナに「そうか」とだけ返し、俺は思わず大きな溜息を吐いた。


「じゃあオタクらもテーブルに着いてくれ。今後のことを話したい」


 全員が頷き、ガタガタと椅子代わりの樽を寄せて円を囲んだ。


「単刀直入に言って、俺達の前には問題タスクが山積みだ」


 先ずは仲間のことを切り出した。問題を正しく浚うにあたって、現状を正しく認識するだけじゃなくそれを共通見解としなければならない。


「俺達のパーティーはぶっちゃけ半壊している」


 先ずはアイナリィの不在、それからジュライの不在、そして――スーマン及びレナードの喪失。


「だが反面、スーマンのはレクシィが継いでくれることになった」


 俺は隣に座る小さな横顔に目を向けた。レクシィはいつに無く真剣な顔付きでこくりと頷き、そして全員の顔を見渡した後で頭を下げた。


「よろしく、お願いします」

「スーマンの後を継いだだけあって、現状うちのパーティーの最高戦力様だ。しかも修得したアルマは見たことも聞き齧ったことも無い、革命エクストラアルマ――――これが、第二の問題だな」


 告げて、セヴンに目をくばせた。彼女が昨晩見た夢の内容は既に聞いているし、何なら――違うのは、俺に夢で伝えたのはあの白翼の巨鳥〈ノーザンクロス〉の魂だということ。


「このパーティーの中でレベル100を迎えたのは俺とレクシィだけ――次点がセヴンで98、ユーリカが?」

「アタイはあと6だよ」

「94か。ちなみにオタクらは?」


 アイリス達が顔を見合わせ、ちょうど50に達した所だと告げる。


「Okay」

「んで、何が問題なんだ? まさか第三次テルティアアルマどーしよっかなー、とかじゃ無いだろうな?」

「いやまさにその通りだよ」

「はぁ!?」


 ガタンと騒がしい音と共に立ち上がったユーリカに咳払い一つで着席を促す。

 ユーリカは慌てて周りの客にはにかみながら腰を落ち着け、そして眉間に深く皺を刻んで俺を睨み付ける。


「慌てるな。実際は俺もセヴンも、とうの昔――それこそこのゲームを始める時には第三次テルティアをどうするかくらいのことは大まかには決めていたんだ」


 振り向いたユーリカに、セヴンが小さく首肯を見せる。


「だが、あのレイドから解放されて眠気で倒れ伏した昨晩、俺もセヴンも似たような夢を見た――今思い描いている第三次テルティアアルマを捨てて、知らない未来を選べってさ」

「……マジ、か?」

「ああ、大マジさ。だからなのさ――何せ、開かれているようで道はそのもの。何をすればいいのかも未だ曖昧で、しかもそれを選んだ所で何が出来るかもいささか不明だ」


 肩をすくめて大袈裟に頭を振って見せた。セヴンが小さく溜息を吐く。


「でも……ぼく達はそのを進むつもりでいます」

「ああ。癪だが、どうしても心はそっちを選びたがっている」


 ユーリカが理解しがたさを全面に押し出したしかめっ面で呆けた。その様子に、今度は俺が盛大に溜息を吐き捨てる。


「その様子じゃ、お前はまだ見ていないみたいだな」

「……えっ、アタ、アタイもまさか!?」

「俺はそう予感している。アイリス達はどうか判らないが、少なくともお前までは、革命エクストラアルマにぶち当たるだろうな、って」

「お、おう……」


 全く微妙を通り越して絶妙な表情だ。よく分かっていないのがよく判る。


「その時が来たらその時だ。今は深く考えなくていい」

「あ、ああ……そうするよ」


 この女、マジで興味ないことには脳力使わねぇな――――まぁそれも、うちの面子には唯一の個性だ。ありがたい時はありがたいもんだし。


「で、次の問題としては――」

「あ、ちょっとごめんなさい」

「あん?」


 遮ったのはセヴン――彼女は足元に大人しく座る使い魔モモが俄かに投影したインターフェースに視線を落とし、そして元々大きな目を更に大きく見開いた。


「えっ!?」

「何、どうした?」


 ぱくぱくと口を動かすも、上下する唇は一切の言葉を紡がない。

 空中に投影された画面表示ディスプレイを覗き見たユーリカはまたも疑問符???を多々頭上に浮上ポップアップさせている。


 何の遅延ラグか、俺の肩で透明になっていた使い魔シグナスからも通知が来た。命じて眼前に表示させると、そこにはあのニコからのショートメッセージ。だが宛先は、ほぼ全てのプレイヤーだ。そして、その内容は――――


「全体会議の、招集要請?」

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