230;EX-黙示録の七人の騎士(牛飼七華)

「え?」


 目を開けた途端、ナノはナノが死んだんだ、ってことを思い出した。

 確かにあの時、あの巨大過ぎる触腕がドリルみたいに迫って来て。その先端に胴をぶち抜かれて死んだ筈――――でもきっと、その瞬間に行使できつかえた《星振り》は、ナノの不幸を糧に運命的な奇跡をナツキに齎した。

 それを思い出して、ナノはちょっと顔が熱くなる。

 あーあ、好きだなんて言うつもり、無かったんだけどなぁ。


「別にいいじゃねぇか、素直な気持ちなんだろ?」

「うわっ!?」


 吃驚して振り向きざまに飛び退いた。

 クラスアップの部屋みたいな、石造りの台の上にそいつはいた。

 古代の世界を舞台にしたRPGに出て来そうな、神官プリースト巫術師シャーマンを足して二で割ったような格好の男。

 胸元まで垂れたぼさぼさの髪は仄明るい象牙色で、虹彩もはしばみ色だ。全体的に淡く明るい色を宿すも、どこか生気に欠ける雰囲気。

 黙っていれば美男なんだろうけど――ナツキとはタイプが違うけど。

 そんな男と二人でこの石造りの部屋の中にいるという事実に戦慄した。


「まぁまぁ待てよ。そりゃあ成り行き上仕方が無いって話だ」

「……成り行きって?」


 戦闘態勢に移行シフトしたナノに、態度を変えずに男が返す。


「この物語におけるあんたの役目はもう終わった。……本来ならあんたのを召喚する予定だったんだが」

「ナツキを?」


 全く何の話をしているのか、ナノには解らない。真意の読めない男を前に、だからナノは警戒を解かなかった。


「あんたも一応、参戦する資格は有している」

「資格?」

「そーそー。つっても、何の意味も無いただのこじつけみたいなもんなんだがね」


 見た目からは想像も出来ない話し振り。普通、こういう優男的なイケメンはもっと紳士的だったり穏やかだったり丁寧だったりするもんだろうが。

 こんな風に、欠伸と無精髭が似合うような態度はまるで似合わないと思う。


「7月7日生まれ――――って言ったら、この物語じゃもう一人該当する奴も出て来るんだが……」


 目をぱちくりと瞬かせた。

 ナノとナツキは双子で、共にその日に生まれている。そしてちぃちゃんもまた――――


「だが、物語は生憎まだ終わっちゃいないし、何より――――俺はあんたが気に入った」

「は?」


 思わず声に殺気が籠る。それでも男は身動ぎ一つ見せず、のらりくらりとした言葉をただ吐くだけだ。


「俺が担当する“孤独”にあんたは相応しいぴったりだ。知っているかい? 孤独って言うのは、一人きりじゃ絶対に味わえないもんさ」

「……ぶつくさ煩い。あんたが何者で、ナノをどうしてこんなところに寄越したかさっさと言ってよ」


 深く溜息を吐いたそいつは、そこで漸く立ち上がった。ひょい、と身軽に身体を跳ねさせては石造りの床に二本の足ですっくと立ち、そして警戒に身構えるナノに身体を正対させた。


「悪い悪い――物語を間延びさせてしまうのはちょっとした癖なんだよ。でもまぁ、あんたの言う通りだ。全てをはっきりさせよう。この物語もちょうど、そうしたいところだった」


 空気が変わるのを肌で感じた。

 目は正面の男に釘付けられ、視界の端でしか風景の移り変わりを見られないって言うのに、その変化は夥しく、そして明らかだった。

 何かが変わったんじゃない。これまで霧に隠れていたように見えなかった細部が露わになったんだ。


 台座は七角形。その頂点には人間大の像を擁せる程の円を持ち。

 聳え立つ像は三つ。最初は七つあったんだろう、でもどうしてだか今は三つしか無い。


「俺は“叙述”ナラティオ――――

「……頭、おかしいの?」

「おーけい、おーけい。そういう反応になるのは判るさ。でも本当だ。俺はあんたたちが生きたことが書かれた物語そのものであり、同時に――――書かれ無かった物語でもある」

「書かれ、無かった?」

「可能性、という意味では同一だ。あんたが犯され殺されたことは書かれた。だが同時に、そうじゃなかったことは書かれなかった」

「……何が言いたいの」

「物語を書き換えられるとしたら――――あんたはどうする?」


 にやり、という擬態語めいて口角が持ち上がった。

 我慢の限界に達したナノは、見開いた目を更に丸く大きくさせて突進を決め込んだ。

 でも、そうしようと踏ん張った筈の足は全く動いていなくて。腕も腰も膝も肩も、身体の何もかもが意思に反していた。


「本来、俺と俺以外は出遭うべきじゃない無いんだがね。こうして、新たに物語を刻む羽目になっちまうから」

「……何をしたの?」

「書いたのさ。あんたが、俺に攻撃物語を」


 冷や汗が背中を流れ落ちた気持ち悪さで顔を顰める。対照的に涼やかな顔で、“叙述”ナラティオと名乗った男は息を吐いた。


「書き換えてやってもいい」

「!?」

「書かれた筈の顛末を消して、書かれ無かった物語を書き記してしまっても、いい。あんたの願いを叶えてやってもいい。想い人と今度は双子じゃなく、血の繋がりの無い関係性で生まれさせてやることも、なんだかんだの果ての果てに結ばれて幸せになる結末を用意することも。ただ、勿論ただでは無い」

「……対価は何」

「闘争。そして勝利」

「誰と? いつ、何処で?」

「それは未だ明かされないだ――――だがじきに明らかになる」


 ぼさぼさな頭をぼりぼりと掻いた“叙述”ナラティオは、その手ともう片方の手に備わる指で“7”を作った。


「黙示録の七人の騎士――――って、知ってるかい?」

「黙示録のって……あの、聖書の?」

「物事は正確に覚えるべきで、そして伝えるべきだ。正しくはヨハネの黙示録に登場する。ただしそれは騎士であって、じゃない」


 頭上に沈黙てんてんてん疑問符はてなを浮かべるナノに、“叙述”ナラティオは続ける。


「憤怒、空虚、絶望、不安、孤独、悲愴、そして自棄。それらの名を冠す、七人の騎士。それを俺達は“黙示録の七人の騎士”リベレイテッドセヴンと呼ぶ」

「ふん……ぬ?」

「既に空虚、絶望、悲愴の三人が覚醒した。あんたで四人目」

「ナノが、四人目……」

「孤独。それがあんたが関する名であり、命題だ」

「孤独……」

「全ての騎士が覚醒を果たせばそれぞれの物語のはては繋がる。七人の騎士は最後の一人になるまで互いに殺し合い、そして生き残った最後の一人に永遠の勝利が齎される」

「その永遠の勝利ってのが齎されると、どうなるの?」

「その騎士を擁する物語が“原典”オリジンになる」

「オリジン?」

「ああ。全ての物語はその“原典”オリジンから始まった。だが今となっちゃどの物語がそれなのか判らない。だから俺達物語は競い合うようになった。その時点で最も力を持った七つの物語が、互いの物語を殺し合うのさ」

「……“原典”オリジンになれなかった物語は、どうなるの?」

「消え去る――――なんてことは無い。ただ、なれなかった、それだけさ」

「本当に?」

「……本当だ」

「……分かった」

「物分かりが良くて助かるよ。で、あんたはどうするんだ? 本当ならばこの物語が終わる頃にあんたの想い人を呼び寄せようって思っていたんだが……」

「やるよ」

「へぇ」

「その代わり、ナノが勝ち残ったら、物語を書き換えてくれるんでしょ?」

「ああ、約束する」

「絶対?」

「ああ、絶対だ」

「……なら、やる。やるよ、他の物語全部ぶちのめして、運命を、物語を書き換えてやる」

「おっけい、取引成立だ」


 その言葉を聞き終わると同時に、ナノは砂漠のど真ん中にいた。

 振り返るとあの台座だけが砂の海の上に遺されていて、あの男――“叙述”ナラティオもいなければ、三つ残っていた像も消えていた。

 どうやら、こののスタート地点はここらしい。


「……嘘、吐かないでよね」


 もう一度前を見据えて、遠くを目指して歩くことにする。

 幸い、蝕霊獣に挑む最中に落とした背嚢リュックやその中に込めていたアイテム、それから壊れてひしゃげた〈連刃剣〉も全部取り戻していた。唯一使い魔ファミリアがいないのは寂しいけれど。


「あっつ……」


 背嚢リュックから取り出したマントで肌を隠し、だらだらと垂れる汗を我慢しながら歩く、歩く。

 気を抜けばつい、ナツキのことを考えてしまいそうになるけれど――――でも今は、少しだけやめておこう。


 あの結末には未練しかない。

 あの人生には後悔しかない。

 何百億というが、いつだってナノを支配してきた。


 でも今は、それを掴み取る物語だ。

 だから行こう。振り返らずに、立ち止まらずに。

 あの時起こした奇跡を、今度はナノ自身に降らせるために。

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