225;クラスアップ.05(レクシィ)
突き抜けた瞬間の、波打つ刃が一押しする
それでも、零れた血が流れ落ちては柄を握るわたしの両手を濡らすと、まるで炎のような夥しい熱量が一気にわたしの胸に流れ込んできました。
それは膨張し、暖かく清廉な光となってわたしの視界を白く閉ざし。
そして今まさにこびりついた嫌悪感と罪悪感とを、まるで綺麗さっぱり拭い去ったのです。
それはまさしく、“想い”そのものでした。
「――スーマン?」
誰かにふと手を引かれた気がして、眩しさの中で瞑っていた目を恐る恐る開くと――そこは全く見たことの無い、まるで異質な何処かでした。
目の前――その部屋の中央は、周りに比べて少し高く段差のついた小さなステージのようになっています。
そこを2メートルほどの通路が取り囲み、部屋は12枚の石壁で囲まれています。
ちょうどわたしが向く真っ直ぐの壁面の両隣にはそれぞれ一枚ずつの大きな鏡が、荘厳な意匠に縁取られて掛けられています。
わたしの手を引く何者かの気配は、困惑することしか出来ないわたしを、その小さなステージの中央へと誘いました。
すると気配はどうしてだかふわりと微笑んだように消え去り、何処からともなく声が響きます。
◆]クラスアップを行います[◆
右手側の鏡の面がぶわりと波打ち妖しい輝きを放ちながら、そこに映るわたしをぎらりと変化させます。
◆]
狂気を宿すことで強さを得、
危険すら糧にして運命に抗う
このアルマを選びますか?[◆
これは――スーマンの、アルマです。
それに気付いたわたしが肯定の意思を声にして張り上げようとした瞬間に、わたしの身体は強制的に左側の鏡へと向きました。
そこに掛けられた鏡に映るわたしもまた、ぎゃらりと妖しく輝く光に波打ち、黒く変わっていきました。
◆]
傷付く程に強さを得る呪いを身に宿し、
致命すら糧にして宿命に抗う
このアルマを選びますか?[◆
それは――ナノカさんの、アルマでした。
それに気付いたからこそ、わたしは言葉を失ってしまいました。
身体の向きが強制的に正面に戻り、二つの鏡に映る二つのわたしの未来の狭間で、わたしはどちらを選択するべきかを決めきれません。
スーマンの“想い”を紐解いたわたしは、スーマンの強さをわたしが引き継ぐんだということももう知っています。
そして、自分がNPCと呼ばれていた、今はPCと呼ばれるべき存在であることも。
PCはアニマとアルマの二つの魂を有していて、そしてアルマは再度選択することも出来ることを。
わたしがこの場に辿り着いたということは、スーマンはわたしに、選ぶことを求めているんだと思います。
振り返ればわたしがきっと出て来たであろう鏡があって、そこには野蛮な衣服に身を包む《
その鏡を潜り抜ければ、18の石壁に囲まれた原初の間に辿り着き、18ある
でもわたしは――――スーマンか、ナノカさんか、そのどちらかを、選びたかった。
◆]稀有な者よ。
特異な運命により宿命に抗う君よ[◆
「え?」
くるりと振り返ったわたしは――本来そこには無い筈の、真正面の一際大きな鏡を直視します。
輝きながら波打つ鏡面は何も映しておらず、ただただ光の粒子が舞い上がっては飲み込まれていく、不思議としか言いようの無い光景をわたしは眺めるしか出来ませんでした。
◆]条件は揃った。
新たな道を切り拓くが善い[◆
そして真正面の鏡は大きなうねりをその鏡面に見せると、その中にわたしを映し出しました。
それはスーマンが愛器と呼んだ〈エントシュルディグング〉を構え、優美な
◆]
狂気でも血でも無く清き祈りこそを携え
戦場を駆け抜けては運命と宿命とに抗う
このアルマを選びますか?[◆
きっと、手を引く影はわたしの一番愛しい人でした。
その影は今度はわたしの背中を押し――だからわたしは、その波打つ鏡面に手を伸ばして触れました。
指先から飲み込んでいく銀色の輝きはやがてわたしの全てを包み込み、そしてわたしは――――
◆]レクシィ
人間、女性 レベル68
俊敏 23
強靭 16
理知 22
感応 20
情動 17
生命力 442
魔 力 208
アニマ:
属性:火
◇アクティブスキル
《
アルマ:
◇アクティブスキル
《シャウト》
《バックスタッブ》
《デッドリーアサルト》
《バタフライエッジ》
《サイドスタッブ》
《スラッシュダンス》
《オース》
《ウォークライ》
《ヴァルキリーエッジ》
《ファストマジック》
《星霊魔術/E》
《
◇パッシブスキル
《機動強化Ⅰ》
《切断強化Ⅰ》
《破壊強化Ⅰ》
《軽装強化Ⅰ》
《魔術強化Ⅰ》
《タフネス》
《蛮勇の心》
《元素知覚》
《
装備
〈エントシュルディグング〉[◆
わたしは、全てを受け継ぎました。
強さも、想いも、何もかも全部。
これまでの記憶も、これからこうしたかったなんていう願いも、何もかも全部。
そうしてわたしが一番最初に思ったこと・考えたことは――わたしは何て、幸せなんだろうってことでした。
他に選択肢が無くて、最愛の人をこの手にかけなければならない、そんな時に。
わたしは、その人からの感謝の気持ちを、懺悔の気持ちを、未練とともに、受け止めることが出来たのですから。
今なら、数時間前にわたしが“人殺し”と蔑んでしまったジュライの気持ちが解ります。そうすることしか出来ない後悔と苦悩を、わたしもまた享受したのですから。
でもやっぱり、ジュライに比べればわたしはとても幸せです。同じく愛しい人を手にかけることしか出来なかったわたしたちでしたけど――愛する人の最期の想いを、願いを、わたしは受け取れたんですから。
気が付くと、わたしはあの黒く焦げた道の途中に投げ出されていました。
横たわるわたしの鼻先を舐めるゴーメンが小さく鳴いて、わたしは起き上がって辺りを見渡します。
もう、そこに
「……お待たせ。行こ?」
「キャンッ!」
でもわたしは、歩き出すことにしました。
地面に突き立った、わたしと同じくこれからの武器〈エントシュルディグング〉を抜き、わたしの中の彼が伝えるやり方に従って連結を解いては、突き立った剣の傍に置いてあった専用の鞘に差して。
それを少しだけ悪戦苦闘しながら腰に帯び、同じく落ちていた
そして、小走りで、先を行くジュライとノアさんを追い掛けました。
これからわたしは、スーマンの分まで戦います。
スーマンの分まで――転んだら立ち上がり、立ち向かっては傷付いて、それを“何でも無い”って撥ね退けては、泣いたり笑ったり怒ったり、嬉しくなったり喜んだりを何度も何度も繰り返すんです。
何もかもを奪われたわたしだったけれど。
そんなわたしがわたしのまま、そうやって最期の最期まで戦って、生き抜いて。
そうやって
わたしの一番深い所、近い所で、一緒に頑張ってくれます。
だからわたしは怖くない。寂しくない。少しも、これっぽっちも、不幸じゃない。
そんな嘘を抱えて、これからを
スーマン。
わたしの、最初で最後の
さようなら。
わたしの――――これまでもこれからもずっとずっとずっと一番愛しい人。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます