233;蝕霊獣、討伐すべし.17(綾城ミシェル/ジュライ)
「おいっ、ふざけるなっ! 私の許可無しに――」
『そうも言ってられない状況でしょう』
「――っ、」
電話口の向こうで淡々と説く声に私は苛立ちを隠せない。
しかし事実は事実だ――私を含め、あらゆるプレイヤーがログイン出来ない以上、あの世界の中にいる存在に全てを託すしか無いのだ。
だが……
「……試作段階の域を出ない、としか聞いていない」
『それはその通りです。ですので、実戦投入しながらデバッグするしかありません』
「それで思わぬ不具合が生じたら? その不具合が致命的なものだったなら?」
『今現在、その致命的な不具合で致命傷を負うプレイヤーはいませんよ。何せ、ログイン出来ないのですから』
違う――
『兎に角、事態は急を要します。今更
「だろうとも……おい、おいっ! ――――っくそ」
通話を打ち切られようとも、私に出来ることは何も無い。
そんな中、通話のために外に出た私を阿仁屋が追いかけて来た。
「綾城さん」
「……何だ」
「非常に言い難い話ですが」
「だから、何だ」
「朱雁さんが消えました」
「はぁっ!?」
次から次へと――――一体、何がどうなっている!?
◆
「いや……あれはニコじゃない、ぽよ……」
僕程では無いにせよ狼狽するロアさん。そして何よりも驚愕するのは、降り注いだ光の柱に蝕霊獣が大きく身を
「目標、0.02%の損傷を確認――追撃を遂行する」
その様子に目を細めたニコさんに似た誰かは、そう告げては再び光の翼を大きく広げて真っ直線に蝕霊獣の真上へと飛翔しました。
その、翻った背中に一瞬垣間見えた――――十字架を模した鎚の意匠。それは、クラン【
「ぼうっとしている場合じゃない」
「そうだぴょん。あれが誰であれ、今が総攻撃のチャンスだすふぁ」
僕達は互いに頷き合い、大きくその場を飛び出しました。
「レクシィさん!」
「はいっ!」
「巨獣を相手取る時の定石は」
「末端から崩す、ですよね?」
「……その通りですっ」
僕達と時を同じくして駆け出したレクシィさん。流石スーマンさんです、教えが隅々まで行き届いています!
「僕達は正面に回ります! ですから挟撃を!」
「はいっ! 任せてくださいっ!」
上り立つ白い炎の勢いを増して、レクシィさんは真裏へと回ります。
ロアさんから指示を受けた【
「物理攻撃は効果が薄い。叩き込むなら魔術ダメージを」
空から機械質な声が響きます。ニコさんに似た銀髪の剣士はそう告げながら、ニコさんに勝るとも劣らない――いえ、それ以上の連続攻撃を次々と繰り出します。
「魔術ダメージっぽろんちょ……なら、これならどうすふぁ? 《エーテルストライク》! っぽよ!」
枝分かれした彗星のような輝きが突き刺さり、派手な爆発が黒く濁った肉を散らします。
僕は今のところ魔術ダメージを与えるような攻撃手段はありませんから、《残像回避》を駆使して攻撃を引き付けては躱し、延びる触手や泥を打ち払う
「《ヴァルキリーエッジ》!」
反対側で大きな炸裂音が響き渡り、衝撃波がこちらにまで波濤しました。次いで放たれた白い爆炎も、蝕霊獣にとっては微々たるものかもしれませんが確実にダメージを与えています。
「高濃度魔力反応。各員防御体勢へ移行せよ」
ニコさんに似た銀髪の剣士の声はいちいち抑揚が無くて危機感が薄いです。危ないならもっと声を張っていただきたいではあるんですが――でも緊張感が途切れることはありません。
ぶわりと全身から放たれた黒い泥。その着弾を大きく躱した僕達は各々で体制を整え直します。
「隙。総員、一斉攻撃に転じよ」
「言われなくても!」
「だっしゃあああああい!!」
流石はトップクラン。【
ロアさんもまた、《エーテルストライク》と《スプレディンググリッター》とを交互に撃ち出しながら、同じく魔術ダメージを与える《レイブレード》そして《ファントムソード》を叩き込んでいきます。
「《
蝕霊獣の表皮が泡立ちます――――レクシィさんが纏った毒が、腐肉の働きを阻害しているのです。
「今です!!」
その叫びとともに放たれた《ウォークライ》により、僕達全員に[勇敢]が付与されます。
誰一人恐怖など抱いてはいませんが、それを更に後押しする勇気が踏み出す一歩の深さと力強さを増し、与えるダメージを大きく、その間隔を狭くするのです。
「うららららららぁぁぁあああああ!」
「押せ押せ押せ押せぇぇぇえええええ!!」
「負けてらんないねぇ!」
「喰らえぇぇえええ!!」
あの、初めてのレイドに比べれば一割にも満たない数で。
あのレイドボスよりも遥かに巨大で強大な敵を相手に。
ですが、研ぎ澄まされた、遥かに強靭な一撃を何度も何度も繋いでは。
僕達は確実に、着実に、追い詰めていきました。
「損傷、軽微。連続攻撃に移行する」
相変わらず機械じみた抑揚でニコさんに似た銀髪の剣士は上空から次々とスキルを叩き込みます。
次第に外からは応援に駆け付けた追加のアルマキナ軍正規兵達と、友軍として応じてくれたルミナスの
三時間は戦っていたでしょうか。そこそこのショッピングモール程度の大きさを持つ紛う事なき巨獣を相手に、それを討つ僕達は万の兵団へと膨れ上がり。
そしてやがて200分を過ぎようかと言うところで漸く、蝕霊獣はその動きを止めたのです。
しかし。
しかし――――それは、終わりではありませんでした。
「膨大な魔力反応。――――来る」
だから、声を張ってと――――
明滅したかと思うと、その黒く濁った表皮を鮮やかな赤色へと変えた蝕霊獣。
そうなりながら、
次いで、爆発。弾けた大きな肉片は着地と同時に人型へと。
「何だ、こいつ等」
ざしゅりと、疑問を発した男の首が飛びました。
「分裂を確認。各個撃破は容易では無い」
上空にも、ニコさんに似た銀髪の剣士のように赤く翼を拡げて飛び上がる赤い影。
「最期の悪あがきぴょん! 全員、気張るぽよ!!」
ロアさんの怒号が響き渡ります。その中で僕は、レクシィさんの姿を追いました。
「レクシィさん!」
殺到する赤い群れ。ですが白い爆炎が、それらを跳ね飛ばしています。
「こっちは大丈夫! ジュライも、自分の敵に!」
何と――――言われてしまいました。
はは、スーマンさん。君は何て人なんでしょうか。やはり僕の憧れる人なだけありますね。一介の少女を、あんなにも立派な戦士へと、創り変えてしまうのですから。
「分かりました! 絶対に、死なないで下さいっ!」
「当たり前ですっ! わたしの
再三の《ヴァルキリーエッジ》が、白く清廉な光で以て赤い殺到を蹴散らしました。
ならば僕も、続きましょう。
「僕だって、帰りたい場所がありますっ!!」
もう一度。もう一度だけ――いや、もう何度だって。
セヴンの隣に、僕はいたいのです。
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