217;蝕霊獣、討伐すべし.03(ジュライ/姫七夕)

「アルマが、星座をモチーフに……」

「そう」


 確認のための僕の呟きに、ノアさんは律儀に頷きを返してくれます。

 そして「じゃあ」と言う接続詞を深く置き、当然出て来るであろう質問を、先回りに投げ放つのです。


「アニマは、何をモチーフとするか」

「アニマ――――」


 アニマ。今の僕達に足りないもの。

 アニマ。《原型解放レネゲイドフォーム》の元となる、アルマと同じく僕達を作る根幹たましいの一つ。


「そもそも――この世界に生きる存在は、アルマという魂だけでも成立する」


「ならば何故、ボク達は“アニマ”を得なければならなかったのか」


「何のためにボク達は、“アニマ”を得る必要があったのか」


「どうしてそこから生まれる力に、叛逆Renegadeなんて言葉が冠されたのか」


 ぐるぐると、ぐるぐると――――

 言葉が響き、残響が巡り、視界が空転し――――


「××××××××××××××××××××」


「「え?」」


 足を止めたノアさんが、ゆっくりと振り返ります。

 フードのかげから覗く顔は、とてもとても――――


「ああ、そうか。まだ、キミ達にはだ」


 そう告げてにこりと笑んだノアさんは、進むべき先を不意に指差しました。

 きっと僕は、文字にすれば“きょとん”という表情だったのでしょう。視界の端に垣間見えるレクシィさんの表情もそうでしたから。

 それでも、指差されたその場所を視認した僕達の様相はがらりと変わった筈です。


 そこは、あの災厄が始まった地点だったのですから。


 焼け焦げ、倒壊した大宿。

 その傍らに、ですが死体は一つとして残っていませんでした。


 つまり、ロアさん達は――――


「え?」


 ふと、違和感に囚われた僕は思わず声を漏らしてしまいました。

 ですが声は僕だけじゃなく、隣のレクシィさんからも。

 顔を見合わせた僕達は、そこにあった筈の、今は無いがどうしてそこに無いのかについて――答えを得ることの出来ないまま、再び前を向きました。


「レナードさんの遺体は、何処に?」


 倒れていた筈の地点に駆け寄り、焦土に片膝を着きました。

 近寄ることで、明度と彩度の低さから見抜けなかった解の切れ端に指で触れます。


「……引き摺った、跡?」


 それは真っ直ぐ前方へと続いていました。

 まるで幅広の轍に言いようの無い不安を感じた僕は振り返り、似たような表情を灯すレクシィさんと、対照的に涼やかな表情を続けるノアさんとを交互に見遣ります。


「確か――レクシィは、スーマンの無事を確かめたいんだったよね?」


 不安げな表情のまま、涼やかな表情を仰ぎ見るレクシィさんは小さく頷きます。


「その答えは勿論、この道の先にある。ただしそれ以上に、知りたくは無かったことをも知るかも知れない。それでも――」


 ごくりと喉が鳴りました。


「――それでも、キミ達は向かわなければいけないよ」


 そしてその予言めいた、託宣めいたノアさんの言葉は、真実でした。




   ◆




 駅にて落ち合う約束を交わしたぼく達は、急いで身支度を整えます。

 ガチャリとドアを開ける音を重ね、頷き合って足早に。

 そうして秋葉原駅で綾城さんと合流し、山手線で東京駅へ、そこから新幹線に乗って京都まで。


「あまり思い出したくない話だろうが、君のお兄さん――ノア・クロードのことについて訊く」

「ああ」


 向かい合わせのボックス席――対岸の綾城さんの顔付きは険しく、まるであの瞬間のミカさんがそこにいるかのようです。


現在いまも行方不明として処理されたままなのか?」

「その通りだよ」


 車窓から流れる景色に視線を投じるシーンさんの横顔もまた険しく、気を付けなければ事有る毎にごくりと喉が鳴ってしまいそうです。


「ノアはヴァーサスリアルのデバッグ中に、ハンプティ・ダンプティに潜ったまま、そのまま行方不明となった。まるで神隠しに遭ったみたいに……しかもハンプティ・ダンプティは閉まったままだった」

「そうか……となるとやはり、喜恒さんの件と状況は酷似している」


 その言葉に眉をピクリと蠢かせたシーンさんの顔付きはますます不機嫌さを増して。

 ぼくはただただ、一刻も早くアイナリィちゃんの下に駆け付けたいとばかりを願っていました。


「っつぅか、……あの強制ログアウトと言い、今もまだ復旧されていないネットワークトラブルと言い、」

「まるで何らかの思惑がそう仕組んだように思えるな」

「開発側から何か聞いてないのか?」

「全く――ああ、いや」

「何だよ」

「ただ一つだけ――――想定外だった、と」

「Fxxk!!」


 と、そこで――反射的に振り上げた拳を窓ガラスにぶつけようとシーンさんがした瞬間。


「――私だ」


 スマートフォンから着信音が鳴り響き、綾城さんが受話します。

 周囲に配慮した静かな相槌を数度打った後で通話を打ち切った綾城さんは溜息を一つ零してぼく達に告げます。


「久留米と朱雁が現着した。ひどく取り乱しているらしい――――っ、こんなことなら」

「ヴァーサスリアルに誘わなければ良かったってか?」


 ぎろり、という擬態語を伴ってシーンさんが綾城さんに目を向けます。その剣幕に圧されたわけでは無いと思いますが、綾城さんは何も答えません。


「ノアはいた。あいつは確かにあの世界の中にいた」

「だがレナードは、」

「知るかよ。ノアだってそうだったかも知れない」


 きっと綾城さんは、あの瞬間の直前の、レナードさんに起きたことを言おうとしていたんだと思います。でもシーンさんはそれを遮りました。


「今はログイン出来る時を待つしか無いんじゃないか? 何をどう議論した所で机の上だろ」

「……確かにな」

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