216;蝕霊獣、討伐すべし.02(姫七夕/ジュライ)

 指定された公園は程近く、そこにミカさん――の――が立っていました。

 一目見てそうだと分かったのは、ミカさんはご自身の頭像アバターを全くと言って良い程に弄っていなかったからです。

 あの戦場で途中別れた時と同じ、風に靡く麗しい金髪を持つ、洋の西と東とをいいとこ取りした、美麗という修辞句の相応しい佇まい。

 険しく虚空を向いていたその視線が、ぼくたちの足音を聞きつけて差し向けられます。


「急に呼び出して済まない」


 ほんの少し頭をこちら側へ傾けたミカさんに、辟易とした顔をしたのはシーンさんでした。


「やっぱりお前、俺の顔知ってたんじゃねえか」


 その愚痴にも似た零しを聞いて、意地悪そうに、それでいて申し訳なさそうに柔らかく笑んだミカさんは「当然だ」とだけ返しました。


「そうか、君も一緒に来たか。ならば都合がいい」


 今度はその視線を、ぼくが向けられる番でした。

 あんなにもゲームの中でお会いし、時には戦場を共にしたと言うのに、こうして現実リアルでお会いするのは初めてで――変な感じの緊張が、背中や脇腹あたりをもぞもぞと蠢いて落ち着きません。


「ミカ、こと、綾城ミシェルだ」

「は、はい。あの、セヴン、こと、ジィ七夕チィシィです」


 すっと差し出された右手に、ぼくもまた恐る恐る右手を重ねます。


「で? 俺に飛ばして来たメッセージに関連する話か?」


 と、シーンさんが訊ねます。

 メッセージと言うのは“アイナリィちゃんのお父さんが行方不明”のことでしょう。確か、家出したアイナリィさんをルメリオさん達警察が保護して、今はミカさん――もとい、綾城さんのおうちに厄介になっていた筈です。お父さんはそれを許可する代わりに、アイナリィさんが足繫く通っているヴァーサスリアルの世界を自分もまた体験するためにルメリオさん達に師事して貰っていた筈で……


「矢継ぎ早で済まない。だが、今回の事象は君の耳に入れておいた方がいいと思ってな」

「俺の耳に?」


 綾城さんが頷きます。

 怪訝そうに眉根を寄せていたシーンさんが、その頷きを見てはっと目を見開きます。


「そう――真偽のほどは定かじゃないが、アイナリィこと小狐塚朱雁の父、小狐塚喜恒は、行方不明となる直前までハンプティ・ダンプティの中に閉じ籠もっていたらしい」

「えっ? それって……」


 そう、つまりそれは――――シーンさんのお兄さん、ノアさんと全く同じってことです。


「成程……だから俺の耳に、ってか。……アイナリィの奴はどうしてる?」

「久留米――ルメリオと共に新幹線で直行してもらった。私もこの後追うつもりだ。何せ今、ヴァーサスリアルにログインすら出来ない状況だからな」


 自然と、シーンさんと目が合いました。それどころか、何も言葉を交わしていないと言うのに、僕達は互いに頷き合ったのです。


「案内しろ」




   ◆





◆]ジュライ

  人間、男性 レベル1

   俊敏 8

   強靭 7

   理知 5

   感応 6

   情動 4


   生命力 28

   魔 力 20


  アニマ:なし

   属性:なし


  アルマ:刀士モノノフ第一段階プリマ

   ◇アクティブスキル

   《戦型:月華/F》

   《初太刀・月》

   ◇パッシブスキル

   《刀術強化Ⅰ》

  

  装備

   〈帝国軍払下げ軍刀〉

   〈剣士の外套〉[◆



 移動の合間に自分の状態ステータスを確認してみましたが、こう、かなり、がくりと来るものがあります。

 改めて見ると、本当にレベル1になってしまったんだなぁ、という愕然を実感します。ですが同時に、疑問も脳裏に蔓延るわけで――


「不安かい?」

「えっ?」


 先を行くノアさんが立ち止まり、振り向いたフードのかげから柔らかい視線を投げ掛けてくれました。

 そりゃあ、そうじゃないと言ったら嘘になります。でも、そうだと言ったところで、何がどうなるわけでもありません。


「大丈夫とは軽々しく言えないけれど、でもその不安は消し飛ばしてくれないと困る」


 ふい、とまた前を見据えて歩き始めたその背を追うレクシィさんは、二歩だけ歩むとぴたりと立ち止まり、そして僕へと振り返りました。

 め付けるその眼差しは、まるで僕を責め立てているようで。

 奥歯をぎゅっと噛み締めた後で、僕は彼らに続きます。


 本当ならば。

 こんな僕の感情に、構ってもらう暇なんて無いのですから。




「戦力になってもらう、と言ったのは本当さ。そしてそのために、君達にはどうしてもやらなければならないことが一つある」

「はい」


 焼けた道を進む中で、ノアさんは今度は振り返らずに僕達に言葉を放ちます。


「さっき自分の能力値ステータスを確認していたみたいだけど、なら君には認識できたが確実にあった筈だ」

「えっと……アニマの有無、ですか?」

「――That's right.その通り


 確かに、僕がもう一人の僕と共にいたあの時までは。

 僕には“アニマ”があって、そしてそれを原動力とした《原型解放レネゲイドフォーム》、そこから成長した《原型変異レネゲイドシフト》のスキルがありました。

 分かたれた今、僕にアニマはありません。勿論、アニマを由来とする《原型変異レネゲイドシフト》も。


「かつてボク達は、今のような“冒険者”じゃなく、“冒涜者”という名でばれていた」

「“冒涜者”?」


 ザクザクと乾いて固まった土を踏み締めながら歩く足音に、吟遊詩人が紐解く詩曲のような声音が響きます。


「そう――――一つの身体に二つの魂を孕む、世のことわりを冒涜する存在。それが“冒涜者”の名の由来さ」


 一つの身体に二つの魂――――つまりそれが、“アニマ”と“アルマ”ということでしょうか?


「元々、この世界の全ての存在はその身の内に“アルマ”を有している。君がNPCとなった今も《刀士モノノフ》としての能力とスキルとを覚えているのはそれが理由だ」


 寧ろその言葉に反応したのは僕では無くレクシィさんでした。ですが僕達の二人ともが静かに、ノアさんの語る続きに耳を欹てます。


「時にジュライ君。アルマが何種類あるか、知っているかい?」

「え? えっと……」


 いつだったか、セヴンが揚々と話してくれたことがありました。あの時はまだ最初のレイドバトルを迎える前で、つまり《薬士ヒーラー》と《罠士トラッパー》が追加される前で、えっと……


「じゅ、じゅう……」

「18種類だよ」

「18……ですか」

「そう――――だがそれはあくまでPCに向けて解放したものであって、その総数は88種類にのぼる」

「はちじゅう、はち……」


 何となく、脳裏がぐらりと揺れた気がしました。

 隣を歩くレクシィさんも、ただぼんやりとノアさんの背を見詰めています。


「本当はPC向けに解放するアルマの数は12か13が良かったんだけどね。それだと少なかったから。ちなみにこの12や13、18、そして88って数字に心当たりは?」

「「えっ?」」


 思わず僕達は顔を見合わせました。ですが答えは自ずから湧き出てはくれません。


「正解は――星座だよ」

「星座?」


 レクシィさんはきょとんとした顔をしています。

 そんな彼女の表情を振り返って視認したノアさんは「ふふっ」と笑いました。


「全てのアルマは、星座を由来としている。PCが獲得することの出来る18種類のアルマは、天の白道に位置する星座。例えばキミ、ジュライ君が得ている《刀士モノノフ》は“かに座”だし、キミ、レクシィ君が想っているスーマン君の《蛮士バーバリアン》は“オリオン座”だ」


 またも僕達は顔を見合わせました。でもノアさんは話しながらずんずん先に向かっていきますから、僕達も直ぐに前を向き直して着いて行きます。

 僕は、天体に関してはとんと知識を持ち合わせていません。こんなことなら、高校の地学の授業はもう少しちゃんと聞いていれば良かったかも知れません。


「ボクの弟、アリデッドの《槍士スピアマン》は“おとめ座”、という風に――――18のアルマはそれぞれ白道十八宮の星座を由来とするのさ」


 黄道十二宮というのは聞いたことがありますが、正直それは初耳でした。


「そして88という数字は勿論、現在観測することの出来る星座全ての数を指す。この世界に生きる全ての存在は、この88の星座をモチーフとして作られたアルマのいずれかを有するのさ」

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