234;蝕霊獣、討伐すべし.18(ジュライ)

「《戦型――――》」


 七月とひとつだった時に何度となく繰り返したあの構えを、僕は取りました。

 両足を前後に大きく開き、身体を深く沈め、右手で把持した得物を真っ直ぐ前方に向けて、その切っ先を左手で包むように。

 視界の上の隅に、見慣れた、しかし長らく見ていなかった表示。


 《戦型:月華》


 ぷわりと浮上ポップアップしたその文字列に、言いようの無い感情が胸の奥から込み上げてきます。

 月と、華。

 その二つに、“七”を冠したなら。


 ああ、僕がこのスキルを特別視するのは、それ以外の理由など無い。

 七月と、七華

 七月と、七華彼女

 特別以外の何物でも無い、半分だけ双子の僕達。その関係性を否応なしに想起させるその文字列、戦型名称スタイルタイトルは――――こうしてひとつになったこの身体にじんわりと馴染みます。

 僕自身は、紛い物かも知れないけれど。

 でもナノカは、彼女は、今も僕と共に在る。


「行きますっ!」


 そこから地を滑らせるような運足で駆け出したと同時に突き出した一閃は、凝縮された赤い人影に容易く突き刺さりました。


「ギィェエエエエエエ!」


 波打つ両刃がずたずたに肉を抉り裂いて、引き抜くと同時に身体を反転させながら脱力し、そして今度は“神薙”を放ちます。

 スキルではありませんから見た目程の派手な損傷ダメージを与えられません。ですが刃は入り込んだと同時にその赤い影の首をね飛ばしました。致命的な一撃クリティカルです。


 僕の今扱う〈フランベルジュ〉は洋剣です。刃の東と西では斬る際の押し引きによる違いがありますし、そして僕は単純にこの剣に慣れていません。

 でももう三時間以上もここでこの剣を振るっているのです。いい加減この形状と質量は手が覚えましたし、その振り方も身体が修めてくれました。

 研ぎをしてこなかったのでしょう、切れ味に関しては口を噤むしか無い剣でも、洋剣は叩き切るのが主体。またこの剣は突き刺すことで真価を発揮しますから、合わせればプラスマイナスゼロってところです。

 いえ、この期に及んでそんな愚痴は零しません。あるだけ有難いのです。寧ろ、憧れの人スーマンさんと共闘しているみたいで嬉しいのです。


「はぁっ!」


 ぞぶり、と赤い肉に剣が食い込みました。蝕霊獣が分裂した赤い影は筋繊維――と表現していいものか判りませんが――に力を入れ、食い込んだ刃をぐぐっと押し留めます。


「くっ!?」

「ぽよぉ!!」


 そこに飛来した光の矢が首筋に突き刺さり、小規模な爆発が血肉を散らしました。その衝撃で剣を取り戻した僕は、怯んだ一団を睨み付けて突撃します。

 切っ先を向けてただ突き進むだけで、“突き”は成立する――もう意識するまでも無く身体に根付いた教えを反復し、突き刺さった剣を抜く時もまた、それだけで終わらせずに取り囲む敵の異なる相手を斬り付ける。


「ロアさん、ありがとうございますっ!」


 応える声はありません。戦場では、このような遣り取りすら命に関わります。彼女はただそれを分かっているだけの強者で――でも、礼は尽くしたいじゃないですか。

 そして、その方法は、きちんと敵を討ち倒すこと。


「てやぁっ!」


 レクシィさんも一介の戦士として刃を振るっています。〈エントシュルディグング〉を分裂させたり連結させたり、攻撃パターンを目まぐるしく変えながら何とも予想しづらい・躱しづらい猛攻を繰り出しています。

 負けてなど、いられません。


「敵残党、六割に減少。撃墜を継続する」


 上空のあのニコさんに似た誰かが誰なのか気になりますが、それも後の話です。

 ナノカの想いを継いだのならば。

 ナノカの強さを継いだのならば。

 そんな僕がここでやることなんて、決まり切っています。


「次っ!」


 新たな一体を斬り伏せた僕は、またも《戦型・月華》に頼ります。

 そこから放たれる《月》を懸念した一体が突進して来ました。流石です。

 スキルの性質上、《月》は大きく踏み出してから突き込む必要がありますから、助走と言いますか、ある程度の間隔が必要なんです。

 でも、愚策です。


「はぁっ!」


 何も、《戦型》を講じた後に繰り出すのは、言ってしまえばスキルで無くとも構わないのです。

 大きく前後に開いた両脚によって深く沈んだ身体は、牛飼流に必要な脱力を後押しします。ただ膝を抜くだけでそれがのです。

 ならば、後はタイミングを合わせて垂らした剣で斬り上げるだけ。


「グギィヤァッ!」

「――神緯かんぬき


 伸び上がった身体もまた、脱力によって急速に縮まります。倒れ込むような歩法で前に進みながら放った神薙で、続けざまに二体を斬り屠った僕は、新たな敵を探して赤黒い戦場を見渡しました。

 ですが、方々で交戦は終結に向かっていました。

 レクシィさんも、ロアさんも、クラン【七刀ナナツガタナ】の面々も。

 後発のアルマキナ正規軍も、エルフの友軍も、ルミナスの修道騎士ミリティア達も、ダーラカの武侠ウーシア達も。

 分裂して群がったあの赤い影の軍勢を、根こそぎにしていたのです。


「あとは、あれだけ、ぴょん」


 荒く息を繰り返しながら、ロアさんが指を差しました。

 戦場の中心、先程まで蝕霊獣が居座っていた巨大な円の真ん中に存在する、赤黒い肉の繭――――まるで心臓のように脈打ち、嫌悪感を逆撫でするようにグロテスクに明滅を繰り返しています。


「総員、戦闘態勢を維持。魔力反応」


 上空からニコさん風の騎士が静かな号を放ちます。ですから、もっと声を張って――――



 ばひゅん



「っ!?」


 目を見開きました。

 繭の表皮から、無数の赤い光線が辺り一面に照射されたのです。

 ですが誰一人、それによって傷を負うことはありませんでした。


「違うっ! 攻撃じゃないっ! ぬん!」


 ロアさんが語尾を危うく忘れそうになる程の慌てっぷりを見せています。ですが今はそれを気にしている場合ではありません。

 確かにそれは、攻撃ではありませんでした。僕達の誰一人としてその赤い光線には穿たれなかったのですから。

 そうでは無く、それは――――僕達が討ち倒した、赤い影に照射されたのです。


「回復かっ!」

「嘘だろ」

「マジかよ」


 あちらこちらで嘆きの声が合唱します。次々と起き上がる赤い影、しかもただの人型から形を変えて行くでは無いですか。

 人型に角が生えた者。

 四足獣へと変化した者。

 翼を拡げ、竜を模した者。

 頑強な甲冑みたいな甲殻を得た者。

 それらは立ち上がり、それぞれに咆哮を放つと、再度僕達へと向けて侵攻を再開しました。

 無論、それをただ待つだけの僕達ではありません。立ち上がる前に各々の武器を振り、または魔術を撃ち込んでいきます。


「総員注意。敵兵力、増強」


 迎え撃つも、上空から声が届いたように変化した敵はそれまでとは全く違う動きを見せ、遣り辛いったらありはしません。

 しかも敵は連携の色すら見せて来ます。【七刀ナナツガタナ】のように、立ち位置を入れ替えたり、細かな移動を見せて、複数で以て各個撃破を意図しています。


「なるほどね――さっきまでのは、小手調べだった、ってことか」


 この、声は……


「ならば寧ろ、新手を追加するのは今が一番いいね。と、いうことで――――」


 ノア、さん? ――振り向くことは出来ませんが、僕達の一番奥の方でその声は聞こえました。

 次いで、戦場の各所に現れた魔術円――――あれは、転移の?


「行ってらっしゃい、英雄候補生たち。そして――――」


 眩い輝きと共に、その陣から現れたのは――――あれは、あの人達は。


Holy sxxtクソがっ! やっぱり説明も何もあったもんじゃねぇじゃねぇか!!」

「どういう状況ですか? っていうか、いつの間に固有兵装ユニークウェポンを?」

「うわっぷ! 何だここ!? って、あんたら!?」

「どうなってる!? 何で、ログイン出来ない筈じゃ!?」

「何だっていいわよぉ~ん♡ お預け喰らって、ヤキモキしてたんだからぁん♪」




「――――そして。真実へと、迫って貰うよ」

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