227;蝕霊獣、討伐すべし.12(ジュライ)
『さ、前哨戦と行こうか』
――そう言ったノアさんの真意を、僕は思い知らされました。
黒く続く焦げた道の先に広がる喧騒。
暗紫色が染み込んだ異質な肌を
同時に低く聞こえたギリ、と言う響きに、僕達はどちらからともなく駆け出します。
「《オース》」
眉間に深い皺を刻みながら彼女は清廉な輝きを纏い、双剣を両手に構え振り被ります。
「はぁっ!」
真っ正直に構えた正眼の刃を最前列の一人の胸に突き入れ、抜き放つと同時に僕はその隣の一人の胸に深い線を刻みました。
黒い腐汁を撒き散らしながらたたらを踏む骸たち――その中には、僕の見知った顔もいます。
左肩に“切”の意匠を刻んだ防具。紛うこと無く、【
スーマンさんが語ったように、ロアさんは仲間を招集させて事に当たっているのでしょう。他方でその意匠を刻んでいない鎧に身を包む方々は恐らく、この国の正規兵。各々が手に携える機構に溢れた武具がそれを物語っています。
「
振り下ろされた太刀筋を跳ね上げる剣閃で以て弾き、伸び上がった身体を脱力によって再び屈ませて僕は何度も何度も“神薙”を放ちました。
その度に黒い飛沫が散り、肉片が崩れ飛び、断たれた腕が舞い、首が飛び上がります。
「ああああああああっっっ!!!」
彼女の慟哭の色を含む叫びは、僕の心の底から“絶対に”という力強い想いを湧き上がらせます。
スキル《ウォークライ》――――僕の視界の上の隅に、僕に[勇敢]の
犠牲者の数が、あの蝕霊獣との戦いの凄惨さ・無惨さを僕達に叩き付け、その数の暴力が僕達を慄かせるも。
湧き上がる想いが、縮み上がる心を奮い立たせるのです。
ああ、こういうところ――――スーマンさんっぽいなぁ、なんて。
「レクシィさん、ありがとう!」
負けじと叫び、負けじと振り絞る。
「があああっ!」
突き刺し、引き抜きながら薙ぎ払い、貫き、蹴り飛ばしては
裂いては断ち、断っては穿ち、穿っては払い、払っては弾き、弾いては――――
「はぁ、はぁ、はぁ――――」
三十人くらいだったでしょうか。遂に僕達は、その死屍累々を
そこに唐突に聞こえてくるぱちぱちという拍手の響きに、その主を垣間見た僕の
「すげぇ、すげぇよ、お前。まさかそいつら全滅させるとか思って無かったぜ」
「……ショウゴ、さん」
黒い染みに塗れた外套を羽織る、罅割れた暗紫色の肌に目をぎらつかせるショウゴさんは、きっとあの蝕霊獣に飲まれてしまっているのでしょう。
ですが今しがた斬り伏せた彼らと違って自意識を保っているのは、一体何の違いなのかは僕には知れません。
ただ確かなのは――――彼はもう、二度とこちら側には戻って来ないだろうこと。
飲み込まれ、それを善しとして――――そして正されない過ちの上に、生前のような罪過を重ねて行くんだろうこと。
「ナツ……キ……」
「ナノカ!!」
その黒ずんだ男の足元には。
唯一の僕の妹が、白と黒と赤とに濁り塗れて横たわっていました。
「ナノカっ、ナノカっ!」
「
ばぐん、と視界が爆ぜました。同時に僕の身体は低く宙を舞い、ナノカに駆け寄っていた筈なのに全く見当違いの方向に急激に推進するのです。
どだん、と跳ねて、赤黒い土を舞い上げて叩き付けられ。
今度は突き刺すような痛みが左脚で爆発し、見れば鋭く延びた肉が僕の太腿を穿っていました。
「ああ、そう言えばお前には、首を斬られたんだったな」
差し向けた右手の人差し指が延び、それが僕の左大腿を貫いているんだと知ったところでその痛みが消えるわけでも無く。
ただただナノカを再び穢された動転だけが、憤怒とも憎悪とも取れない黒く渦巻く欲動でその痛みを無に変えていました。
「マジで、た――――っっっぷり
「――――っ」
穿たれはしたものの、空いた孔はまだ小さい方です。そこから失っていく血もまた、噴き出るよりは滴る程度、流れ出る程度。
幸い、衝撃に対して
ああ、また、頭の中が染まっていく。
目に見えるこの赤い視界と同じように、血溜まりの暗さで染まっていく。
託された想いが、湧き上がった想いが、剥がれていく。
赤く染められて全部全部消えて行く――――
「やめてよ」
目を見開きました。その瞬間に、僕の世界を染め上げていた赤色が、ふっと消えました。
「はぁ?」
ぐぐ、と身体を起こし、歯を食いしばりながら立ち上がったナノカに、ショウゴさん――いや、ショウゴは腕をまるで鞭のように長く振るって激しく叩き付けます。
ぐらり、どたり。――――ぐぐ。
「あはははは、お兄ちゃんの前では気丈だな! いいぜ、いいぜいいぜいいぜいいぜ! それでこそめちゃくちゃにする甲斐ってのがあるよ! ああ、そうだ。どうせなら動かなくなった兄貴の前でぐっちゃぐっちゃに犯してやるよ、そうだ、そうだそうだそれがいい、それが絶対に面白い!!」
「ふざけるな!」
叫びと共に翻った刃がショウゴの首を刎ね飛ばしました。
ぎゅるぎゅると円転する〈エントシュルディグング〉は引き戻りながら更にショウゴのぐずぐずとした身体を引き裂き――――ですが、無意味でした。
「!?」
レクシィさんの手がその柄を再び掴む頃には、ショウゴの分断された身体は元に戻ってしまっていました。何という凄まじい再生能力なのでしょう。それは、それまで僕達が斬って斬って斬り尽くしたあの死屍累々には無かったものでした。
「おお、ロリロリしい奴もいるじゃん――って、お前、あん時のガキか」
憤怒の形相で睨み付けるレクシィさんに、ショウゴは舌を舐めずります。その動作が気持ち悪く、腹立たしく、赦し難く、だから僕は気が狂いそうに叫びました。
「ああああああああああああっ!!」
奥歯が砕ける程に噛み締め踏み出し、つんのめって倒れる力を推進力へと変えた前進で以て肉薄し――――
「がぁっ!」
脱力の足らない神薙は、けれど確かに黒ずんだ身体を上下に――――
「無駄だ、っての!」
「がっ!」
ばぢぃ、と弾かれた衝撃で再び吹き飛ばされ、けれどそこで出来た隙にレクシィさんが《デッドリーアサルト》から《スラッシュダンス》に繋げた怒涛の連続攻撃を叩き込みます。
「ぅ、っ――――、」
仄かに、立ち上がる僕を後押しする温かさが吹き付けました。
僕の表皮に奔る縦横無数の切り傷や擦過傷、皮膚を青黒く染める打撲や特に左大腿の孔。
それらに温かさが纏わりついて、そのどれをも塞いで、癒していくのです。
これは、
思わず僕は振り返りましたが、そこには誰も、ノアさんすらもいませんでした。
なら、僕に降り注いだ光はレクシィさんがくれたものなのでしょう。そう結論付けた僕はもうそのことについての思議を起こさず、やはりただその想いに応えることだけを考えました。
僕に出来ることは限られている。何しろそれに特化するべくして鍛錬を、そして罪を重ねたのです。
なら、斬る、しか。
「ショウゴ!」
「あ? 何呼び捨てにしてくれてんだ、てめぇ!」
怒りと共に射出された延びる肉の鞭を掻い潜り、そして後方に大きく振り被った刃を、想いを載せながら――――
そうして放った渾身の神薙は。
裂き込んだ腐肉の内で、逆に断たれてしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます