221;蝕霊獣、討伐すべし.07(姫七夕/須磨静山)

 結論だけを言ってしまえば。

 ぼく達はアイナリィちゃん――朱雁ちゃんには、会うことは出来ませんでした。

 朱雁ちゃんだけじゃなくそのお母さんにも拒絶されてしまっては、どうすることも出来ません。

 ただ、直前までお世話していたミシェルさんだけは入室を許可され、申し訳なさそうにぼく達に頭を下げてミシェルさんは表で待っていた久留米さんと一緒に小狐塚家に入って行きました。


「……何のためにここまで来たんだろうな」

「そうですね……本当に、そうですね……」


 もしお父様――レナードさんを演じていた喜恒さんが見つかっていなかったとしても。

 ぼく達はここに来て、そもそも何をどうしようと思っていたのでしょうか。

 現実には会ったことの無い赤の他人に過ぎないぼく達が、何をどう出来ると思い上がっていたのでしょうか。


「……帰り、ますか」

「いや」


 でもぼくの隣に立つ仲間は、ぼくみたく諦めの良い性格じゃ無かったことを思い出しました。


「折角だし京都旅行と洒落込もうぜ。昔っからこの街の神社仏閣には興味があった所だ。それに」

「……それに?」

「状況が変わってあいつが“会いたい”とか“助けて”とか言って来た時に、また何時間もかけて移動するのが心底嫌だ」

「それは――言えてますね」


 その姿勢に感化されて、ぼくもまたほんの少し、諦め悪くなったことも。


「因みに七夕は京都に詳しいか?」

「そうですねぇ、イベントで何度か来たことはありますし、その都度色々と見て回ってますから、人並程度には案内できると思いますよ」

「その人並のが何処の人かに因らないか?」

「熟練度で言えばDくらいと思っていただければ」

下から三番目か……まぁでも頼りになるぜ。何せ俺はF寄りのEだからな」

「ふふ――――じゃあ手始めに、近くの伏見稲荷大社から行きましょう」

「確か、千本鳥居だっけか?」

「よくご存じですね、実際見ると圧巻ですよ! それから――――」




   ◆




 何てことは無かった。

 そりゃ確かに格上も格上だろうが、毒の類はオレには一切効かない。結局相性勝負だった、ってことだ。

 蝕霊獣アニマイーターと化したデカブツ野郎の攻撃の殆どが、触れた傍から相手を侵蝕して綻ばせる毒、毒、毒。


「効かねぇんだよっ!!」


 叫び上げた声は《スクリーム》となって、その恩恵を戦場一帯に振り撒く。

 次々と浮上ポップアップする[恐慌]の二文字。おかげでデカブツがそのぶよぶよと肥えた身体から吐き出して創り上げた十数体の腐蝕の粘体ロトン・スライムはその緩慢な動きを停滞させる。


 動かねぇ敵ってのは的にぴったりだ。


「ロアっ!」

「ぴょんっ!」


 号に合わせ、《原型深化レネゲイド・フューズ》と《マスカレイド》でしこたま自己強化を施したロアが《スプレディング・グリッター》を放つ。

 十と二つに枝分かれした流星群はそれぞれが粘体スライム達に突き刺さり、そうなると同時に激しい爆発を上げて敵影を悉く爆散させる。


「ナノカっ!」

「言われなくてもぉっ!!」


 オレと同じ蛮士バーバリアン系統の、しかし異なる二次セグンダアルマ《暗黒戦士ダークネス》の筆頭スキル《ダークソウル》によってナノカは、負えば負う程に与えるダメージもまた甚大になる状態だ。

 そして今のナノカの生命力HPは二割を切っている。《ダークソウル》が与ダメージに及ぼす上昇率は確か、“現在生命力HP÷最大生命力HP×100+100%”――――つまり、今のナノカが敵に与えるダメージは元の大体1.8倍だってことだ。


「りゃああああっっ!!」


 薙ぎ払われた剣はその刃を連結する結線ワイヤーの延長により弧を描く軌跡を見せ、そして分かたれた刃節の一つ一つが蝕霊獣アニマイーターのぶよぶよぐろぐろとした粘肉を弾き飛ばしていく。


「っしゃあああああ!!」


 負けじとオレも《デッドリーアサルト》でそそり立つ粘壁を駆け上がり――突進系や推進系のスキルを使った方が確実性と速度に勝る場合もあるからさ――ナノカが斬り払ったことで薄くなった目掛けて、《スラッシュダンス》の六連撃を叩き込む。

 同時に《ルナティックエッジ》と《クリティカルエッジ》とを併用したおかげで、《スラッシュダンス》で与えるダメージは月属性の魔術ダメージとなって通常の防御力を貫通し、剰え与えるダメージは命中箇所に関わらず致命の一撃クリティカルとなる。

 しかも、通常は直後の攻撃一回に対してしか発揮されないこれらの効果も、その対象となる直後の攻撃が連撃系スキルならそのスキルが与える全てのダメージに及ぶのだ。


 まぁ、つまり。

 防御力無視の致命の一撃クリティカルを六連撃――――これがオレの、最大戦力ってワケ。


「だららららぁぁぁあああ!!!」


 だって言うのに――そこまでしても、まだコアには届かない。

 何しろ肝心の生命力HPはまさかの三十億。対してこちら側が与えるダメージの桁は行って三桁がいいところ。


「ああ、クソっ!」


 気の遠くなるような現状に嘆息していると、斬り付けた断面から噴出する黒濁の飛沫が[毒]の状態異常ステートを注ぎ込もうと躍起になるも――


「だから効かねぇっての!」


 パッシブスキル《蟲毒満躰チョンドゥーマンティ》がそれら全てを無効化する。


「うわっつ!!」


 そして即座に反応し、延び出た触手による突き刺しをジャスト回避したオレは転がるように粘壁を下りて激突に近い速度で着地する。


「大丈夫かぽよ?」

「全然? ってか、増援はあとどれぐらいで到着すんだっての」

「そろそろだすふぁ」


 経路上のあらゆるものを圧し潰し、焦熱の毒で黒く染め上げながらゆっくりと移動するこの蝕霊獣アニマイーターにこうして追い縋るのはオレとロアとナノカの三人だけ。

 だが幸い、ロアの仲間である【七刀ナナツガタナ】の層々たるメンバーが駆け付けてくれるらしい。ただ、内部事情がアレなために時間喰っているってことだけど。


「……来たっぽろんちょ」


 ロアの声と同時にオレ達の周りを取り囲むように現れる空間の歪み。

 黒く渦巻き、四方に紫電を放ち、亀裂を割いて現れた幾人もの猛者の影。その誰もが思い思いの場所――一番多いのは左肩――に、“七”という一文字を刻んだ姿は、雄々しくそして仰々しい。

 空間を転移したことによる光がまだ視界を劈いている中、少し小さい影が一人オレ達の方に歩み寄り、そして声を掛けた。


「スー、マン……?」



 おいおい――――何つーだよ。



 重ったるい瞼をどうにか力任せに押し上げて見て見れば、そこには愛しい人の悲しい表情。


 おいおい、何つー顔で見てんだよ。


「スーマン、」


 ってか、何でここにいるんだ、って話だろ。

 おいジュライ。オレ、お前に何て頼んだんだっけ? 確か『レクシィ連れて逃げろ』って言ったよな? それが何でのこのこ舞い戻って来てんだよ。あとその後ろのフード男誰だし。


 あー、もう……でも、ちょうど良かった――――ところだった。


「レクシィさん、退がって!」

「スーマン!!」


 こうやって対峙するのは二回目か? あの夜以来だよな? デルセンの街での決闘は結局ナノカの奴に邪魔されたしな。

 もう、お前に託すしか無いみたいだからさ――――本当はそんなこと、認めたくないに決まっているんだけど。でもオレがそうやって駄々こねたところで何もどうにもならないから。


 だから、お前がそれに相応しいか――せめて試させてくれよ!

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