239;真実は残酷で無くてはならない.02(シーン・クロード)

 その姿を見た途端に。

 その声を聴いた途端に。

 倒れ伏して枯れ果てた全身に、力が漲るのが分かった。

 そりゃあさっきみたいな戦闘行為は無理だろう――何たってほぼ一日中ぶっ通し繋ぎっぱなしから来る頭痛はもはやその程度レベルを圧倒的に凌駕している。

 有刺鉄線をこれでもかと巻き付けた脳髄を思っクソ金槌ハンマーでぶち殴られているって言や解るか? しかも毎秒だ。

 だか俺は立った。立ち上がるべきだったから。

 さっきまで俺が居座っていたそこでふんぞり返っている馬鹿野郎に、何かと言うよりは何もかもを言ってやらなけりゃいけなかった。そしてそれは、俺だけの特権の筈だ。


 何の説明無しにレイドクエストに放り込んで何のつもりだ、とか。

 そもそも何で現実にお前がしゃしゃり出て来てんだ、とか。

 ヴァスリの世界で暗躍して何をしでかすつもりだ、とか。

 そもそも何でいきなり神隠しSpirited Awayみたいにいなくなったんだ、とか。


 俺達の世界はどうなってしまっていて、今更その立ち位置で何も知らないとは言わせねぇぞ、とか。


 ああ、言いたいことが沢山あり過ぎて喉元で渋滞しちまってる――――意気込んで立ち上がったってのに、これじゃあ棒立ちだ。


「おめでとう。本当に本当に、おめでとう」


 やけに人間味の排除された抑揚で、しかし兄貴特有の飄々とした笑みを湛えながらノアは続ける。


「イレギュラーばかりだったけれど、流石にこれはどうにもならないと匙を投げかけたけれど、それでもキミ達はこの世界の最高難度と言っても過言じゃ無いクエストを見事にクリアした。心の底から称賛する」


 言葉が響く中で、未だ乾いた拍手の音も響き続ける。


「ただ、時期尚早だった。羅雲封印はやっぱり一番最後が良かった。これは――ロア。キミの失態だ」


 研ぎ澄まされた言葉がナイフみたく突き刺さり。

 だがロアは揺るがず、凛としたままでそこに立っていた。


「前回のレイドも、プレイヤーの軽はずみが引き起こした災厄だったね。それを知っていながら、どうしてキミは手に入れた羅雲封印の核をカレに渡したのかな?」

「――――」

「キミならば気付けていただろう? 初めはどうだったか知らないけれど、カレはその時には既にあの紋様に侵され、自意識など殆ど残って」

「――悪かったぽよ」


 素直に謝りやがった。


「正直少し、何かを期待していた部分も大きかったすふぁ、けども結局はそれがあーしの性分なんだって今更思い知らされたっぽろんちょ。だからあーまし苛めないで欲しいぴょん」


 言葉遣いも抑揚も、誰が聴いても明らかに軽口だって判るのに何でこいつらは――殺し合いでもすんのかよ、ってくらいの睨み合いだ。

 ノアにして見りゃそうだ。アイツの考えたシナリオを悉くぶっ壊してくれてんだもんな、不甲斐無ぇプレイヤー一同に辟易すんのも頷ける。

 その殺意じみた怒りをぶつけられたとありゃあ、ロアだってそんな形相にもなるってもんだ。いや、コイツはジュライ同様に外面から中身が漏れ出さない鉄面皮。しかもいつも口元は下半面で隠しているから感情の判りづらさったらありゃしねぇ。


「まぁ、いいよ。過ぎたことを悔いても仕方が無い。ボク達はまだ、過去に向かっては進めないのだから」


 浸り切った口上かましてくれやがって。


「ノア!」

「まだキミの順番ターンじゃないから

「――っ!?」


 ノアの言葉が鼓膜を突き抜けた瞬間に、俺の喉から言葉が無くなった。

 新手の権能か? だがあれだけあった言いたいごちゃごちゃとしたあれやこれやが無くなったおかげで、多少は頭がスッキリした気もする。


「さて――――生存を果たした諸君。喜ぶが善い。キミ達は選ばれ抜いた」


 俄かに湧いたどよめきは徐々に喧騒へと移ろう。

 俺だけがここで何も言えない唯一人ってのが腹立たしいが、しょうがない。


288もの犠牲にこそ敬意を払わなければならないけれども、しかしその屍、骸すらも乗り越えてキミ達は生還を、そして撃破をすら果たした」


 やがて喧騒は静まり返っていき、時折その物言いを揶揄・言及する声は飛ぶも誰もがノアに注目し、その語りに耳をそばだてていた。


「そしてこのクエストを終えて――ああ、すでにクエストクリアの最大の報酬である経験値は分配したよ。それを受けて見事、最低基準であるを突破出来た、或いは突破した状態でこの戦いを生き抜いた――――139名の勇猛果敢なる冒険者に、栄誉を与えよう」


 栄誉? 一体、何を――――


 ぴろん


 脳内に電子音が鳴り響き、飛び出て来た使い魔シグナスが勝手に俺の眼前にシステムメッセージを表示するためのホログラムディスプレイを立ち上げる。



◆]レベル100突破特典が付与されました。[◆


◆]特典1:

  パーティーリーダーの場合、

  申請できるパーティーメンバー上限+3

  NPC加入上限数+2[◆


◆]特典2:

  固有ユニーククエスト解放

  クエストクリア後、固有ユニークスキル設定可能[◆


◆]特典3:

  真実を閲覧する権限が付与されました。

  特定のクエストクリア後、指定された地点へ

  到達することでこの権限は行使可能です。[◆



「勿論、惜しくもレベル100に届かなかった全員が、そこに到達すれば当然与えられる権利だ。届いて欲しい。そして、願わくば」

「待てっ」


 漸く、俺の喉は想いを吐き出せた。


「……絶好のキメポイントを潰したんだから、碌なこと言ってもらわないと困るよ?」


 どうやらもう俺の順番ターンでいいらしい。

 と、そうなると、やはり喉は言葉で渋滞し、何から先に吐き出せばいいかしどろもどろになる。


「どうした、アリデッド? 何も無ければまた黙っ」

「いや、言う。訊く」

「ああ、そうしてくれ。ただしボクももう時間だ。質疑は一つまで、いいね?」


 すぅ、と息を吸い込んだ。

 一つ――――一つ、か。

 ならもう、これしか無いだろう。


「お前は、……?」


 目を仄かに丸くさせて。

 ノアは、それから笑った。まるで屈託なく、俺の知る笑い声で、一頻り笑った。そして濡れた眦を指で拭い去った後で、こうとだけ告げた。


「キミ達と一緒だよ」

「はぁ?」

「悪いけど今のボクじゃあ、ここまでしか明かせないな。アリデッド、キミにはキミの物語、それこそ冒険が待ち受けている。今回レベル100突破の特典を付与された皆にも同様に、そしてこれからそれを迎える皆にも。だからさ、その答えは、その先で――」

「ふざけんなよ、お前っ!」


 眉を顰めても、笑みは笑みのまま。

 ノアは最後に「真実はすぐそこにある。そこで、もう一度相見あいまみえよう」と告げて


「ノアっ!! ――ッ!!」

「アリデッド」


 歩み寄って来たニコがしなだれる俺の肩に手をポンと置く。

 忌々しいにも程があるが、この手は振り払ってはいけない。


「……お前は、ちゃんと事情を説明してくれるんだろうな?」


 困ったような笑みで嘆息し、けれどニコは首肯で返す。


「……あまり、話したくは無いけれどね。でも、あそこにいるやたら僕に似ているのことも、伝えておいた方が良いんだよね?」


 振り返り見れば、姿形を同じくするニコの現し身――唯一違うのは、アイツは背中に鉄槌の意匠を負っていること。


「アレに関しては私からも説明しよう」


 今度はミカ。実に忌々しいと言った、きっと俺と同じ表情。


「ただ、頭痛が酷い。少し休憩を挟みたいがいいか?」

「洗いざらいってんなら、やぶさかじゃ無ぇ――――って、ぶっちゃけて言えば俺だって休みてぇよ」


 幸い――と言うべきでは無いのだろうが――俺達は今、ログアウトが出来ない状況だ。そもそも本来ならログインすら出来ない筈なのにこんな状況の中に叩き付けられているわけで、折角大一番の一仕事を終えたってんのにそれを喜ぶ気力すら無ぇ。喜べないのは、勿論それだけが理由じゃ無いんだが。


「皆そうだよ」


 ニコが吐く。俺達はそれぞれで頷き合い、そして休息を取ることを優先した。

 その先のことはその先だ。たっぷり休んで、起き抜けに気が付いた奴から連絡を回せばいいと。


 まだ何も終わっちゃいねぇし、始まっているのかすらもあやふやだ。

 ただ、一つの区切りは着いた。一つの祭りは片付けた。


「――――よし。じゃあ皆で、ぶっ倒れるか!」

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