213;原型深化.04(シーン・クロード/ジュライ)
舌打ちを構える間にもぶくぶくと泡立ちながら膨らんでいく黒い泥のような塊を睨み上げた俺は、それを響かせる気力を萎えさせた。
「……相棒、何ヘタってんだよ」
見ればスーマンが膝を折ってその場にしゃがみこみ、焦げた地面に虚んだ視線を落としている。
「逃げた方がいいすふぁ」
俺と同じくあのバケモノを見上げるロアの目は冷ややかなままだ。それが、どうしてこんなにも苛つくんだろうか――ああ、知っている。そんな風に値踏みされた憤りだ、これは。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
その冷ややかな視線が、ほんの少し熱を帯びて俺を突き刺した。
「寧ろ今だからこそ、じゃねぇか」
眼差しだけで「こいつ何言ってるんだ」って言ってるのが判る。だが、俺は持論を曲げない。
「今ならまだ間に合うってんだ。根拠ならある。まだ、俺達に対してシステム側からの通知が無い」
俄かに目を見開いたのは、ロアだけじゃなかった。
「そうか、まだレイドクエストとは決まって無い!」
セヴンに俺は頷く。
「
「まぁ……確かに、ぽよ」
「逆に今を逃せば確定しちまう――おい相棒、まだヘタってんのかよ!」
「……ったく」
そこで漸くスーマンは立ち上がった。だがその顔は未だ晴れていない。
「ミカ、お前んとこのクランメンバーはどれくらいで駆け付けられる?」
「本当に奴と事を構えようって言うのか? 勝算はあるんだろうな?」
「微妙だよ」
「……ああ、もうっ」
珍しく感情的に頭を掻き毟る金髪美女銃士。だが改めてロアが俺達に厳しい表情を向ける。
「もう一度言うぴょん。やめておいた方がいいっぽろんちょ」
「何で?」
「アイツは、そこの兎娘同様に呪紋で
そして「極めつけは」と間に挟んで告げられた事実に、文字通り俺達は言葉を飲んだ。
「――アイツは《
「ふざけないでよ」
だから、そう告げたそいつに、誰もの目が向いた。
そいつは、体中の宇宙に星々を煌めかせながら、赤く輝く妖しい星を宿す双眸で俺達全員を睨み付けた。
「勝手なことばっか言って……ナノは、あいつに大事な仲間を殺されたの。その復讐をしないままで、どうやって尻尾巻けっての?」
「ナノ……」
沈痛な面持ちのジュライが、しかし続きを吐けずに佇んでいる。
「……【菜の花の集い】は、出来れば傘下に迎えたかったぽよ」
「はぁ?」
「いや――正確に言えば、単独でそれだけのレベルに登り詰めた君を、あーしの仲間に迎え入れたかったぴょん」
言い捨てるとともにぷい、と顔を背けたロアの視線は、再び黒い化け物を睨み上げた。
「あーしと君のツートップなら、他の頑張り次第ではどうにか止められるかも、ぴょん」
「……責任、取ってよね。あんたの仲間に、ナノの仲間は殺されたんだ」
「どう取ればいいかは、後で話し合おうっぽろんちょ」
確かにここにいるメンツでは、この二人が最も高いツートップだ。
そして現状、どういうことかレベルダウンしたジュライを筆頭に、戦線から一早く離脱して欲しい面々もいる。
「ジュライ、お前はレクシィ連れて逃げろ」
「――っ! 僕だって」
「今のお前なら足手纏いだ。あと、レナードも――――」
連れて、と言おうとして。
俺の横っ面を掠めて延びた黒い柱が、奥にいたレナードの胸を貫いていた。
「おとんっっっ!!!」
「レナードさんっ!!」
いや――――それは、アイナリィに延びた攻撃だった。
誰もが反応できなかったそれを、レナードだけが、咄嗟に庇って被撃したんだ。
「が――――ぁ、」
「いや、いやや! おとん! おとん!!」
「《リトルワード》《
即座に詠唱を破棄してセヴンが治癒魔術を行使するも――――セヴンだって分かっている筈だ。それはもう、
「おとん、おとんっ!」
「ジュライ、レクシィをマジ頼むぜ」
俺の相棒はそこで、漸くやる気を取り戻してくれたらしい。頭上に
軋り上がった奥歯の不快な音が脳髄に響く。俺だって――――
「うおおおおおおお!!」
「クソがあああああ!!」
「待て! 勝手に突っ込むな!!」
静止なんかくれるなよ、ミカ。そんな暇あったら加勢か、それか増援要請しろって。
「ギリ、どうにかなるかならないか――――っぽろんちょ」
そして俺達は、未だぶくぶくと増徴を続ける黒いバケモノに挑み――――強制的にログアウトされた。
◆
確かに、挑んで行った筈でした。
僕には逃げろと言った、アリデッドさんが――――白銀の槍を構えて突っ込んで行く、その一歩目を踏み出したと同時に消え失せたのです。
それとほぼ同じタイミングで、ミカさんやルメリオさん、アイナリィさんやユーリカさん、それにセヴンも――――全員、光の粒を盛大に漂わせて消えてしまったのです。
あの光は、まるで死に戻りのようで。
「逃げろぴょん!!」
振り向きざまにロアさんが号を発しました。
僕の傍らには、怯えた目で前を見据えるレクシィさんがいて。
僕の足元には、もう既に息絶えた、レナードさんの遺体が――――
「嫌だっ!」
掴んだ手を、振り解かれないように必死で握りました。
そしてそのまま、振り向いた方向へと引っ張りながら一目散に。
「放してっ! スーマンっ! スーマンっ!!」
ああ、僕に力があれば――――彼の代わりに、
涙をぼろぼろに零しながら、沢山の嗚咽を垂れ流しながら、やがてレクシィさんは黙り、必死で走り続けた僕もまた、切れた息を繰り返しながらふと振り向きました。
燃え盛る炎が吐く煙はもう遠く、僕達はとても遠くまで逃げたのでしょう。
「きっと、大丈夫です」
「嘘吐き」
浅はかな言葉は辛辣さで返されました。
街道から少し逸れた林の中に座り込んでしまった彼女に、僕も傍らで座り込み、そうやって少しずつ進みと休みを繰り返して【
僕の脳内に、電子音が響きました。
◆]緊急レイドクエストのお知らせ[◆
ああ――――もしかして。
「人殺し」
「え?」
小さな路地の上で足を停めた彼女が、僕を力無く睨み付けました。
「お前が代わりに死ねば良かったんだ」
――――僕も、そう思います。
それでも。
「まだ、死んだとは決まっていません」
「じゃあ、スーマンは? 何処にいるの?」
「……戻りましょう。戻って、探しましょう」
しかしそれは叶わない望みでした。
結論から言ってしまえば――――【フラジア】の街に到る街道はかなり手前で封鎖されていました。
無論それは、羅雲封印から解かれた巨大な霊獣のためでした。
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