211;原型深化.02(須磨静山/ジュライ)

 《バーサーク》!!


「うをああああああああ!!」


 叫びを上げて肉薄するも、オレの突撃は踏み出した一歩目と同じタイミングで放たれた稲妻によって阻まれる。

 横っ飛びに躱した身体はゴロゴロと地面を転がり、上げた顔で更に放たれた雷条を視認する。

 はえぇ、速すぎる――――こちとら魔術使いマギアユーザー相手に有利に立ち回れる《魔術回避》持ちだってのに、全く歯が立たない。


「が――ぁ――っ!」


 瞬間、激しく視界が明滅し、少し遅れて夥しい痛みが体中を駆け巡った。

 筋繊維も反射的に縮み上がって硬直し、意識の通わない身体はもう既に放たれている光弾の群れを視認できても避けられるわけが無い。


 こんなに。

 こんなに、違うのかよ。


「間に合えやぁ!!」


 そこに辛うじてギリギリ飛び込んでくる《魔術障壁バリア》。

 透き通るも空間を歪ませる輪郭は分厚く、ふんだんに魔力MPを注ぎ込んだろうことは見て取れた。

 でも。

 それでも、その光の弾幕は全体の半分を残してアイナリィの張った障壁をバラバラに砕き飛ばす。


「嘘やろ」


 首の皮一枚、残留。

 アイナリィが作ってくれたその一瞬の阻害でどうにか意識の通ったオレの身体は即座に《デッドリーアサルト》を行使。

 襲い掛かる光弾の真下を潜り抜けたオレは、もう次の魔術の行使動作モーションに移っているその黒いデカブツ野郎と近接距離で肉薄した。


 ここならば。

 ここならば、剣の間合いだ。

 近接戦闘なオレに分がある。


 構築魔術ソートマギア詠唱構文スクリプトを組み上げる必要があるし、

 詠唱魔術チャントマギアはそれを謳い上げる必要がある。

 呪印魔術シンボルマギアだって呪符を用意していてもそれを破らなければ行使できないし、

 星霊魔術スピリットマギアなんてもってのほかだ。行使から発動までに結構なタイムラグがある。


 だから、オレの双剣の方が速い筈だ。先にこいつの、このデカブツ野郎の命に届く筈だ。


 なのに――――


 どうして――――


 この身体は――――


「……クソっ」


 ――――思うように動いてくれないんだ!?


「クハハハハハ! 雑魚ヨワイ、雑魚ヨワ雑魚ヨワ雑魚ヨワ雑魚ヨワイ!!」



 ああ、そうか。

 オレ、怖いんだ。




 死が、怖いんだ。




   ◆




 光弾の群れを見事に掻い潜って肉薄した筈のスーマンさんが、どうしてだかその動きを停めました。

 本来ならばその距離、その間合いならスーマンさんに分がある筈の、でもスーマンさんの背中に闘志は燃えていないように見えます。


 その理由はきっと、僕達と一緒です。

 怖いんです。彼も、あの黒く大きな人柄が纏う、死の圧力が。


「クハハハハハハ!!」


 まるでアイナリィさんのように体表に刻まれた呪紋めいた刻印を輝かせて拳を振り下ろす姿を、僕達はスーマンさんと一緒に、それをただただぼんやりと、ぼんやりと――――


 そこに投げ込まれた一陣の風――――この場の硬直した空気すらも斬り裂いて進むその一撃は、黒い男の喉元に深く深く突き刺さりました。


「――――ッ」


 ぶび、と噴き出す血の飛沫が響き、引き抜かれた刃は巻き戻る鋼線ワイヤーに従って使用者のもとへと還っていきます。


「何、嗤ってんの」


 振り返ることの出来なかった僕達を追い去って前に出た僕の妹は、その姿を変えていました。

 先程まで――この襲撃が始まる前の――喪服を思わせる黒衣は星の瞬く宇宙空間を想起させる闇色で塗り潰され、ほんの少し灼けた髪色だってそうです。

 そしてそこに煌めく星灯りは、本当にそこに宇宙が広がっているかのように明滅し、渦巻いているのです。

 今もまだ燃える宿の業火に出来た彼女の影ですら、そこには切り取られた宇宙が見えるのです。

 凛とした横顔から覗ける目も、黒く塗り潰されるべき虹彩には宇宙が広がっています。

 でもそこだけは、赤く輝く妖しい巨星が爛々と居座っていて。

 その孔から漏れ出た赤い光の帯が、水中に漂う血のように灼けた空気の中を泳いでいます。


「何、嗤ってんの、って訊いてるんだけど?」

「クク、クハハ」


 答えを待たずに激昂した妹が飛び込みます。

 すでに刃は振り抜かれ、ぎゅわりと弧を描く根元の刃が未だ破顔をやめない黒い男の胸に赤い線を奔らせたかと思うと、遅れて翻った切っ先が乱れた軌道を描きながらその線を追い掛けます。


「クハハ、クハハハハッ! イイゾ、オ前ハ強イ!!」


 後ろっ跳びで切っ先の追撃を避けた黒い男。ですがその刹那の間に彼女の宇宙から飛び出た流れ星のような光が、着地した男の足元をするりと掬いました。

 当然、そうなると男は転倒します。

 それは全く予想外のことだったようで、その一瞬だけ男の笑みが表情から掻き消えました。


「答えろ!」


 そしてその時には振り翳していた〈連刃剣〉を、七華は思い切り叩き付けます。

 地面に向けて放たれた一閃は、地面に沿って滑るように、呆然とする男の顔目掛けて突き進みます。

 それとほぼ同時に更に妹の頭上に浮上ポップアップした幾つもの文字列――――それらがどのような効果を持つのか、僕は詳しく知りません。

 ですがきっと、その一撃を強力に化するスキル達なのでしょう。


「うああああああああ――――!!」


 邪気が解放されたかのように足元から黒い瘴気を盛大に立ち昇らせながら放ったその一閃は、再び破顔を取り戻したその黒い男の顔面の中心に衝き立ち、そしてそのまま勢いを失うこと無く頭蓋を貫いたのです。


 紛うこと無く、貫いたのです。

 確かに貫き、その顔面の中心に風穴を、開け放ったのです。




 なのに、それなのに――――――――

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