215;蝕霊獣、討伐すべし.01(姫七夕/ジュライ)

為什麼どうして――――っ」


 強制的にログアウトされた後、何度試してもぼくは再度ログインすることが出来ませんでした。

 それどころか、電脳遊戯没入筐体HUMPTY-DUMPTYすらも何か調子がおかしく、GREETや他のアプリも立ち上がらなかったり、立ち上がっても何か不穏なラグや挙動が垣間見えるのです。

 だと言うのに。



◆]緊急レイドクエストのお知らせ[◆

◆]全ての冒険者諸君に告ぐ。

  アルマキナ帝国は【フラジア】に突如現れた

  “蝕霊獣アニマイーター”を討伐せよ!

  我こそはと思う冒険者は、

  【帝都アルマキナ】にある

  冒険者ギルド【魔導の礎亭】へと

  大至急、集まられたし――――[◆


◆]レイドボス情報[◆

◆]“喚び起された凶邪”

   蝕霊獣アニマイーターレタイマイナ

  霊獣種エピシアン レベル250

  生命力 3,875,000,250[◆



 同期しているスマートフォンから、通知を改めて確認します。

 こんな風に、緊急レイドのお知らせは来たのです。ですが肝心の、ログイン出来ない問題についてはうんともすんとも。

 すでにSNSやネット掲示板は炎上に近い勢いで賑わっており、だからかは判りませんが運営への問合せも沈黙を貫いたままです。


 それにしても、初めてのレイドクエストよりも明らかにおかしな生命力HPの数値……三十億って。

 レベルもカンストしてるじゃないですか。何なんですか。

 本当なら、ぼくがアンバサダーに任命されて初めてのレイドクエストだった筈です。こんなに、おかしなことだらけじゃない、普通の、楽しい楽しい――――



 ぴん、ぽぉーん



「はいっ!」


 ドアベルの音に反応した身体でぼくは玄関へと駆け寄りました。

 ガチャリとドアを開けると、顰めっ面のシーンさん――――用事は、訊かなくても判ります。


「やっぱりか――実は俺もそうだ」


 リビングのテーブルに落ち着いたシーンさんに麦茶の入ったグラスを差し出します。


「どうやら運営側やサーバーの問題じゃなく、ネットワーク環境の不具合が世界規模で発生しているらしい」


 それを聞いて眉根を顰めたぼくに、シーンさんはスマートフォンの画面を見せつけます。画面には、緊急ニュースを報じる文面が短く現状を連ねていました。


「だからGREETなんかも立ち上がらなかったんですね」


 そう言えば、立ち上がらなかったアプリはどれもネットワークの接続を必要とするものばかりでした。成程、世界規模のネットワーク接続問題……え、ヤバく無いですか???



 ぴころん



「あ、悪い」

「あ、はい」


 スマートフォンに内蔵インストールされた一部のアプリであれば、インターネット回線ではなく電話回線を通じて疑似的に繋げることが出来ます。

 シーンさんのスマートフォンが響かせた電子音は、おそらくショートメールの新着を報じる通知音――――そして、画面に落とされた視線が急に鋭くなりました。そのまま、その視線はぼくに注がれます。


「どうしたんですか?」

「……アイナリィの親父さんが行方不明だそうだ」

「えっ?」


 直後鳴り響く着信音。ビクリと肩を震わせたのはぼくの方で、見開いたままの目で再度画面に視線を投じたシーンさんが、落ち着き払って受話します。


「Hello――――何でお前が俺の番号知ってんだ?」


 日本語、ということは、通話の相手もまた日本人――――仄かに漏れて聞こえる声は、ぼくにも覚えがある、綺麗でいてそして冷たい響きの……これは、ミカさん?


「……分かった。そこでいい、すぐに行く」


 通話を終えたシーンさんは深く皺を刻んだ眉間の上の額を人差し指で掻いて、泳がせた視線をぼくへと向けます。その神妙な面持ちにぼくは肺が小さくなるような緊張感を覚えます。


「……ミカが近くにいるらしい。今から落ち合うことになった。悪いが一緒に来てくれるか?」




   ◆




 システムからのメッセージを読み終えた僕は、その内容をレクシィさんにも共有しました。

 ですが僕達のいるここ【デルセン】からだと交通の便が悪く、【帝都アルマキナ】には馬車を乗り継いで行かなければいけません。

 件の【フラジア】は隣町だと言うのに――――でも、行ったところで僕に何が出来るのでしょうか。今の僕は、レベルも1に戻ってしまいました。レクシィさんだってNPCです。とてもじゃありませんが戦闘能力には期待しちゃいけません。


 眉根を寄せる僕の視界の隅に、突き刺すような眼光が覗きました。


「行かないの?」


 まるで敵を射殺す目です。その目が、僕を見詰めているのです。とても、行かないとは言えませんでした。

 何も出来ないかもしれないけれど、でもナノカやスーマンさん達が今どうなっているかだけは確かめたい。そう、何もレイドに参加するわけじゃないのです。ならば――――


「いえ――経路ルートを探しましょう。いくら何でも、街道全てが封鎖されているわけじゃないと思いますし」

「それには及ばない」

「え?」


 振り向くと、そこには――――アリデッドさんが、「ノア」と呼んだ、あのフードの男性が。


「キミと、そのお嬢さんに用があって来ました。ボクならキミ達を、安全かつ速やかに行きたい場所へ運ぶことが出来るけれど……」

「お願いしますっ!」


 僕が声を出すよりも早く、まるで飛びつくようにレクシィさんが喰い付きました。

 そんな彼女の様子に苦笑したノアさんは、ですが澄んだ声音を低くして付け加えます。


「話は最後まで聞いた方がいい。ボクならばそれが出来るけれど、でもボクはその対価をキミ達に望む」

「対価?」


 ぼんやりと言葉を繰り返したレクシィさんは、はっとした顔をしながらも一度俯き、ぎゅうと拳を強く握り締めると、勢いよく上げた顔に覚悟を宿して――


「安心しなよ。別にキミ自身や彼に、そんなことを望むつもりは無い」


 ぽかんと見開いた目には、今度は困惑が浮かんでいます。


「キミ達に望むのは、今後の“戦力になってもらうこと”だ」

「戦力……」

「勿論、今のキミ達がどういう状況にあるかもボクは理解している。何せボクも、キミ達と同じだからね」

「それは、どういう……?」


 にこりと笑んだノアさんは、どこから取り出したのか判らない右手の杖――見るからに魔術師然とした――を少し掲げると、その頂点に冠された蒼い宝玉が光を宿し始めます。


「詳しい話は後にしよう。ああ、あと――――このくだりに、拒否の選択肢は設けられていない」

「「え?」」


 混乱しか許されない僕達は、直後に網膜を焼くような劈く光に包まれ――――そして、再び瞼を開いた僕達の眼前には、未だブスブスと黒い煙を散らす焼野原が広がっていました。


「さて――彼らを探しに行こうか」

「……あ、」

「はいっ!」


 未だに着いて行けていない僕とは裏腹に、レクシィさんはまるで水を得た魚のように前のめりで追従します。

 ふぅと息を吐き、左手で腰元の鞘を掴んだ僕もまた、彼らの背を追い掛けます。


 分からない事だらけなのは、これまでも変わりません。

 ですが今は、やるべき事、やらざるを得ない事が待っている。

 ならば、それに臨むだけなのです。望む・望まないに関わらず――――



◆]【フラジア・蝕の巣】

  に、移動しました[◆

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