210;原型深化.01(姫七夕/牛飼七華)
「ジュライっっっ!!」
光が舞い、それまで彼と対峙していた黒い影が失われた中をぼくは駆け寄りました。
ジュライはぐらりと身体を揺らした後でぐったりと片膝を着き、ぼくは再度《リトルワード》を組み合わせた《
表面的な傷であれば直ぐに癒せるはずのその魔術は、しかし未だどくどくと血を流し出す胸の傷を埋めてはくれません。それは
「大丈夫ですかっ!?」
「大、丈夫……です」
強がりなのは嫌だって判ります。
ああ、ぼくが
「――っ!」
でもそんなたらればにかまけている暇はありません。
今出来る範囲のことを上手く組み合わせて、この状況を切り抜けなければいけないのです。
「ちょっとだけ我慢していて下さい」
「……何を?」
「
握り締めたままのペンを持ち直し、頭の中に今描くべき図案を浮かべます。
こういう時のためのアイテム〈呪符〉をぼくは持ち合わせていませんから、直接ジュライの身体に呪印を刻みます。ああ、また一つたらればが増えてしまいました。
「《
魔力で記された呪印はジュライの衣服を通してその身体に染み込み、穏やかな新緑色の膜となって包み込みます。
一時的、本当に一時的にではありますが、ジュライの
「……ありがとう」
「まだまだですっ!」
続けて、痛みを軽減させる《
流石にこの辺りの
「……どう、ですか?」
重ね掛けによって明滅する幾つものオーラを纏いながら立ち上がったジュライは、それを恐る恐る眺めながら同じく立ち上がったぼくをどうしてだか抱き寄せました。
ぎゅう、と身に寄せる力は決して弱くなく。
だからぼくも、思わずその背に回した腕でぎゅっとジュライを抱き締めました。
「おいおいっ、イチャついてんじゃねぇぞ!」
そこに駆け込んできたのはスーマンさんと、そしてレクシィちゃんです。
良かった――二人も無事でした。
「セヴン! ジュライ! スーマン!」
ユーリカさんも。
「ナノカは?」
「いや、見てねぇ」
「アイナリィもだ」
合流出来ていない仲間を探すために辺りを見渡したぼく達の耳に飛び込んで来たのは――
「きゃあああああっっっ!!」
「「「「「!!??」」」」」
咄嗟に振り向くと、轟々と未だ燃え盛る火が生む煙の向こうから、それよりももっと禍々しい火を携えて――――いえ、持ち上げて、一つの影がゆっくりと歩いて来ます。
まるで
顔を掴み上げ、そしてその掴み上げた手でその方を燃やしているのです。
「アザミっっっ!!」
その奥に、なのちゃんの姿をぼくの目は捉えました。
大柄の影は振り向きざまに、もう悲鳴を発していないそれをぶん投げては、未だ燃え盛る黒いヒトガタをなのちゃんは避けずに受け止めます。
「てめぇっ!!」
なのちゃんが受け止めると同時に衝撃で吹き飛ぶのと、スーマンさんが狂気を身に宿して駆け出したのとはほぼ一緒のタイミングでした。
きっとぼくは、それを止めたかった。
ジュライも、ユーリカさんも、勿論レクシィちゃんだって。
ぼく達はみんな、スーマンさんの特攻を止めたかった――同じ気持ちだった筈です。
でもその理由は同時に、ぼく達をそうさせない唯一無二のものでもありました。
ただただ、怖かった。
スーマンさんが《バーサーク》を行使した理由もまた、きっとぼく達と同じでしょう。
そうしなければ、狂気に身を浸さなければならないほど、その存在は怖く、大きく。
赤々と、爛々と、煌々と輝く
「――――オ前ハ、強者カ?」
そしてぼく達は、誰一人何も出来ないままでその惨劇をただただ見守り続けました。
恐怖に囚われ無能に成り下がり、逃げることも出来ず、助けることも出来ず、ただただその惨劇を――――
◆
アザミが、やられた。
あの、デカいヤツに。
燃えカスになってしまった、黒い亡骸に死に戻りの光は訪れない。
知っている――――これは、プレイヤーロストだ。
あのデカブツが目に宿している赤い光。
知っている――――あれは、プレイヤーロストの引き金だ。
ナノも、これまでに何度か使ったことのある、《
「……お墓は、もう少しだけ待ってね」
炭化した亡骸を地面に横たえ、あのスーマンとか言う
露出された、筋骨隆々とした黒く灼けた肌。背の中央に刻まれた、大仰な“切”の一文字。
「クっソがぁっ!」
「クハハハハ!」
何を嗤ってやがる――――ナノの仲間をこんな風にしておいて、何を。
同じ目に遭わせてやる。
奪われたものは全部、奪い返す。
「《
思考は黒く混濁してどろりと融け切る。
同時に、ナノの内側で眠っていた感情が鎌首をもたげて起き上がる。
復讐を。
奪われた全てを簒奪して。
復讐を。
冒された全てを凌辱して。
復讐を。
壊された全てを殲滅して。
復讐を。
復讐を。
お前らが悪を装うのなら。
復讐を。
復讐を。
この身も心も闇に捧げてやる。
復讐を。
復讐を。
光の鎖された漆黒よりも暗い憎悪で。
復讐を。
復讐を。
復讐を。
「――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます