219;蝕霊獣、討伐すべし.05(ジュライ)
レベルは低いと言えど、現れた
何せ僕のレベルは今、“1”――――だと言うのに、僕にはどういうわけか、彼らの動きが手に取るように見て取れるのです。
その身体の何処かには僕達で言うところの脳と心臓とが合わさったような機能を持つ
そして“
だと言うのに、僕にはどうしてだかその
「しっ!」
狙い澄ませた突きを放つと、高い所から水の塊を地面に叩き付けた時のような飛沫を上げて
「がああああああああっ!!」
横目に見るとレナードさんもまた、盾の面による攻撃で
成程――――確かに、何処にあるか判らない
「まだまだ来るよ」
「分かっていますっ!」
後方からノアさんの声。その通りに、次々と前方から黒い津波が押し寄せます。
僕達の今の
「来いやぁ!! 行くでぇ!!」
レナードさんも、その在り方は寧ろ《
剣は平手打ちのように
僕も、負けてはいられません。
どうしてだか判らないけれども、僕には彼らの
判るのならば、効率重視で矢継ぎ早に突きを繰り出すだけです。
「せぁっ!」
ばしゅん、と
「がぁっ!」
ばちょり、と
「ぐっ!」
死角からえげつない角度で捻って突き出された触手が、ぼくの脇腹をじゅううと焼きます。
「ごぁっ――こないなん効くか、ダボぉっ!!」
押し返されのしかかられた黒く灼ける
「せぁっ!」
「んだらぁっ!」
それを何度も何度も、何度も何度も何度も何度も繰り返して――――漸く、黒い津波は鎮まりました。
灼けた道にただただ黒い染みだけを残して。
「……うぅ」
「大丈夫ですか、レナードさん」
伸ばした手を、ぶんと振り払った手で弾くレナードさんの目はぐるぐると、ぎゅるぎゅると血走ったまま回っていて。
「ぁかん、まだ……まだ、」
首から上をぶんぶんと振って意識を保とうとするも、それでもその目は止まらなくて。
赤く、赤く血走り、ぐるぐる、ぎゅるぎゅると。
「NPCにはそもそも、レベルという概念が必要ない」
どうしてこんなタイミングで、そんなことを言うんですか――――ノアさん。
「それが必要なのはPCで、そのPCがいなければそもそも、という意味だ」
「あああ、あかん、まだ、まだあのデカブツしばいてへんねん」
ぐるぐる。
「PCをレベルアップさせるには、強い相手と戦ってもらわないといけない。何事も慣れるとそこから得られる経験値は細まる。だから強さに応じた指標としてレベルがあってね」
「あああ、あああああ」
ぎゅるぎゅる。
「だからね、そもそも本来は敵として戦うことの無いNPCはその人がどんな人生を送って来てどんな経験を積んでいようと、レベル1に固定されるんだ」
「あ、アア」
ぐるぐる。
「レベル1のNPCって言うのは、だから信用ならないことがある。レベル1だと言うのに、今のキミみたく凄く強い奴がいたりなんかしてさ」
「アアア」
ぎゅるぎゅる。
「特にキミは、あの牛飼七月の記憶を完全に引き継いでいるんだろう? 固定レベルでもそれだけ戦えるのがその証左。そしてそこのレナード君は、アンデッドキャラクターとなったことでレベルが加算された。ただのPCだった頃のカレなら、とっくに死に戻っていてもおかしくない相手だったからね」
「アア」
ぐるぐる。
「だから、レクシィ君も、ジュライ君のようにとは行かなくとも頑張ればそれなりの結果を出すことが出来る。勿論、アニマを手に入れてレベルアップが適用されるようになったなら尚更だ」
「ア――――」
ぎゅるぎゅる。
「さぁ――――そのアニマを、手に入れる時間だよ」
ぴたり。
さぁ、と血の気が引いて行く音すら聞こえたような。
ぶんぶんと我武者羅に振っていた首を止め、そうしながら頭を無性に掻き毟っていた両手すら止め、黒く焦げた道に着いていた両膝の震えすら止まり、そしてレナードさんは――――いえ。
レナードさんだった者が、ゆっくりと僕に振り向き、そして睨み付け破顔しました。
「ァァァ――――ガアアアッ!!」
涎を撒き散らしながら、知性などかなぐり捨てて繰り出す突進に面食らい。
僕は
「ガッ、ガァッ、ァッ、アッ、ァァアアアッ」
ああ、理性が、何処にも無い。
「ジュライ君? そこにそうしていると、キミも漏れなくああなるよ?」
そうでした。一部の
レナードさんが変わり果てた“レヴナント”という
そして僕は今、PCでは無くNPC――――死に戻りの無い今、殺されるとレナードさんと同じレヴナントに変貌してしまう。
それでも。
「……くそ」
ああ、立ちたくないなぁ。
立てば、斬らなければいけなくなる。
立てば、戦わなければならなくなる。
それが、心から、心の底から嫌で――――
「きゃぁっ!」
だけど。
「ァガァアアアッ!!」
ガキィ、と――振り下ろされた刃を刃で受け止めた僕は、身体ごと押し込む形でレナードさんを撥ね退けます。
「ごめんなさい」
今しがた襲われそうになったレクシィさんに謝罪だけを投げ、たたらを踏んだレナードさんが体勢を整えるのを待ちました。
「随分と余裕そうだね」
「……レナードさんは、剣を振るったんです」
「ん?」
そう。レナードさんは狂気に冒され、変わり果て、
レヴナント・ナイトという
「まだ、間に合うっ!」
「……ふぅん。じゃあ、頑張ってみてよ」
「言われなくてもっ!」
そして再度盾を構えて繰り出された突進系スキル《スラストバンプ》に対して退かず、真っ向から迎え撃つ体勢を整えます。
それは“
「――“
脱力し、だらりと垂れた刃を翻しながら持ち上げ、重力に拮抗せんとする膂力で以て振り上げる――――そしてその斬閃で以て、あらゆる敵の攻撃を真上に斬り払う軍刀術。
その一撃は、構えた盾の淵を擦り抜けてそれを携える腕ごと斬り払い。
黒く濁った血飛沫を撒き散らして舞う腕と盾が、落ちるよりも速く――――
「ァア――――堪忍な」
「っ!!」
血走り、濁った眼球の焦点が合わさり、ほんのりとやわらかく――――
でもそれよりも速く、僕の身体は次の一撃に向けた体勢に移行していました。
振り下ろすよりも脱力することで、軍刀を加えた自重で身を弛ませ。
そしてだらりと垂らした右手に握る軍刀を、内へと巻き込む腰の求心力で振り、その力を遠心力に変えて放つ。
“神薙”がその胴を鎧ごと両断した後で、レナードさんだった
二度と、口を開きませんでした。
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