222;蝕霊獣、討伐すべし.08(ジュライ)
変わり果てた姿――と言ってしまえばそこまでで。
「スー、マン……?」
レクシィさんのとても静かな慟哭が嫌に耳に響きました。
黒く爛れ、傷に傷が重なり、倒壊して焦げた瓦礫に横たわるスーマンさんの姿は――――そこで何があったのかを否応なしに僕達に伝えます。
そんな死体が、ぐぐぐと重たく起き上がります。
「スーマン、」
起き上がり、立ち上がり、そして。
「レクシィさん、
「スーマン!!」
僕達を、敵意と憎悪に塗れた形相で睨み上げては叫び上げるのです。
「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!」
その頭上に《スクリーム》というスキル名が
「ああ、あああああ」
ぺたりと尻餅を搗いたレクシィさんはがたがたと震え出し、そんな彼女に駆け出したスーマンさんだった者は――ですが、あの連結剣を携えてはいませんでした。
「くっ!?」
その是非や何故を問う暇は今ありません。兎に角僕もまた駆け出し、すんでのところでその胸に横蹴りを喰らわせ、どうにかたたらを踏ませて後退してもらいます。
「スーマンさん! 僕達が誰だか判らないんですか!?」
「ググ」
濁った涎に塗れた口許。
赤く血走ってぎょろぎょろと蠢く双眸。
罅割れた至る所から黒い汁を滲ませる顔貌。
そのどれもが、あの明るく飄々とした彼のものではありませんでした。
「ガァッ!」
「スーマンさんっ!」
振り上げられた拳――それが振り下ろされる直前に、彼の頭上にまたスキル名が
《サイドスタッブ》
「――っ!?」
それを視認した直後に、スーマンさんの姿が視界から消え失せました。と思えば、僕の左頬に硬い衝撃が奔り、踏ん張ることも出来ずに僕の身体は地面に投げ出されます。
「ぐ、ぅ――」
突進して来たかと思えば真横に鋭く跳躍、からの横撃。
あの体勢からまさかそこまでの動きが繰り出されるとは――――起こりが一切無かった筈なのに。
よたつく身体でどうにか起き上がった僕は、しかし追撃を掛けない彼の姿に、それがどういうことなのかを理解します。
「……スーマンさん」
「……」
「……諦めるんですか?」
「……ッ」
「諦めきれるんですか? この人は、……レクシィさんは、君の大事な人なんじゃ無いんですか?」
「…… ……」
レナードさんと同じ――――今は辛うじて自我を保っていつつもそれが段々と削られて、ただの
「僕は、嫌です」
「……ッ」
「僕は嫌です。君の代わりに彼女を守るのなんて、御免です!」
「ソレデモ」
ぎぎぐと身体を震わせながら、スーマンさんは恐らく最期だろう想いを振り絞ります。
「モウ、ダメナンダヨ」
「諦めるなよ! 君以外の誰が彼女を! レクシィさんを、守るんですか……」
「アアアアアッッッ!」
どうして?
スーマンさんのレベルはまだ、そこまでには――――ああ、そうか。レナードさんと同じだ。
スーマンさんもまた、レナードさんのように。
「レクシィ、ズット、ズットイッショダ――――シヌトキモ、イッショダ」
「スーマンさん!」
黒く奔る亀裂から黒い炎を噴き出したスーマンさん。
もう、狂い果ててしまったのでしょうか。
心の底から、
まだ、間に合うと願っていいのでしょうか。
僕が、それを願って――――
「ガガガガガガァァァアアアアア!」
乱雑に見えて巧妙に拍をずらされた双腕による乱撃を後方への跳躍によって回避しようとも、彼のアニマによる炎の追撃が次々と襲い掛かり。
跳躍を繰り返したことでそれらからもどうにか逃げ果せた僕の視界に、目立つ筈の燃え盛る姿はありません。
剰え、この地は黒く焦げているために熱を持っていて、肌で熱を感知して居場所に見当を付けるなんてことも出来ないのです。
「ヴァアアオオ!!」
「っ!」
距離を取るしか無い――攻撃が繰り出される度にそれを追って炎が勝手に飛び込んで来るのです。
既に先程の一撃で僕の
だと言うのに、この身体はまだ腰の軍刀を抜き放てていないのです。
抜き放てば――レナードさんみたいに――救いたいと願いながら殺してしまうだろうから。
「――!?」
ぐわり、と、吐き気が込み上げて来ました。
この身体はかつて七人もの人を殺しておきながら、今更になってそうすることの悍ましさに慄いているようです。
人殺しのくせに、人を救いたいと願いながら、殺すことしか結局できないことに、今更吃驚してしまっているのです。後悔してしまっているのです。
「ニゲルナ」
その声に、何時の間にかスーマンさんの[バーサーク]という
狂い果てた自分を偽装して。
本当はそうじゃないのに、そうなってしまったんだと錯覚させるほどの熱に扮装し。
何て――何て、優しい人なんでしょう。
『生きようぜ、七月! オレは生きたい!』
あの夜、彼はそう言いました。その直前には、『オレたちがとっくに死んじまってることなんざ絶望でも何でも無い』とも。
僕が抱える秘密に、真実に、それを知ってしまってあれ程までに死にたかった・消えたかった僕に、スーマンさんはそう言い放ったんです。
そして僕がこの世界に残ることを、ロアさんに着いて行くことを決めた時も。
『……でもよ、諦めるつもりは無ぇからな。お前がどんな人間かは知らないけどよ、……あんなに可愛い子、泣かしたままってのは違うと思うぜ?』
そう、言ってくれました。
何て――何て、優しい人なんでしょう。
『おいおい男に二言は無いんじゃないのか? それとも何か? アンタら、人の姉ちゃん救ってくれた感謝の気持ちを無碍にする的な
スーマン・サーセン。
別に生前の知り合いでも、ゲームの中で特別仲良くなった人でも無い、ほぼ赤の他人である人物。
僕の代わりであるかのように、僕のいなくなった【
『でもさ、オレも妹じゃないけど姉貴が二人いるからさ。血を分けた兄弟姉妹が争い合うのはちょっと見たくないんだよ。だからさ、』
明瞭、快活、奔放――――僕が欲しくて手に入れられなかったそのどれをも有していて、一見知性が足りないように思える舐めた話し方や態度でも、その奥にれっきとした常識や教養が垣間見え、初対面だらけだとしてもそこに会話の花を咲かせられるような人物。
『大きく違うだろ。それですっきりしたのはあくまで兄貴一人――――少なくともここに集まった【菜の花の集い】の三人は救われてなんかいない。片や広大な世界で六人を探し当てて復讐しようってのが二人、片や復讐目当てでログインするのが一人。どこが救われてんだ?』
いつか僕が、そうなりたかった姿を体現する人物。
問いを投げ掛けられたら答えてしまうし、話題を振られれば続けてしまい、話を、心みたいに弾ませてしまい、学ぼうとしてしまい、見取り稽古のように倣おうとしてしまう人物。
『ジュライ、レクシィをマジ頼むぜ』
物語の主人公という座に、居座り続けて欲しいと願うような、そんな、輝かしい人物。
僕にはもう、そうはなれないと言うことを思い知らせてくれる人物。
「ニゲルナ!!」
「逃げているのは君の方じゃないんですか」
でも、もう一度だけそう願うことを、どうか許して欲しい。
こんな優しい人物こそ、報われて、救われるべきで。
そしてどうか僕に、こんな僕に、こんな優しい人物を、主人公のような人物を、救わせて欲しい。
他の誰でも無い僕だからこそ。
他の誰でも無い彼だからこそ。
彼になりたかった・なれなかった僕が。
彼を、まるで彼ならそうするかのように。
「武器を放り出して素手で向かって来るとか……全力で向かって来ないのは、僕が怖いからですよね?」
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