208;菜の花の殺人鬼.29(シーン・クロード/姫七夕)

 爆発が降って湧いた――――そんな表現が全く適した一撃だった。

 青白い光が空から零れ落ち、地面に着弾したと同時に激しく爆ぜる。

 辛うじて直撃は免れたものの、それでも低レベルのアイリススーマン姉達三人は死に戻り、レナードアイナリィ父は首の皮一枚ってところだ。


 だがその一撃は、俺達に群がる敵影すらも屠り去る――――次々と死に戻り連中の光の粒子とともに粉塵が舞い上がる中、そいつは颯爽と現れた。


「――――ぴょん♪」

「ロア……っ」


 俺はそのスキルを見たことがあった。確かスキル名は《エーテルストライク》だったか。或いはその上級スキルの《スプレディンググリッター》か――どちらも、初めてのレイド戦でロアが邪竜人グルンヴルドにドカドカとぶち込んでいたものだ。

 前者は光とともに魔力を帯びた一射が四分割され、後者は十二分割される。威力は前者に、攻撃範囲は後者に軍配の上がる二つのスキルは、弓士アーチャー系アルマの基本にして重要スキルだ。何せ多くの弓士アーチャー系統のプレイヤー達は基本的にこの二つのスキルを交互に使う。


 一 斉 掃 射 してエーテルストライク、移動。

 絨 毯 爆 撃 してスプレディンググリッター、移動。


 しかもこいつみたく《マスカレイド》を修得している場合、付与効果バフの[スキル待機時間クールタイム短縮]のおかげでまさしく矢継ぎ早にスキルを繰り出して来ると来たもんだ。――だがまぁ、今はその恩恵にあやかっていないようで助かっているが。

 だがそもそも、こういった乱戦では味方を巻き込むおそれがある筈だ。どうしてロアは、自分の仲間である筈の【七刀ナナツガタナ】のメンバーすらも巻き込んだ?


「お前、仲間想いの奴だとばかり思ってたが」

「仲間? どこに仲間がいるんだぽよ? 少なくともあーしは、をしかけて来るような連中を仲間だとは認めていないすふぁ」

「裏切り?」


 こくりと頷く小さな顔。相変わらず、鼻から下を半面で隠しているために表情が乏しい。

 だが俺の目には怒りとも狂気とも似つかない、表現しようのない歪みが彼女の双眸に見て取れた。

 例えるなら――――あの夜の、ジュライのような。


「こいつらは、お前の仲間じゃないってことか?」


 訝しむ睨みをぶつけてみても、その歪みは白藍色の虹彩の奥でとろんと揺れるばかりだ。


「仲間だったぽよ。でも今しがた、その関係は失われたっぽろんちょ」


 ああ、鬱陶しいなぁ語尾がっっっ!!


「だから巻き込んでしまってごめんぽよ。よければ一緒に、お掃除に精を出すのはどうかぴょん」


 なるほど――こいつの敵は俺達じゃなく、俺達を襲った元【七刀ナナツガタナ】の面々だってことか。

 薄ら寒いにも程のある提案だが、乗るしかないか。


「――分かった。貸し、だからな?」

「無利息無担保無返済が嬉しいぽよ」

「前二つはいいが最後のは駄目だ。いつか必ず返せよ」

「しょうがないすふぁ。さぁて――やるっぽろんちょ♪」


 告げながら、踵を返しながら。

 ぐるりと大きく旋回させた弓形態シュートフォームの《ブラックウィドウ》が、ガシャガシャと機械めいた唸りを上げて剣形態スラッシュフォームへと移ろう。

 そうしてロアは、剣戟の鳴り止まない戦場の中心を遠く見据えながら、空いた左手を額に翳し――――


「《マスカレイド》」




   ◆




「《隷剣解放》!!」


 劈く声にぼくは振り返りました。

 離れた所でジュライと対峙した、顔の上半分を烏のような黒い半面で覆った男の人が抜き放った小振りな刀を高く掲げました。

 ジュライと同じ、刀士モノノフ系統のアルマ――しかもジュライよりも進んだ《シャドウ》です。そして刀士モノノフ系統と最も相性が良いとされる、《隷剣解放》の修練を突破クリアしています。


「ジュライ!」


 思わず叫びが零れます。

 ですが駆け寄ろうと足を踏み出した所で、ぼくは瞬時に危険を察知してそのまま前方に飛び込むように倒れ込みました。

 頭上ですぱりと音が響き、僅かに斬られた髪の束がはらはらと落ちて行きます。


「チッ、スばシッこいヤツだ」

「っ――」


 余裕ぶっているのか、追撃はありません。ですが窮地ピンチ好機チャンスです。侮ってもらっているうちにこの相手を制して、一早くジュライの下に駆け付けるとしましょう!


「漸クやる気になッタか?」


 立ち上がったと同時に向き合ったぼくの覚悟を見て悟ったか、ぼくの相手はにやりと口角を上げました。

 色彩いろは黒。襲撃して来た面々はそれぞれの装備に多少の違いを持っていますが、その色は統一されています。

 そしてぼくを睨み付けて蛮刀を構えにじり寄る彼は、和装のような前合わせの衣服に身を包み、その両肩には烏のものと思われる黒い羽の飾りをふんだんにあしらっています。

 何と言うか――忍者なのか暗殺者なのか山賊なのかよく解らない風体です。

 ですが構える蛮刀を見るに、そのアルマは刀士モノノフ系統か蛮士バーバリアン系統のです。

 蛮刀というカテゴリの武器は、その二つのアルマ装備出来ないのですから。


 相手のアルマが判れば、その相手がどのようなスキルを繰り出して来るかもある程度は予想が出来ます。

 特にぼくの相手は、どちらかと言えば俊敏アジリティよりも強靭ボディに傾倒した身体つきをしていますし、突進系のスキルをこれまで使って来なかったことからも、恐らくはジュライと同じ刀士モノノフ系統――――そしてそれが蛮刀を用いていることから、アルマは第二次セグンダの《サムライ》からの派生だと判ります。《シノビ》は蛮刀は装備できませんから。


「シゃぁッ!」


 大きく踏み込みながら蛮刀を振り上げた相手の頭上に、《飛翔閃》というスキル名が浮上ポップアップしました――――我ながらご明察、それは《サムライ》特有のスキルです!


「ふッッッ!!」


 そして振り下ろされた刃の軌跡が、そのまま推進力を得て急速な前進を見せます。ですが予想できた攻撃ならばぼく程度の俊敏アジリティでも辛うじて身体を捻って躱すことが出来。

 それと同時に、左手に握ったペンの先を相手に向けながら、ぼくは《リトルワード》とともに《虚脱の呪ダルネスカース》を行使しました。


「ッッッ!?」


 詠唱を省略したために効果時間は激減しますが、ですが相手の強靭ボディの値を一時的に大きく減退させるこの魔術の効果は絶大です。

 そして矢継ぎ早に自分自身に対して行動速度を大きく上昇させる《遥か一時クロノスタシス》を《リトルワード》でかけながら、修練で漸く修得した秘伝の歩法、《聳孤不滞ゾングーブージー》を使います!


「むぅッ?」


 ぼくの足元から空色の気流が立ち昇り、まるでロングブーツのように両脚を包み込みます。

 麒麟の武で修得できるDランクスキルとは言え、本来は足を停めざるを得ない詠唱中にも自在に移動することが出来るようになる――実際には移動しても詠唱が中断扱いにはされない――魔術使いマジックユーザー、特に詠唱士チャンター系統の冒険者にはほぼ必須、人権と言っても過言じゃないこのスキル。

 ぼくのリアルチートはこのスキルを組み込んで漸く10年前の栄光に立ち並びます!


「何ダッ、ソれはッ!?」


 並行してFランクスキルの《羚羊遠跳リンヤンユァンチャオ》がぼくの移動速度を、Eランクスキルの《霊獣健脚リンショウジャンジャオ》もぼくの俊敏アジリティを底上げしてくれます。

 相性によってはまだ敗け確にもなりますが、今のぼくのこの相手ならば、翻弄しながら倒し切ることが出来る筈です!!


「行きますよっ!」

「ぬぅッッッ!?」


 ぐるぐる、じぐざぐと跋扈しながら《ブックガード》で本を空中に固定し、両手に構えたペンでぐにゃりぐにゃりと軌跡を描きながら。


「クソッ! 《飛翔閃》ッ!!」


 破れかぶれで放たれた攻撃なんか当たりっこありません。それぐらい、ぼくの機動力は向上しているのです!

 そして――――


「――うおおおおおおッッッ!!??」


 詠唱が完成する直前に《リトルワード》を組み合わせた《築く霊脈レイジングドーム》で自己強化セルフバフしながら、同時に放つ三つの異なる魔術。


 右手――刻んだ魔術円から緩い弧を描く光弾を放つ呪印魔術シンボルマギア、《白い迫撃フレアスロアー》。

 左手――刻んだ魔術円から直進する光線を射出する呪印魔術シンボルマギア、《穿つ光輪レーザーブラスト》。

 詠唱――説いた魔術構文から解き放たれた光が収束し、空から降る一条の光で凶悪な爆発を湧き起こす《破滅の光カラミティ・レイ》。


 その三つの魔術による攻撃が、同時に着弾し――――周囲の黒尽くめさえも巻き込んで激しい白閃が辺りを真昼のような明度で包みました。

 そのどれもが日属性の魔術攻撃です。つまり、爆発に巻き込まれただけの敵はそれだけの損傷ダメージを負うわけですが、ぼくの相手だけはそれが絶命的な損傷フェイタルダメージに化けるのです。


「がああああああああああ――――」


 周囲に波濤した白い光が消えると、相手が死に戻った仄かな光の粒がただそこに舞い上がっては消えて行きました。

 よし、ジュライの加勢に――――っ!?


「ジュライっっっ!!」


 振り向いた先の想い人の胸を、黒い刃が突き抜けていました。

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