218;蝕霊獣、討伐すべし.04(ジュライ)

「……レナード、さん?」


 それはとてもとても、悍ましくおどろおどろしい姿でした。

 振り向いた顔相は、紫褐色に変じた皮膚がひび割れ、正気を宿しているようには到底見えない双眸がぎょろりと僕らを睨め付けるのです。


「……ジュ、ライ?」

「……はい、ジュライです」


 身体ごと完全に振り返ったレナードさんはよたよたと歩み、僕もまた彼に駆け寄ります。

 ガシィ、と僕の胸ぐらを両手で掴む彼の瞳の奥には、しかしやはり到底正気が宿っているとは思えませんでした。


「アイナリィは無事なんか!?」


 ああ、それでも――狂気だろうと、彼は父親でした。


「きっと」

「さよか」


 そうして僕を放した彼はまたも前に向き返り、ザクザクと焦土を踏んで突き進みます。


「何処へ?」

「決まっとるやろ。うちの娘にあないな真似したあのデカブツをぶちのめすんや」

「危険です」

「危険が怖くて父親が出来るかぁ、ダボぉ」


 振り返らずにただその想いを全うしようとする彼を、僕はどうすれば止めることが出来たでしょうか。

 けど。

 止められなくても、いい。

 せめて一緒に――――


「何や、手伝うてくれるんか?」

「レナードさん一人で向かわせられません。僕も」

「わたしも行く」


 告げた彼女の、その手には。

 刃が毀れてガタガタの、〈フランベルジュ〉。

 僕は超能力者エスパーではありませんが、それでも今彼女の脳裏にどんな光景が浮かんでいるかは簡単に想像がつきます。


『わいな、この子の父親やねん』


 全て焼け落ちてしまったあの大宿の一室で。

 レナードさんは父親としての想いを打ち明けました。


『せやったらこの手で相手ブチ殺した方がマシやなぁ、って……』

『そんなんしたら、うちの娘は喜んでくれるんやろか。それやったら全然やれるなぁ、思うて……』

『親として思うんは、……もしも子がそうなって、そこからどんな答えを出してどうなっても。それを子自身が誇れるんなら何でもいいんやないか、って今は思うわ。勿論幸せに笑って暮らしてくれるんが一番ええ。けどやな、そうや無くても、見付けた答えに胸張れるんやったら――――わいがどんなに苦しかろうと、背中押したい、寄り添ってあげたい思うわ』


 僕も。


 僕もいつか、レナードさんのように“父親”になったら。

 こんな風な強さを、身に宿すことが出来るのでしょうか。


「……分かりました。一緒に、行きましょう」

「おおきに、おおきにな……」


 とてもレクシィさんが戦えるとは思えませんが、それでもここで連れて行かない選択肢を選べるほどの強さを僕は持ち合わせてはいません。

 なら、そうせざるを得ないのなら、せめて僕が――――


「……スーマンさんにちゃんと引き渡すまで、僕が守りますから」

「……お願いします」


 そうして、僕達がレナードさんの後に続く道中。


「ジュライ君」


 不穏さで心を掻き乱すのはやっぱり、ノアさんの言葉でした。


「見て判る通り、レナードさんはアンデッドになってしまっている」

「アンデッド……」

「つまり、もうプレイヤーとしての彼はそこにはいない。今の彼は魔物モンスター名で言えば“レヴナント・ナイト”――死体に残った怨念が邪悪な意思と摂理から外れた生命いのちを孕んで動いている、元の彼とは全く違う存在だ」

「……何が、言いたいんですか」


 ――どうしてそこで、柔らかく微笑むんでしょうか。


「アンデッドはその身の内に、元となったキャラクターが有していたアルマを有している」


 アルマ――“レヴナント・ナイト”という名が表すように、レナードさんの《騎士ナイト》としての性質を有する、ということでしょうか。


「そして、特にPCプレイヤーキャラクターから発生したアンデッドは、元のキャラクターが有していた有している」

「だから、何が――」


 歩調は完全に停滞し、立ち止まった僕とノアさんだけが取り残されます。

 ふとレクシィさんが僕達に気付いて一瞬立ち止まり振り返りましたが、先をずんずんと進むレナードさんの背を追うことを優先させたのが視界の端に映りました。


 しかしそれよりも、僕の頭は今しがたノアさんが告げた言葉の持つ意味を反響させ続けています。


 僕は別として――僕達PCプレイヤーキャラクターは、アニマの加護のおかげで死なないという保険を得ている筈。

 通常であれば死ぬような状態に追い込まれても、“死に戻り”が発生し、拠点にて復活した筈です。

 そのPCが、どうしてアンデッドに――――


「PCからもアンデッドは発生する。多くは場合が殆どだけど――彼のように、プレイヤーロストが起きた後でそうなる場合ケースも。だけど大事なのはそこじゃない」

「大事?」

「アニマを得ている相手をした場合、低確率で殺害したキャラクターはされたキャラクターのアニマを得ることがある」

「アニマ、を?」

「そう――――彼は確か、キミと同じ、《修羅ソウラのアニマ》を有していたよね?」


「ええよ」


 驚く程はやく、僕は振り返りました。

 先を歩んでいたレナードさんもが立ち止まり、前を見据えたままで離れた僕に声を、言葉を投げ掛けたのです。


「あのデカブツをどうかしたった後やったら――わいのアニマ、あんたにくれたってもええ」

「レナードさん……」

「せやから今は、あんたの力、わいに全部くれ。あのデカブツに、二度とあないな真似出来ひんようめいっぱいぶち込んだらぁ」

「レナード、さん…… …………」


 何と答えれば良いんでしょうか。狂気に染まってまで父親を続ける彼に、僕は、何と。

 しかしそれを考えている猶予は無く。

 そしてここは、一つの戦場なのでした。


「来たでぇっ!!」

「っ!?」

「っ!!」


 素早く剣と盾とを構えたレナードさんの前に、遠く前方から吹き飛んできた汚泥のような塊が三つ、着地してはぐむむと盛り上がります。


「――“腐蝕の粘体ロトン・スライム”。レベルは低いけど、今のキミ達にはちょっとアレだね」


 だからどうして、そこで柔らかく――――


「レベルなんて関係ないです」


 僕もまた、意気込んで構えるレナードさんの横に並び立ち、すらりと軍刀を抜きました。


「まぁ、PvEに関してはある程度のレベル差は覆せるけれど」

「そういうことじゃありません」


 そういうことじゃない。

 レベル1だから、とか、NPCだから、とか、やられたら死ぬ、とか。


 ゲームだからとか――そういうことじゃ、無いんです。


 ここは戦場いくさばなのだから。

 そして僕は、戦場で研鑽された人殺しのわざを継承しているのだから。

 今の僕がAIなのだろうと、NPCなのだろうと、その僕は牛飼七月の経験と記憶と、そして想いの全てを共有しているのだから。


 だから、なんです。

 加えて言えば、ここにレナードさんがいて、レクシィさんがいるから。


「――――きますっ!」


 戦う理由しか、ここには無いのです。

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