224;蝕霊獣、討伐すべし.10(須磨静山/ジュライ)
「……レクシィ」
ジュライとフード男の背中が見えなくなるまで見送り、オレは未だぺたりと尻を地に着けているお姫様に声を掛けた。
ゴーメンを優しく抱くそのお姫様の[恐慌]は解かれている。何せ決戦の最中オレが《シャウト》で帳消しにしたからな。そうでもしないと、[恐慌]って
ぴり、と
片膝を立てて目の前に
勝手にこのお姫様を守る騎士として立候補したってのに、こんなザマで情け無いったらありゃしない。
何せその騎士って奴は、今片腕が斬り落とされているどころか、やがて愛しい人すら殺そうとしてしまう一介の
「嫌」
「……だよなぁ。オレも本当、心の底から嫌なんだわ」
「嫌だ」
「でも、どうしようも無いんだ」
遂に、その大きく円い目から大きい涙の粒がぼろぼろと零れ落ちる。
堰を切った、とは
確か、もう二度とこんな泣き方をさせるもんかとか、思ってたっけな。
あー、言葉にしときゃ良かったか? 言霊ってあるって言うもんな。こっちは根っから、心の底から願うことは言葉にしない方が叶うって派閥だからさ。
でも、もう言えなくなるから、全部言うことにしよう。
「オレはさ、やがて何も考えられなくなる。何も、思い出せなくなる。全部忘れて、全部憎くなる。自分よりも一番大事な人すら殺してしまう、そんな
「嫌、嫌……」
「レクシィ。――だから、そうなる前にお前に息の根を止めて欲しい」
「――――っ!」
どうしてだか分かる。
アニマは、譲渡できる。引換券は命だ。ただし、与える側の。
ちゃんとPCだった頃はそんな知識無かったけど、
「嫌だ、嫌だよぉ」
ぶんぶんと首を横に振り、子供のように泣き上げる姿にオレも泣きそうになる。
でもオレは騎士だから。まだ、この小さいお姫様の騎士だから。
だから、ちゃんと守れるように。
騎士がいなくなってもお姫様が生きていけるように、全部を託す。
想いも。
願いも。
何もかも。
「……どうしても?」
「うん。どうしても、駄目なんだ」
「スーマンも、いなくなっちゃうの?」
涙に塗れて赤く腫れた目が、真っ直ぐにオレを覗き込む。
しゃくり上げながら浅く繰り返す呼吸で、残酷な真実を確かめようと問い掛ける。
「――いなくなるかよ」
ああ、駄目だ。
「死にたくない、生きたい、お前ともっと、ずっと一緒にいたい!」
「ズーマン、」
「守りたい、ずっと傍にいて、お前のために戦って、添い遂げて、――――でも、……悪い…………無理なんだ」
「ズー、マン、」
堪らず抱き締めた。ごめんな、オレの身体、罅割れちゃっててさ。肉もぐずぐずだし、全然いい気持ちじゃない寧ろ気持ち悪いかもしれないけど、赦してくれ。
「お前の復讐を、一番傍で見届けたかった。何もかもを奪われて不幸のどん底に落ちたお前が、そんなお前のままで誰よりも幸せになるところ、見守りたかった。出来ることならオレが、幸せにしたかった」
「っ、――っ」
「ずっと、お前の騎士でいたかった」
「~~~~~っっっ」
このまま抱き締めていたかったけれど。
でも、抱き締めても温もりを一切感じないってことに心底絶望したし、あとオレの意思とは別に尋常じゃない程の力で抱き締め始めたから引き離して、真っ直ぐその顔を見据えることにする。
ああ、本当に可愛いなぁ。
まだ影のある感じだけど、もう少し大人になってその辺が払拭されたらマジでモテまくるんだろうな。
ちゃんと幸せになれよ。お前が決めた復讐なんだから。入れ知恵したのはオレかもしれないけど。
一応、本当のところどうかってのは判らないけど、公式には王族なんだし、お前。
ちゃんとした騎士様をお迎えになったっていいんだぜ。何ならそいつと恋仲になって、夫婦になって、両親になっちゃっても。
オレはもう、その座にはいれないんだから。
「レクシィ。〈フランベルジュ〉は、あるか?」
ぼろぼろと涙を零し続けるも、レクシィは何度も何度も首を横に振っては、でも最後にこくりと一つ、小さく小さく頷いた。
搗いた尻餅のすぐ脇に、その小さな身体の影に隠れるように転がっていた波打つ剣は、いつか手渡した時よりも遥かに手入れが行き届いていて。錆も刃毀れも、一切見当たらなかった。
「それで、オレの胸を貫くんだ」
「嫌だ」
「……貫くんだ」
「嫌だ」
「レクシィ」
「っ――わたしも、一緒に、なる」
「一緒って……オレと同じ、
ぐらりと揺れる程に魅力的な提案だったけど、それを棄却する正気はまだあるみたいだ。
もう意識の通っているか判らない手でその頭を撫でる。艶やかでさらついていた筈の髪の感触は掌に残らない。
「わた、わたしも……」
「レクシィ――オレの分まで生きてくれよ」
「――っ」
「オレの分まで笑って、オレの分まで泣いて、オレの分まで戦ってくれよ。生きてくれよ。幸せになってくれよ。そうじゃないとさ、オレ――――何のために生きて来たか解らないだろ」
「――っ!」
「何のために、……レクシィと出遭ったのか、解らなくなるだろ」
「――――」
「オレは、……お前を幸せにするために出遭ったんだ、って思いたい。そんな不幸な結末のためにオレ達がいたんだ、巡り会ったんだって思いたくない」
「~~~~~っ」
「だからさ」
「……」
「だか、ら……」
ああ、もう駄目だ、駄目そうだ。
もう、感触が無い。
視界が濁って、耳鳴りも酷い。
熱いのか冷たいのか。
正気なのか狂っているのか。
生きているのか死んでいるのか。
愛しているのか、憎んでいるのか。
「レク、シ ぃ 」
とすり。
と、
何かが衝き抜けた気がした。
それはとても熱く、熱く、熱くて、とても――――
「スーマン――――愛してる」
唇だけが感触を残してくれていた。
最期にそれを許されるなんて、これ以上の奇跡が、幸運が、あってたまるものか。
好きな人のキスで終えられるんだ。
何て最高な人生だ――――未練しか無ぇや!!
◆
「――彼女だ」
「え?」
ノアさんの声に振り返ると、二つに分けた〈エントシュルディグング〉のそれぞれを腰に差しゴーメンを両手で抱えながら駆け寄る少女の姿がありました。
上気し紅潮した頬と、泣き腫らした赤い
あの大宿で壮絶な過去を説いてくれた時にも思いましたが、どうすればこんな小さな身体にそんな大きな強さを秘められるのでしょうか。
「お待たせ、しま、した……」
「……大丈夫、ですか?」
「はいっ……大丈夫です」
「……スーマンさん、は?」
ゴーメンを地面に下ろし、息を整えた彼女は、僕を真っ直ぐに見て告げます。
「スーマンのアニマは、わたしが受け継ぎました。アルマも、剣も、ゴーメンも。全部、全部受け継ぎました。今もスーマンは、わたしと一緒にいてくれています。わたしの一番近くで、ずっとずっと、ずぅっと一緒に…………わたし、戦います。スーマンの分まで戦って、守って、生きて、そして……
「……僕もそれを、強く望みます」
スーマンさんは救われたのでしょうか。報われたのでしょうか。
もしもそうだとしても、それは絶対に僕なんかの功績では無い。
でも――それでいい。
「行きましょう」
「はいっ」
「……
歯を食いしばり、僕もまた前を見据えます。
黒く続く道を、真っ直ぐ、力強く。
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