232;蝕霊獣、討伐すべし.16(ジュライ)

 その場に駆け込むと、それまで立ち込めていた腐肉のぐどろりとした臭いは確かさを深め、自然と僕達は呼吸を浅くすることを余儀なくされました。

 一息吐くごとに眩暈と嘔吐感が込み上げて。

 それでも両目に力を入れて前を見据えるのは、その姿を見てしまったからです。


「ロアさんっ!!」

「……ぽよ」


 死屍累々が積み重なった輪の中で、今も未だ立ち、巨大で強大な蝕霊獣の侵攻を食い止める背中。

 彼女だけじゃなく、僕も知る、【七刀ナナツガタナ】の精鋭達――彼らが、あの巨獣を取り囲んでいるのです。ぎゅるりぎゅるりと旋回して位置を変えながら、そうしながら矢継ぎ早に攻撃を繰り出してその場に釘付けにしているのです。


「加勢しますっ!」

「来るなっ! ――ぴょん」


 一歩を力強く踏み出したその瞬間に、その怒号は僕の踏ん張る足から力を削ぎ落しました。

 仮面からちらりと覗いた赤く染まる横目は、いつか交戦したあの時以上に本気です。

 いや、あれは――――焦って、いる?


に務まる役割なんかここには無いっ! ――すふぁ」


 ああ、そうか。

 ロアさんは、知らないんです。僕が、妹のアニマを得て凶悪なレベルアップを遂げたことを。

 でも、レベル1に落ちたことは知っているんですね――いや、あ、そうか。きっと分かたれた僕の半身が、クランの拠点アジトに舞い戻ったんでしょう。それで、ロアさんは僕に起きている現状を知った。


 でも、なら、


「《レイブレード》」


 大きな猛りを上げ、振り翳した剣状の〈ブラックウィドウ〉は巨大な光の柱を纏います。

 それは振り下ろされると同時に、ちょっとしたショッピングモール程度の大きさにまで膨れ上がった蝕霊獣へと深く食い込みました――――でも、それだけです。


「……効いて、無い」

「嘘……」


 思わず隣のレクシィさんまでもが冷や汗を垂らして嘆息します。

 あれだけ強大な敵です。事前に通達があった通り、ありえない程度レベル生命力HPを有しています。

 無論、それは体表にちかちかと明滅する不可思議な紋様のせいでもあります。あれはアイナリィさん同様に能力値を異常に底上げする効果を宿していて、そしてアイナリィさんとは違って生命力HPを倍増させているのです。しかも、何倍かが判らない――――


「ジュライ……」


 レクシィさんが意を決したような表情で僕を仰ぎ見ました。

 そうです。僕達はもう、以前の僕達じゃない。共に、肩を並べられるだけの力を、強さを得ている筈――――


「……加勢します」

「うんっ!」


 言うや否や。

 僕は《原型深化レネゲイドフューズ》を。

 レクシィさんは《原型変異レネゲイドシフト》と《オース》とを行使しました。


 僕の黒髪や纏う衣服の黒い部分には宇宙の輝きと奥行きとが宿り、そしてレクシィさんは白く清廉な炎で身を包みます。


「来るなと言った、っぽろんちょ」

「指を咥えて見守るだけなんてっ」


 波打つ剣――〈フランベルジュ〉の扱いには慣れていませんが、四の五の言っていられる状況では無いことは明白です。

 だから担ぐように振り上げたら、突進しながら思い切り突き込んでやりました。

 それはぐずぐずの肉を抉るように突き進みながら、歪な刀身の形状が掻き出すように肉を斬り裂きます。

 引き抜きながら僕は、この身に宿った新たな力を一つ一つ確かめるように行使します。


「ジュライ……何があったんだぴょん?」


 突き刺し、斬り裂く僕の太刀筋の一つ一つを、ロアさんは仮面越しに顰めた両目で疑ったのが判ります。


「色々、あったんです」

「そうか、ぽよ」




   ◆




◆]ジュライ

  人間、男性 レベル103


   俊敏 33

   強靭 28

   理知 22

   感応 31

   情動 19


   生命力 532

   魔 力 418


  アニマ:堕光アステリのアニマ

   属性:星

  ◇アクティブスキル

   《原型深化レネゲイドフューズ妖星ハームワット

    《星降り》

 

  アルマ:???/第一段階プリマ

   ◇アクティブスキル

   ※クラスアップを行ってください※


   ◇パッシブスキル

   ※クラスアップを行ってください※


  装備

   〈フランベルジュ〉

   〈剣士の外套サーコート〉[◆



 ナノカが放った光が僕に飛び込んできた瞬間。

 眩しさに瞑った瞼を開いた視界に飛び込んできたのは――あの日、セヴンと一緒に訪れた部屋に似た景色でした。

 石造りの壁に覆われた部屋の中心には少し高くなった壇上――――でも、

 クラスアップの部屋には、前の段階に戻る鏡と、そして次の段階を映す鏡とがあった筈……何しろ一度しかやったことが無いですから、うろ覚えですが。


 そしてその代わりに、壇上の床にはこれ見よがしな幾何学模様が刻んであるのです。


「これは……クラスアップ、でしょうか?」

『左様』

「えっ?」


 何処からともなく声が響きました。

 高いとも低いとも、男性とも女性とも取れない、けれど静かで厳かな声。それは僕に、この場所が確かにクラスアップの部屋であることと、そしてこのクラスアップはとても特別なものであることを告げました。


『汝が手に握られしは、未知なる領域へと到る鍵。ならば開け。或いは拓け。導きを捨て、汝だけが知る未来へと到れ』


 その言葉を最後に途絶えた声――――つまり、僕は僕だけのアルマを手に入れる、ということなのでしょう。まるで、レクシィさんのように。


「僕の、思い描いたアルマを創れる、ということでしょうか……」


 もう声は答えてくれません。でも、不思議とその確信はありました。

 だから僕は壇上の、幾何学模様の上に正座し、目を瞑って思い描きました。


 どのように立ち向かえばいいのか。

 どのように戦えば。

 僕の元となった牛飼七月が繰り返して来た、何度も反復してきた軍刀術。自然と、僕はその記憶を脳裏に蘇らせます。

 その型の一つ一つを鮮明に回顧する度に――――瞼の隙間から差し込んでくる部屋の光は眩くなっていって。


『――その未知を征くのだな?』


 再び、声。


「はい。僕はこの道を歩みたい――出来れば、大切な人達と」

『ならば、征くが善い』

「……はい」


 目を開いて。そして僕は、僕だけのアルマを手に入れたのです。



◆]第一次プリマアルマ・刀士モノノフ

  は特殊条件下でクラスアップしたため、

  革命エクストラアルマへと変化しました[◆


◆]革命エクストラアルマ《軍刀師セイバーマスタリー》を獲得しました[◆


◆]レベル100を突破したため

  固有ユニークスキルを作成できます[◆



 固有ユニークスキル……そう言えば、そういうのがあるってことを、レイヴンさんから聞いていましたっけ。

 でも今はそんな余裕はありませんから――――蝕霊獣レタイマイナをどうにかしてから考えることにしましょう。出来れば、セヴンと一緒に。




   ◆




「ジュライ。なら、頼ってもいいぴょん?」

「当たり前です。頼って下さい、ロアさん」


 そしてうぞうぞと気持ち悪い動きを見せる蝕霊獣を睨み付けます。

 ロアさんの最大の一撃ですら大して効いていない素振りを見せてはいますが、物事には限界があるものです。

 一度や二度で効かなければ、百度では、千度ではどうでしょうか――――思えば最初のレイドの時も、何度も何度も刃を叩き付けたんでしたっけね。


「行きましょう、ロアさんっ!」

「ああ、行くっぽろんちょ!!」


 そうしてやる気を漲らせて駆け出そうとした、その瞬間。


「!?」

「!?」


 空から雪崩れ込んできた光の柱の数々が、蝕霊獣の巨大な身体に次々と突き刺さり。


「え……ニコ、さん?」

「いや……あれはニコじゃない、ぽよ……」


 とてもとても冷ややかに蝕霊獣を見下ろす銀髪の剣士が。

 光り輝く翼を羽搏かせながら、すっと降りて来たんです。

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