226;蝕霊獣、討伐すべし.11(シーン・クロード/ジュライ)

 Dxxn!?


 マジで何がどうなってやがる――確か七夕チィシィの誘いに乗って伏見稲荷大社に来て、その最大の特徴とも言える千本鳥居をくぐっている最中だった筈だ。


 あけの鳥居が創り上げた長廊下。

 灰色の石畳の道を隙間なく覆うその色は、遥か先まで延々と続く――筈だったのに。


何で、何でお前がここにいる  Why the hell are you here  !?」


 その遥か先を、まるでねじくれた宇宙空間のような極彩色が塗り潰し。

 そしてその中心には――――


「――――ノアッッッ!!」




   ◆




 初陣。


 レクシィさんのそれは、彼女のそれまでを全く誤解・錯覚してしまえる程に鮮烈で、そして劇的なものでした。


「――《オース》」


 僕の知る――と言っても、大して知りはしないんですが――スーマンさんの能力とは大きく異なったスキル名。それが彼女の頭上に浮上ポップアップしたと同時に、彼女は未だ何も構えていない両手をその胸の上に重ね、俄かに目を瞑ります。

 道を塞ぎこちらへと緩慢な突進を見せる腐った粘体ロトン・スライム達はレクシィさんの足元から突如として湧き立った清廉な輝きにほんの少しだけ停滞し、けれどもすぐに再びぐなりと身体を波打たせては経路上の土を汚しながら僕達を目指します。


「行きます」


 刮目した彼女の呟きは同時に解いた両手に〈エントシュルディグング〉を呼び寄せ、分かれた双振ふたふりはその眼前で大きなひとつへと連結します。


「やぁっ!」


 身体を大きく旋回させるように振り払った一閃は、投擲されたことで突出していた一体とその後ろを進んでいた一体とを水平方向に両断すると、ぎゅるぎゅると空中で浮遊ホバリングした後に、《バックスタッブ》の効果を付与されて更に一体を絶命させました。


 はしり、と危なげなく戻って来た連結剣をキャッチした彼女は、再びそれをふたつに分けては――そこに、スーマンさんがいるかのようでした。


 大きく斜め前方へと跳び込んで体撃を躱し、鋭い斬り込みから回転を活かした連続攻撃を叩き込み。

 そこから《スラッシュダンス》へと繋げ無力化させると、飛び掛かって来た一体を目掛け《デッドリーアサルト》でカウンター気味に迎え打ちます。


 突進系のスキルでそうしたのですから、スキルの終わり、たじろぐ相手のすぐ近くにまだレクシィさんはいるのです。

 大きく左右後方へと振り払った両手を、屈めた身体を伸び上がらせる逆動作で以て十字に斬り上げ、そして双剣はその頭上で再度連結剣へと移ろいます。


「《ヴァルキリーエッジ》」


 僕にはそれがどのようなスキルなのか全く解りません。

 ですがこの時――――彼女がそれを放ったこの時。そのスキルが、恐らくは限定された状況下で絶大な威力を誇るのだろうと言うことが解りました。

 足元から立ち昇っていたあの清廉な輝きが刃に集結し繰り出された一撃は、それまでそこにいた敵の最後の一体を、跡形もなく消し飛ばしたのです。或いは、掻き消したのです。


 五体の難敵を、こうも容易く葬るなんて――――彼女は少しだけ切らせた息を整えて振り返り、呆気に取られる僕達に向けてひとつ頷きました。


「さ、どんどん進もうか。次が控えているからね」

「……はい」


 前言撤回――――取られていたのは僕だけだったみたいです。


「暫くは彼女に露払いを頼もうか。何せキミは、折角得られる加護の権利を放棄しているみたいだからね」

「……いえ、僕も戦います」

「本当に? 死んじゃったら、んだよ?」

「理解はしています。ですが全て僕の我儘です。そして」

「そして?」

「――死ねない理由はちゃんとありますから」

「理由があれば死なないと言うのは、……それが本当なら医療がキミを放っては置かないね」


 呆れた顔を横目に、僕は先行するレクシィさんの隣に並び立ちました。

 低い所から持ち上がった視線が目の端に映ります。そしてそれは、これまでのような恨みがましいめ付けるそれではありませんでした。


「――――から」

「え?」


 遥か前を見据えながら少女は、とても不思議なことを告げます。


「わたしの復讐の中に、あなたも入ってるから」

「それ、は……?」


 長い瞬きの後で、細く俯いた少女が再度顔を上げます。


「死なせない。その上で、どうしても戻ってもらう」

「戻――――」


 それはきっと、スーマンさんの想いなのでしょう。

 その全てを引き継いだ彼女は、彼同様に僕にそれを要求するのです。


「そのためにも、僕は死ぬわけにはいきません。勿論、」

「勿論?」

「……君には、ちゃんと復讐を遂げて幸せになってもらいます」


 静かに眉をひそめた彼女は、引き締まった表情のまま口を噤みました。

 ええ、解っています。それを、僕なんかがとやかく言うのはおかしいんです。でも、言わなければならないとも、同時に思ったんです。


 スーマンさんの想いの全てを彼女は引き継いだのでしょうが――――僕もまた、その何分の一かくらいは、引き継いだんです。託してくれたんです。


 その想いに、応えない者の何が強さか。


 強さを、人の斬り方・突き刺し方という形で僕は鍛錬してきた。

 それ故の誤った欲を掻き、誤った刃を振るい、誤った命を終えました。

 なら僕に培われたのは誤った強さなのでしょうか――――でもきっと、それは鋏と同じで。

 使う側のさかしさと浅ましさで善悪のどっちにだって容易く振り切れるのです。


 その強さが本物ならば。その強さが正しいのならば。

 僕は、彼の想いに応えられる筈――――いえ、応えなければならない。


 僕がちゃんと強くて、戦える人間だったのなら。

 あの時、彼女を連れて逃げられたのは彼の筈だった。

 この身の足らなさ具合でそれを歪めてしまった僕なのだから――彼のそうした潔さにも憧れる僕なのだから。


 彼ならば容易くそうするだろうこの使命感に、かたくとも殉じなければ。


「大丈夫」


 固く唇を結んだ僕の表情を、呟くような彼女の声がゆるませます。


「他の誰にもそうは見えなくても、わたしはちゃんと幸せになるから」

「……はい」


 暗く微笑んだその横顔に差す影を、彼ならば取り払えたのでしょう。

 僕がそう出来る筈も無く。そして、僕はそうするべきでも無いのです。



◆]【フラジア・蝕の渦】

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