212;原型深化.03(姫七夕)

「クハハハハ」


 確かに切っ先は、その黒い男の方の顔面の真ん中に衝き立ち、その勢いのままに衝き進み、衝き抜けた筈でした。

 現に今も、鼻を中心とした直径10cm程度の円筒状の空白が、赤黒い汁を垂らしながらもその向こう側の風景を覗かせているのです。


「……バケモノ」


 誰かがそう呟く声が嫌に響きました。まだ宿は轟々と燃え盛り、乱れた気流がびゅおうと風を吹かせているにも関わらず。


「クハハ、クハハハハハ!!」


 直前に足を取られて片膝を着いた体勢のまま、顔の中心を穿たれたまま。

 それでもその黒い魔術士は、嗤うことをやめないのです。


 ぐぐ、と込められた右脚の力が、彼の身体を押し上げます。

 それは非常に緩慢な動作でした。とてもゆっくりで、とても戦場での振る舞いには思えません。


 それでも、ぼくたちの誰しもがその最中に彼に攻撃の手を加えることが出来ませんでした。

 ただただ彼がそうするのを見守り、目を逸らせずに――――


 やがて完全に立ち上がった黒い男。

 その顔貌に空いた風穴も、そうなる頃には完全に塞がっていました。

 代わりに――と、言えばいいのでしょうか。

 貫かれてからそうなるまでの間に激しく発光していた呪紋のような刻印のいくつかが、その輝きを完全に失っていました。


 ああ、あれは――――ぼくには判ります。それが、呪印魔術シンボルマギアの一種であり、消耗した生命力HPや受けた身体的欠損を再生させる効果を持つ、しかし実際に皮膚に直接刻まなければならない呪いめいた魔術であること。

 ですが今も尚淡く明滅を続けるその他の紋様は。


「あかん、アレ……」


 アイナリィちゃんが狼狽します。

 ということは――ぼくの予想も的中しているのでしょう。ぼくはそれを直に見たわけじゃないから半信半疑でしたが、それとしたアイナリィちゃんがその表情を見せるのですから、もうそれ以外に思いつきません。


「マジ、勘弁しろって……」


 スーマンさんも項垂れます。


 あれは、アイナリィちゃんの表皮に刻まれている紋様と――能力値を規格外に増徴させる刺青です。

 アイナリィちゃんのそれと意匠デザインが異なっているのは、増徴させている能力値が異なっているからでしょう。アイナリィちゃんは魔力MPでしたし、アイナリィちゃんを襲った【七刀ナナツガタナ】のコは生命力HPでした。

 同じく【七刀ナナツガタナ】の一員である以上、眼前の黒い男の方も、恐らく生命力HPを増強させているのだと思います――――その真偽は確かめようがありませんが、確かめずとも、万事休すである現状はどうにもなりません。


「Hey――Watch your head!」

「クハ?」


 まるで一つの彗星が落ちるかのように降った白銀の一撃が、先程のナノちゃんの一撃同様に黒い男の脳天を串刺しにしました。

 そのまま肩に乗ったアリデッドさん。彼も彼で大柄な体躯をしていますが、それが霞むほどの黒い男の身体は――――え、


「クハハハハ!!」

「Holysxxt!?」


 俄かに肥大した豪腕が槍を握るアリデッドさんの腕を掴み、そして突き刺さった穂先ごと引き抜くように乱暴に投げ飛ばします。

 またも、空いた風穴はじゅくじゅくと復元されていきます。


「Oops! ――クソがっ!」


 跳ね起き、臨戦態勢を取り戻すアリデッドさん。新手を睨み付けながら破顔する黒い化け物。そこに――――


「クハ――――ガアアアアッッ!?」


 四つの光。

 突き刺さると同時に破裂し爆発し、その衝撃でたたらを踏んだ黒い化け物は破顔のままでそれが飛んできた方向を見遣ります。


「――やっぱりお前か、ぴょん」


 え!? ――驚くぼく達を通り過ぎて前へと歩み出たのは、その黒い化け物と同じく“七”の一文字を背に負う、クラン【七刀ナナツガタナ】のリーダーにしてこのゲームのトップランカー、ロアさんです!


「しかもその様子――――」


 呟くや否や、驚愕に未だ囚われているぼく達を置き去りにしてロアさんは弓から光の矢を放ちました。

 次々と突き刺さる、先程よりも小振りな12本の矢――それはやはり、突き刺さると同時に炸裂して次々に小規模の爆発を見せます。


「グガァッッッ!!」

「やっぱりすふぁ……お前、ぽろんちょ?」


 先程彼の顔面に空いたよりも遥かに大きな――それこそ肋骨と背骨とそこに詰められた筋肉や内臓すらも吹き飛ばして空いた空洞の真ん中には、その爆発すらも耐え切り鈍く輝く異物が。

 ああ、見覚えがあります。

 五芒星を内に秘める透き通った三角錐――――九曜封印の核。


「明らかに身体が核の影響を受けてるぬべら。この叛乱クーデターも、お前の仕業かぴょん?」

「グゲ、グガ、クハ、クハハ、ガガガガガッ!」

「……理性消し飛んでるぽよ」


 完全に置いてけぼりですが、何となく事情ならば察せます。

 きっと【七刀ナナツガタナ】はぼく達のように、九曜封印の核の一つを手に入れていたのでしょう。ぼく達はそれを王国ダーラカに預けましたが、ロアさん達はそれをを自分たちで保持していた。

 何のためにそうしていたのかは全く不明ですが、しかしこの度、あの黒い化け物がそれを――――食べた? え、食べたってあの食べた、ですか? えっ!? えっ!?


 混乱するぼく達を余所に、黒い化け物は腹部を復元させるや否や、ぶくぶくと身体を膨れ上がらせていきます。

 その速度は凄まじく、あっという間に燃える宿の二階部分を通り越し――――


「ロア、答えろ」


 ガチャリ、と、ミカさんが銃口を突き付けました。冷ややかな目でロアさんはそれを眺めます。


「先程垣間見えたのは九曜封印の核だった。お前達【七刀ナナツガタナ】は何を目論んでいる?」

「あーしの発案じゃ無いぽよ。寧ろあーしは止めたかった方だすふぁ」

「止めたかった、って言うことは、こうなることは予測できていたってことっすよね?」


 口を挟むのは、今度はルメリオさんでした。


「そうだぴょん。寧ろお前達は、こうなることを知らなかったとでも言うつもりだぽろんちょ?」

「――っ」


 そこでぼくは思い出しました――――10年前の、オリジナル版のことを。

 運営から用意されたシナリオの一つに、封印の核を飲み込み、封印された魔物と同化して暴虐と蹂躙の限りを尽くした巨獣がいたことを。


「いがみ合ってる場合かよ。ここで食い止めなきゃ、邪竜人グルンヴルドの二の舞だぞ」


 アリデッドさんが対峙するミカさんとロアさんに苛立った口調で正論をぶつけますが、しかし冷ややかな横顔のままでロアさんはそれに返します。


「無理だと思うぽよ。ああなった以上、ここにいる戦力では到底太刀打ち出来っこ無いぴょん」

「はぁ!?」


 そして未だに膨張を続ける黒い化け物を細く睨み上げ、彼女は静かに告げたのです。


「あれは、九曜の中でも最凶の星――――羅雲ラーフラを飲み込んだんだすふぁ」

羅雲ラーフラだと!?」

「マジすか……」

「……Are you kiddin’ me??」


 ああ、ああ。

 あと三日もすれば――――漸く、漸くレイドが迎えられるって言うのに。

 どうしてこんなにも、どうして――――どうしようもないことばかりっ!!

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