242;一時の休息.02(レクシィ)
確りと閉じられていた瞼は窓から差し込む薄明かりに自然と開き、わたしは宛てがわれたのとは、自分のとは明らかに違う部屋のベッドの上で目を覚ました。
まだ晴れ切らない
木の板と漆喰で固めた基本の内装は、その中に在ることにもう随分と慣れた【砂海の人魚亭】のもの。
でもその壁に掛かった装飾や開け放たれたクローゼットからはみ出た衣服、それにベッドに隣接する机に雑多に放られた色んなもの。
それらをマジマジと見詰めているうちに、それが一体誰のもので、そしてここが誰の部屋だかを理解するごとに。
わたしの目は、何度だって大きな涙の粒を溢す。
確か昨晩も、こうやって理解を抱き締めながらこのベッドに寝転んだ。
ああ、もう、ここがわたしの部屋なんだ。
アニマを受け継ぐってことは、そこに紐付けられた色んな情報を――例えば拠点や、登録しているフレンドなんかも――受け継ぐ、ってことなんだ。
「キャンッ!」
「……ゴーメン」
今一度倒れ込み、シーツと枕に染み付いた匂いを愛でるわたしの胸に
この子も、もうわたしのものだ。他の誰のものじゃあ、無いんだ。
抱き寄せ、そのふわっふわの毛皮に顔を寄せながら目を閉じる。
鼻先に濡れた何かが滑る感触。
「ふふ、ゴーメンったら――――可愛いなぁ」
「キュゥン?」
「ごめんねぇ、……もう少し、こうさせて?」
「キャンッ! ハッハッハッハッ……」
◆
「おう、おはようさん!」
「あ……おはよう、ございます」
結局二度寝して、部屋を出られたのは昼下がりのこと。
カウンターで待ち受けていてくれたエンツィオさんはもう全てを知っているみたいだった。
「昨日は大変だったね。よく、眠れたかい?」
「はい、おかげさまで。あ、ごめんなさい」
「何が?」
「その、お仕事……放り出してしまって」
エンツィオさんは大仰な表情で首を横に振る。
そして皺を深める穏やかな笑みのまま、ゆっくりとわたしに近寄った。
年季の入った焼けた手が、わたしの頭にぽんと乗る。
「無事に帰って来ただけで」
「……はい」
少しだけ、胸を貸してもらった。
ここはやっぱり温かくて、そしてそれはきっと、ここをこの人が作っているからだ。
だからこの人のために出来ることを、これから沢山沢山しようって、自然とそう思える。
「あ、おはよう」
「おはよう、ございます」
エンツィオさんを追って厨房に入ると、じゃが芋の下処理中のジーナさんと鉢合わせた。でもジーナさんも、相変わらずの挨拶と笑顔を向けてくれる。
「手伝います」
「いいよいいよー、疲れてるだろうし、今日くらいはゆっくりしなって」
「え、でも……」
「でもでもでも、明日からはまたいっぱいお願いするからね!」
「……はい、わかりました」
一層笑みを深めて作業に戻ったジーナさんに頭を下げて、おずおずと厨房から出た。
そうしながら、このギルドの人手が一人いなくなってしまったことを改めて思い出してしまった。
頭では判り切っている筈なのにずしんと胸に来る重みが、わたしの目頭から
まだ、わたしは弱い。
「……やっぱり、手伝おう」
手持ち無沙汰だと心が重くて仕方が無くて。だから結局、「休みなさい」と口々に出る言葉を押し切ってわたしはギルドの掃除から始めることにした。
掃き掃除に拭き掃除。一つ一つを、想いを込めながら。そうすることで、何となくスーマンと一緒にいるような錯覚が心地良い。
これもやっぱり、一種の“
時々立ち止まりながら、その場に刻まれた思い出を振り返りながら。
そんな風に過ごす午前が終わる頃――――一階に、このギルドを代表する面々が下りてくる。
「おはよう」
「おはようございます」
一番最初はセヴンさん。寝たりなかったのか、薄っすらとまだ目の下に隈が張り付いている。
「あ、おはようございます」
「……ああ、おはよう」
ほぼ同じタイミングで少し遅れてアリデッドさん。この方もセヴンさん同様に、晴れやかとは言えない表情を携えている。
「何か、食べますか?」
「そうだな……」
「あ、じゃあ、ぼくはチキンフィレのサラダで。ふわふわパン添えて」
「あー、じゃあ俺も同じので」
「飲み物はどうしますか?」
「ラクダ乳がいいかなぁ?」
「俺もそれでいい」
「わかりました」
厨房のエンツィオさんにオーダーを通して飲み物だけを先に用意し厨房から戻った時には、円形のテーブルにはもう一人が着いていた。
「ユーリカさん、おはようございます」
「おっ、おはよ。しっかし……本当にログアウト出来ないのな」
コトンとカップをテーブルに置き、ユーリカさんの注文を取る。皆同じものを食べるのだから面白いと思う。確かにあのサラダはサラダながらにタンパク質もちゃんと摂れるし何より美味しい。ほんのり苦みの利いた葉野菜と塩味で素材の味が引き出された蒸し鶏。そこにふんだんに盛られたフルーツ類――――お腹は正直で、わたしも一緒に摂ることにした。
「――――さて」
盛り盛りのサラダとパンを平らげたわたし達。口許を拭いて、アリデッドさんが溜息から始まる重い話題を切り出そうとしたその時。
「あの」
その男は、現れた。
「……お前、生きてたのか」
こくりと頷きながら、その最中でごくりと唾を嚥下した彼は。
沈鬱な面持ちながら、訥々とあの場面から逃げ伸びてこのギルドに舞い戻ったことを説明した。
あの日、【
わたしはジュライに手を引かれあの場からすぐに離脱してしまったけれど、ショウゴという男は
この人も、そうだとばかり思っていたけど……どうやら違ったみたいだ。
「あのデカいヤツの進行方向とは逆に兎に角逃げて、運良く隣町まで辿り着けたんだ。それでどうするか考えていた時に、急に……」
「そうか……レイドが終わった時の強制転移は、レイドに参加していなくても及ぶんだな」
「それで? のこのこ出て来やがって」
ユーリカさんが苛立ちを言葉に露わに睨みを利かす。
彼は打たれたように顔をぎゅっとさせた後で、けれどもう一度大きくごくりと喉を鳴らして、わたし達に向き直った。
「俺、……償いたいんだ」
「はぁ?」
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