220;蝕霊獣、討伐すべし.06(シーン・クロード/ジュライ)
「――
素っ頓狂を軽く通り越した声だったことは流石に自分でも解っている。
だが俺のそうした行為が全然不自然じゃないってことは、同じメールに目を通した二人の表情からも明らかだ。
「シーンさん、これ……」
全く理解が出来ないという現在を表情いっぱいに湛える七夕とは対照的に、その隣に座るミシェルは眉根をこれでもかと言う程に寄せた
「俺に訊かれても、って所だが――――」
メールの発信源はルメリオこと、
それが今じゃその腕を買われて警視庁のサイバー犯罪対策課に籍を置いているとか。
そんな、あからさまに“情報戦特化です”だなんて奴の
――――――――――――――――――――
Now,Today.
From; R.Kurume
Title; (nothing)
Message;
喜恒さんがH=Dの中で見つかった 遺体で
――――――――――――――――――――
H=Dって言ったら当然
それがどうして今になって、その中から出て来るんだよ。
しかも何で――――
『間もなく、京都です』
こんな時に聞く車内アナウンスの軽快なメロディというのは本当に苛々するもんだ。
だが心を荒立てたところで何も事態は好転しない。
「兎に角、今は急いで朱雁の所に駆け付けよう」
顰めた面のままのミシェルに言われ、俺は何かに八つ当たりしたく振り上げかけた矛先の無い腕をゆっくりと下ろした。
「アイナリィちゃん……」
小刻みに振動する手と手とを握り合わせた七夕の唇もやはり震えている。
ああ――――早く停車しろよ! それで俺達をさっさと下ろせ! この
◆
何が、“間に合う”、でしょうか。
どうして僕は、こんなにも――――人の形をした命を奪うことに特化しているのか。
そんな僕がどうして――――どうして、レナードさんを救えるなどと軽く考えることが出来たのでしょうか。
振り抜いた刃は、相手を助けたいなんていう意味を持たないものでした。
そんな想いに駆られていたとしても、僕が振るうことの出来るのは相手を殺すための技でしか無いのです。
何が、“間に合う”、でしょうか。
何が、――――――――
「……ジュライ」
呟かれた声と、そして俄かに明るんだ視界にはっと見遣れば、僕の眼前にはふよふよと浮かぶ光球。
仄かに紫色を宿す暗色の、だけれども淡く明滅するそれは、ぱちくりと目を
それを咄嗟に伸ばした手で掴んだ僕は、引き寄せ、そして改めてまじまじと見詰めました。
◆]〈
を入手しました。[◆
「アニマ……」
「それを割り砕くことで、キミはアニマを再び得ることが出来る」
ざり、と焦げた土を踏む音に振り向けば、穏やかににこやかな表情を浮かべたノアさんが、けれど笑ってなどいない不気味の谷のような視線で僕に言葉を投げ掛けます。
「一応、その程度の高さなら落としても壊れないくらいの頑丈さならある。でも思いのほか脆いものだから気を付けた方がいいね。例えば
もう一度、僕は掌に載った六角水晶に視線を落とします。
両断された遺体から湧き出て浮かび上がった時のような光はもう失われていますが、でもそれは確かに、まるで寝息を立てるように静かな灯火を明滅させています。
それを見詰めていると、真っ直ぐに切り取られた断面に色んな情景が次々と浮かび上がりました。
レナードさんの
柔らかい笑みを浮かべる女の人と男の人はきっと両親なのでしょう。
やんちゃ盛りの子供時代に、反抗的な態度を見せた青春時代。
家業を継いで豆腐作りに精を出し、運命的だと思える出会いを果たし。
結婚。
そして、生まれた小さな小さな赤ん坊。
『あかり、っちゅう名前にしようと思うねん』
『素敵な名前やね』
そんな幻聴までもが胸の奥に飛び込んで来て。
そんな赤ん坊もすくすくと大きくなり、気が強いのに小さい、つい他人に強く当たってしまう多感な年頃を見守り。
どんどんそれは、きっと大事な大事な、娘さんのことでいっぱいになっていきます。
『うちの人生や、何でうちに決めさせてくれへんねん!』
『そらそうやけども、こける言うんが判ってるうちは親も口出しするんは解るよな? お前がデザイン系の何や解らん学校行って、ほんでどないな仕事が出来んねんって言うてんねん』
『どないな仕事って……そらえろう凄い仕事するために専門学校行くんやないか』
『クリエイティブ舐めてるんや無いか? あんな、その辺の業界で成功するんは一握りの人間や。才能があって、それで努力も惜しまんと、それだけでも大変やのにその上コネまで必要なんや。いくら才能があっても努力を重ねてもそれだけでは上に行かれへんねん。解るか? そもそもお前にそないな才能があると俺は思わへん』
『それに関してはお母さんも同じ意見や。あんた、これまでに美術の何かの賞取ったことあるん? 無いやろ?』
『行く方向が違うからや! 別に絵ぇ描いてそれを生業にしたいんや無いねん。芸術家目指すんやったら美大の話になってるやろうが! うちが行きたいんは、』
『あかんで。お前は普通の大学行け。それでもデザインの仕事がしたいんやったらそれでもええ。大学を卒業するならええ。でも高卒の人間を取ってくれるような会社はあらへん』
『何で解ってくれへんねん!』
『解ってるつもりや――やりたい道で挫折してもうその道歩かれへん言う時にな、大卒って肩書がちゃんとした人生歩かせてくれんねん』
『もうええ!』
『待たんかい! おい!
ああ、また幻聴――――浮かび上がるのは出て行く娘の背中を見ていることしか、追い掛けることが出来なかった情景だけなのに。
逡巡の一切合切が、それを水晶に浮かべて眺める僕の心にまで迷い込んでくるのです。
そして、ゲームの中で再会して。
離れていても、一緒の時間を共有できることへの大きな大きな喜びと。
ゲームの中とは言え、とても素敵な仲間に巡り会えたこと、今にも独り立ちできるほどになった成長に滲み出す視界。
一喜一憂の全てが、どんどんそこに映し出されていくのです。
「……ジュライ君? それを割り砕いて、キミはアニマを」
「出来ません」
ええ、そうでしょう、そうでしょう。そんな表情を浮かべるのでしょう。
「これは僕が好きにしていいものじゃない。これは……アイナリィさんに、届けるべきです」
「……キミをここに連れて来た、ボクとの契約を覚えていないのかい?」
不気味の谷から一転、機械じみた表情でそう訊ねるノアさんは
ですがそこに、甲高い鳴き声が一つ響いて――――
「……
金色の毛並みの黒く煤汚れた一匹の狐が、恨めしそうに僕を睨み付けていました。
歯茎を剥き出しにして低く唸りを上げ、低く前傾し今にも飛び掛かりそうなその狐に向けて、僕は掌の水晶を差し出します。
「おいで」
片膝を着いて手を伸ばす僕をきょとんと見詰めた狐は、しかし警戒を解いてとてとてと歩み寄ると、僕の掌から水晶を咥え上げては、澄んだ瞳で僕のことをじぃ、と見詰めました。
「後悔することになる」
「それでもいいです。……自分の為に使っても、どうせ後悔するでしょうから」
「同じ後悔なら、利のある方を選ぶべきでは?」
「あなたはそんな考えなんですね。僕とは違います」
三度ほど振り返ってはやがて消えて行った煤けた金色の背中を見送った僕は、斬ったままにしていた軍刀の刃を濡らす黒く濁った血を〈
「もう二度と、アニマを得られないかも知れない」
感情を排したような抑揚の無い怒り。それでも僕は、こう答えることを選びます。
「……そうだとしたら、アニマが無くても対抗できるくらいの力を得るだけです」
「……なるほど。それはまた、楽しみなものだね」
そしてノアさんは一つ溜息を吐き、また柔らかく穏和な笑みを表情に宿して歩き出します。
「行きましょう、レクシィさん」
最後に手を合わせ、墓を作れないことへの謝罪を心で吐いて。
次を目指し、僕達もまた歩き出しました。
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