207;菜の花の殺人鬼.28(ジュライ)

 ルメリオさんの軽やかな言及は、僕らの目を激しくしばたかせました。

 呆れ果てた嘆息を吐き捨てたミカさんが、それはそれは実に恨めしい視線を彼に投げ掛けますが、顔の上半分を仮面で隠しているルメリオさんの表情は全く動じていません。


「ぶっちゃけ言ってですね、あなたの、妹さんに対する感情なんか微塵これっぽっちも関係無いんですよ。お気持ちは察します、ですが仕事は全うしてくださいね?」

「……済まない」


 えっ!? ミカさんが、折れた!? 頑固に手足が生えたような、という修辞句を欲しいままにしていた、あのミカさんが!?


「はーい、なので妹さんはどうやってプレイヤーロストを発生させたかを僕ちゃんたちに教えてくださいませませー。その回答があれば、お兄さんともども晴れて妹さんは僕ちゃん達の排除対象ターゲットから外れるって算段でーす」

「プレイヤーロストって」

「あー、因みに正直に話した方が良いっすよ。一応こっちでも、ある程度の予測は立てた上でこの場に臨んでいます。余計な敵はお互い作りたく無いっすよね?」


 訝しんでいる表情のまま、ですがナノカは確りと頷きました。

 そして全員の注目を浴びる中で、ナノカが遂にその謎を明かします。


「……プレイヤーロストの条件は、ナノ達みたいな“死んでる勢”がレベル50になった時に、《原型解放レネゲイドフォーム》を先ず《原型変異レネゲイドシフト》に変更すること。そして《原型変異レネゲイドシフト》の状態で生命力HPがゼロ以下になると、――――」


 語られたのは、既に殆ど周知の事実であるその情報。

 あの夜、ミカさんが僕を殺害しようとしたその方法でした。


 僕達“死んでる勢”が、《原型変異レネゲイドシフト》の影響下にある状態で死亡する――それは確かに、プレイヤーロストが発生する一つの要因です。


 でも今聞きたいのは、それじゃ無い――ナノカもそれは分かっています。


「そして――――レベル100を迎えて、《原型変異レネゲイドシフト》から《原型深化レネゲイドフューズ》に変更出来た後で、その状態の時に攻撃対象の生命力HPをゼロ以下にすると、死んだ人に“死に戻り”が発生しなくて、代わりにプレイヤーロストが訪れる」


 静まり返っているのに、俄かにどよめいたような揺らぎを僕達は感じ取りました。


「つまりは――ちゃんナノは、レベル100オーバーってこと?」


 それまでと変わらない軽やかな口調で動揺の色を隠したルメリオさんの質問に、ナノカは静かに頷きました。

 それを受けて振り返ったルメリオさんに、ミカさんが溜息で返します。


「ちなみに現在、運営側で確認できているレベル100オーバーのプレイヤーは両手で数えられる程しかいない」

「片手よりは多いんだな。で? ロアもそこに入っているんだろ?」

「依然、トップの座は譲っていない」


 回答を得たスーマンさんが「うげぇ」とでも言いたそうな表情を見せました。

 続けてミカさんは、その十指に入るトップランカー達の現在のレベルについてを説き始めます。

 その中には勿論ナノカの名前もあり、何と僕の妹はレベル108で全体で5番目に高いとのことでした。


「え、妹さんマジかよ……オレ、よく死ななかったな」


 相性も多分にあるとは思いますが、それよりも恐らくは能力値の割り振り方の問題でしょう。

 先程見たスーマンさんとナノカのやり合いは、傍目には拮抗していましたがナノカよりもスーマンさんの反応が優れているように思えました。

 このヴァーサスリアルにおける能力値の上昇という概念は、自分で好きなように割り振れるものでは無く、レベルアップに至るまでにどんな行動を取り続けていたかに大きく左右されます。

 きっとナノカは、あの武器の扱いから見ても一撃一撃の与えるダメージの上昇を見越して[強靭BODY]が高くなるような行動を多く取っていた。

 それに対してスーマンさんは割とバランス良く、特に回避行動を精度高く取れるように[感応DETECT]がより上昇するように。


「そんで次点の奴がレベル113ってのはいいんだけどさ」

「ロアのレベルか?」


 この場にいる誰もが、ミカさんが次に語るその数字に耳を欹て注目し――――その時。


「――伏せろっ!!」


 はっとなった僕達は、ルメリオさんが放った飾らない素直な警告に面食らいながらもその言葉通りに各々で防御体勢を取り。

 そして次いで湧き起こる爆発の数々に目をチカチカとさせながら、次いで降って湧いた敵襲に遅れがちに対応を始めます。


「っクソ!!」

「何だこいつ等!!」


 吹き飛んで崩れた壁の穴から外に飛び出て、僕は煙を吸い込んだのか咳き込んでいるセヴンを庇える位置に立ちます。

 相次ぐ誘爆により炎上した宿を取り囲むのは、かつての僕と同じく装備の一部――多くは左肩――に“切”の一文字を意匠として身に着けた、つまりはクラン【七刀ナナツガタナ】の――――


「まさカお前がそウなるトはナ」

「――――レイヴン、さん」


 独特の口調で僕の前に立つ、同じ道を進んでいた筈の先達。

 ですが途轍もなくとしか形容しようの無い、冷ややかな侮蔑で以て僕を見据えています。


「予感はしテいタさ。だがワタシは、キミと共に歩ミタかっタ」

「……僕もです」


 その言葉から、もうそうは出来ない強い意思を感じました。

 だから僕は地面に着いていた膝を解き放ち、伸び上がると共に腰元の鞘からすらりと得物を抜き放――――とうとして、肝心の武器が無い現況を思い出しました。


「ジュライ!」


 はっと振り向き、そして目に映る細長いソレをはしっと掴みます。

 ミカさんが投げて寄越したのは、〈七七式軍刀ななしきぐんとう〉には遥かに劣るものの、恐らく彼女の副兵装サブウェポンである軍刀です。しかも、牛飼流に対応できるよう握りの延長された。


「貸しておく」

「……恩に着ます!」


 ですが、分かたれたあの時に僕のレベルは1に戻ってしまっています。

 そんな僕が、レベル80を目前に控えたレイヴンさんに太刀打ちできるのでしょうか。


「ジュライ、無理はしないで下さいね」


 並び立ちながら、セヴンが僕を案じて声をかけます。

 嗚呼、何て情けないのでしょう――――確か、そんな男にはなりたくないと、いつかこの世界で誓った筈でした。


「牛飼流を思い出せ!」


 既に交戦を始めたミカさんから、剣戟の合間を縫ってそんな怒号が突き刺さります。

 言われなくても――――今の僕には、それしか頼る術が無いのですから。


「――――行きますっ!」

「来イっ!!」











「――――ぴょん♪」

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