223;蝕霊獣、討伐すべし.09(須磨静山)

「武器を放り出して素手で向かって来るとか……全力で向かって来ないのは、僕が怖いからなんですよね?」


 おいおい、何つー面構えだよ。男同士だってのに惚れちまうだろうが。まぁ、既にレクシィに惚れている身ではあるんだけど。

 しっかし、驚くほどの尻上がりスロースターターなこって。マジ殺しちまうかとか思ったわ。

 ぶっちゃけ今のオレ、不死系魔物アンデッドモンスターになったことで何故かレベルアップしちゃってさ。《原型変異レネゲイドシフト》じゃなくて《原型深化レネゲイドフューズ》になっちゃってんのよ。だから、“死に戻り”を“プレイヤーロスト”にしちゃえるわけ。


 あ。

 っていうか今のジュライだと、そもそも“死に戻り”すら発生しないからどっちみちアウトだったか。いっけね、忘れてた。やべぇな、うっかりでマジっちまうとこだったわ。セーフ、セーフ。


「ゼンリョク?」


 演技を続けるオレに、ジュライは再会したデルセンの街での一件を説く。そう言えば、ナノカに邪魔されたけどオレ達、〔決闘〕するくだりあったっけ。


「僕が君の代わりに相応しいかどうか、あげますよ」


 あれ、これ、演技ですらバレてね? まぁオレ、別に技巧派俳優でも無ければカメレオン俳優でも、そもそも演技を齧ったことすら無いんだけど。


「ハァ?」

「いい加減にして下さい」

「……マジか」


 どうやらマジそうだ。何て言うか、一応は決死の覚悟でやっていた半面、こうしてバレるとクソ恥ずかしいのな。


「……ですか?」

「んー……五分くらいかな」


 ギリ、と奥歯を噛み締める音が聞こえた。


「あくまでだからな? 実際はそれよか短い気もするし――でも、それ以上はちょっと無理かなっては思ってる」

「本当に?」

「本当。不死系魔物アンデッドモンスターになっちまってるからさ。今はなり立てで馴染んでないけど、こう――胸の奥に黒く渦巻く塊があって。それがどんどん膨らんで肺を圧迫している感じ」


 自分でそう言って、今の自分が呼吸をしなくてもいいんだ、ってことに気付いてしまった。


「だからさ――三分一本勝負。どうよ?」


 ふぅ、と息を吐いたジュライは。

 今から対決だってのに物悲しい表情で――でも、覚悟は決めてくれているらしい。


 すらりと、腰の鞘から軍刀を抜き放って構えた。


「……ゴーメン」

「キャンッ!」


 近くに放り出された背嚢リュックから飛び出て来たオレの可愛い可愛い使い魔ファミリアは甲高いにも程のある声で鳴くと、オレの足元に駆け寄り、そのふっわふわの毛皮をふるふる振って愛器〈エントシュルディグング〉を渡してくれる。


「サンキュ。じゃあ、の所に行っててくれるか?」

「キュゥン?」


 察しているのか、ゴーメンは足元から離れない。それどころか、オレのぐずぐずになった脛にそのふわったらしい毛皮を擦り付けてくる始末だ――――離れ難いにも程があるだろ。


「ゴーメン」

「……キュゥ」


 意を決した声に圧され、ゴーメンは何度も何度も振り返りながら、やがてぺたりと座り込んでいるレクシィの膝の上に鎮座した。


「悪いな」

「いえ」

「悪い重ねで申し訳ないが、一分一本勝負にしようぜ」

「……分かりました。ところで、どうして《原型深化レネゲイドフューズ》を?」


 実のところ、勝手に解かれちまったんだ。どうしてだかは判らない。

 でも別に、それでいいって思っている。


「お前さ、アニマ無いんだろ?」

「そうですが……」

「じゃあこれで対等だろうがよ」

「……本気で行きます」

「おうよ。是非ともそうしてくれ」


 そして、静けさが辺りに立ち込めた。


 ジュライの奴は正眼っつうの? 剣道でよく見る真っ直ぐな構えをしている。

 両手で持てるよう柄の延長された軍刀の切っ先はオレに向いていて、その表情や立ち姿から必殺の意気を嫌という程に感じる。

 マジで、見れば見るほどに武道家、って感じだ。成り行き上、ダルクの紹介で何度か【正義の鉄鎚マレウス】の連中と手合わせしたことがあるけれど、ミカとかロレントとかはマジでこんな風に武人めいていた。武を道とする奴っていうのは、その真摯さを衣服みたいに纏うんだろうな。とても静かで――ダルクの奴はすげぇ煩い。まぁアイツもヤバいけど。


 対するオレは、さて――――どうしようか。

 ぶっちゃけ〈エントシュルディグング〉を連結剣で行くか双剣で行くかすら決めていない。

 しかし時間は刻一刻と着実に失われて行っているわけで。

 別に、何に拘ってんだ、って感じだよな。

 ジュライの奴がレベル1だろうが強いってことはもう知れているわけだしさ。

 レクシィのことを頼んだところで、こいつならちゃんとどうにか守ってくれるってのは、オレにとってはもう疑いようの無い事実になっちゃってんだよなぁ。


 あの夜、ジュライはセヴンを斬ったけど。

 その夜をもう超えたじゃんか。


 結局どうすんの、ってのは、まぁ、まだあるけど。

 でもジュライはセヴンを選ぶだろうよ。


 なら、レクシィも大丈夫だろ。


 ジュライがいて。

 セヴンがいて。

 アリデッドだっているし、アイナリィも、ユーリカもいる。

 もしもその輪の中にナノカも入ろうってんなら。


 レクシィは、大丈夫だ。


 オレがいなくても――――


「行きます」


 ジュライはそう告げた。

 だからオレはそれに頷くと同時に駆け出した。


「おあああああっ!」


 突進と同時にスキル《スラッシュダンス》を行使する。

 胸の前で大きく交差させて振り被ったを、肉薄の最中振り払い――


「――っ!?」


 ――投げた。


 スキルの最中でも、実はとなる瞬間がある。或いはか。

 そのタイミングで動きが競合するようなスキル、もしくはスキルの成立条件を崩すようなスキルを使うと、先に行使したスキルは取り消しキャンセルされる。


 今しがたオレが使ったのは勿論、《クリティカルエッジ》を組み合わせた《バタフライエッジ》だ。大きくジュライの左右を飛び越えて飛翔する双剣は、えげつない程の回転を与えられて引き返すスイッチバックする

 そして双剣を投げ放ったオレの手は当然のように何も握っていない――拳以外は。

 だからその拳をぎゅうと固め、もう一つの連撃系スキルである《クラッシュダンス》をぶっ放す!


 本来ならば《バーサーク》とそして《ルナティックエッジ》も載せるべきなんだろうけど、さっき解除したせいで《バーサーク》の冷却時間クールタイムがまだ残ってるんだ。持続時間に縛りが無い分、冷却時間クールタイムがクソ長いのが唯一の嫌なところ。


 相手が正の道を突き進むなら、こっちは踏み外した道を蛇行するまで――出鼻なら挫く、裏なら掻く、拍なら外す。ご存じの通りの小悪党振りってわけだ。

 まぁ――――だとしても、真っ当な武道家相手には通じないんだけど、さ。


「“神薙かんなぎ”」


 スキルの載った力の限りの攻撃も、その起こりを正確に縫い付けるような斬撃に遭ったとならば寧ろこっちの出鼻が挫かれるってもんで。

 振り下ろそうとした脇の隙間に寸分違わず入り込んだ刃はそのまま、鎧の罅割れに染み入るように裂き進み。

 痛みを感じる間も無い刹那の中で薙ぎ払ったジュライの身体は反転して背を見せ、またも脱力して深く屈み込んだかと思えば気付けばもう軍刀を切り上げていた。


 その刃はやっぱり、オレが振り下ろそうとしていた腕を強かに斬り付けて。

 二の腕からさっぱり切断されたんだってことに気付いたのは、腕が落ちて転がってからだった。


「……ずっけぇなぁ。何でそんなに強いんだよ、って話」

「何でって……死ぬほど、訓練してきたんです」

「だよなぁ。それに比べたら本当、にわか仕込みもいいとこだよなぁ」

「いえ、そうでも無いですよ。虚はちゃんと衝かれましたし――武を齧る者として、とても遣り辛い相手だと思いました」

「マジ? そう言ってくれると……ちょっとは頑張れたかな」

「ちょっとどころじゃないですよ」

「はは――――真っ直ぐ行ったら、多分ロアとナノカが頑張ってる」

「ナノカと、ロアさんが?」

「ああ。何せ頼みの奴らは殆ど強制ログアウトだしな。オレも結構そこそこ遣り合ったと思ったけど……やっぱあの二人に比べたら駄目だったわ」

「……」

「ロアはクランメンバー呼ぶって言ってたから、もしかしたらお前の古巣の奴らも一緒に戦っているかも知れない。オレはそれを待たずにリタイアしたけどさ」

「……はい」

「あと、ナツオとショウゴもいる筈だ」

「……はい」

「力になれなくて、」

「そんなことありません」

「……そっか。……なぁ、少しだけ……少しだけ、レクシィと二人にさせてくんね?」

「二人、……ですか?」

「大丈夫――ヘマはコかねぇ」

「……分かりました。レクシィさんを、宜しくお願いします」

「いやそらこっちの台詞だわ。マジ頼むぜ」

「レクシィさん、僕とノアさんは先に行っています」



「……レクシィ」

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