205;七月七日.27(ジュライ)
「い、言います――――僕は」
「……はい」
覚悟を決めろ――言い切るんだ。
もう後には退けない。退いちゃいけない。
あんなことをしておいて、どう思われるかだなんて決まり切ってる。
でも、言わなきゃ駄目だ。駄目だ。きっぱりと、けじめを付けろ。
僕は赦されないことをした。
それ以前に、生前の僕だって――――
軽蔑されて仕方が無い、見限られて仕方が無い。
それでも彼女は優しいから。気を遣って、嫌な顔見せずにこんな僕に付き合ってくれているんだ。
もうやめよう。そんなことをさせるのはもう――――だから、言わなくちゃ。
切り出さなくちゃ駄目だ。斬ってしまった僕なのだから。僕から、ちゃんと言わなくちゃ。
「僕は――――もう、」
「もう?」
「……もう、……セヴン。あなたの前には現れないことにします」
「……
うわ、すごい顔――――驚愕と呆れと落胆とが
え、セヴンってこんな顔もするんだ、というのが正直な感想と言いますか。……えっと、あれ? 僕、何か間違えましたか???
「はぁ――――」
大きく項垂れるように溜息を吐いたセヴンは、そのまま崩れるように地面に両手を着きました。え、気分悪いとかですか?
「セ、セヴン? 大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ無いですよ!」
「え? え?」
駆け寄ろうとした僕を撥ね退けるようにぐわりと身体を起こした彼女は、何かとんでもなく情けないものを眺めるような表情で僕に詰め寄ります。
「ジュライ! いいですか!?」
「は、はいっ!」
思わず居佇まいを直し、びしりと気を付けの姿勢を取ってしまう僕。
「この期に及んで何を素っ頓狂な事を言っているんですか!」
「えっ、あっ、はいっ」
「謝る謝らない償う償わない赦す赦さない以前の問題ですっ!」
「へっ、はっ、はいっ!」
「会わないことにしてどうするんですか、それがぼくをどうすると思うんですか?」
「えっ、えっ、えっと……そのっ……えと……」
「まさかそれがぼくのためになるとでも思ってるんですか?」
「それは……それは、……はい。そう、思っています」
「馬鹿じゃないですか!?」
「えっ、いや……馬鹿だとは、思っています」
「思っていませんっ!」
「うぇっ!? えっ、えっと」
「ジュライは自分で思っているよりずっと馬鹿です!」
「はっ、はいっ……」
「馬鹿! 馬鹿!
どうしてでしょうか。どうして、彼女はこんなにも泣いているのでしょうか。
彼女の言う通り、僕は馬鹿なんでしょう。『
ああ、そうです。言われたこと、あったなぁ――――でもこんな風に、ぼろぼろと涙を零しながらじゃなくて、小馬鹿にするような、恥ずかしがるような、満面の笑みでした。
「ぼくは、ずっと、ずっとずっと会いたかったのに」
「……ごめんなさい」
「謝らないでください! そんな言葉欲しくないです!」
「うぁ、えっと、ご、ごめん……じゃなくてっ、えっと……」
飛び込んできた胸に、彼女の涙が染みていくのが分かります。
顎の直ぐ下にある彼女の頭からは、ほんのりといい香りがして――途端に僕は何だか、息をするのにさえ罪悪感すら覚えて。でも、嗅がずにはいられなくて。
「……ごめんなさい」
どん、と頭突かれました。胸を。
「ごめんなさい――」
それでも、言わずにはいられなくて。
言わずにはいられなくて。
「――好きです」
言わずには、いられなくて。
「……だから、会わない方がいいと思うんです」
「……
言わずには、いられませんでした。
「僕が、……セヴンを、ちぃちゃんを、縛ってしまう気がして」
だって、もしこの想いが成就されるってことがあってしまったら――彼女はとても優しくて、情に絆されて僕のこの気持ちを、万が一受け取ってしまうかもしれない。
そうなってしまったら――彼女には、ちぃちゃんにはちぃちゃんの現実がある。
僕にとっては現実であるこの世界も、ちぃちゃんにとっては虚構でしかない。
ゲームである以上、いつかは終わりが訪れてしまう。それは一年後かも、三年後かも、五年後かも十年後かも知れない。いくらちぃちゃんがこのゲームを好きでいたとしても、終わりがやって来るんです。
その時、ちぃちゃんは
それから先、現実でちゃんと幸せになれるのでしょうか。
生涯を共にして添い遂げる誰かと、ちゃんと結ばれるでしょうか。
愛し合って、子供を授かって――――その時、ちぃちゃんは
「……ぼくは、君じゃないと嫌です」
そ、と彼女の頭が剥がれます。ほんの少しの上目遣いを残して。
「ずっと、ずっとずっと見ていたんです。好きでいたんです。あの事件があって、一度は諦めて――でもずっと、ずっとずっとずっと、好きでした。今だって、ずっと」
こんなに可愛らしい女の子に、こんなことを言われて。
それでも、やっぱりそれは駄目だ。なのなら、尚更――――
「僕は、牛飼七月じゃない」
「え?」
「僕は――――ジュライなんです」
きょとんと眉根を寄せる彼女はやっぱり愛らしくて。
ああ、好きだ――――なんて。
「ジュライ?」
ぐい、と押し剥がすように彼女を離した僕は、込み上げそうになる想いを噛み殺して飲み込んでは、潤んだ瞳を真っ直ぐに見詰め返します。
「僕は、牛飼七月じゃない、ジュライなんです」
「どういうことですか?」
「あー、その先はちょっと待って貰って良いですか?」
「「!?」」
びくりと二人して跳ねて、声がした方向をばっと振り向きました。
「すんませんねー、盛り上がってるとこ邪魔しちゃって」
確かに誰もいなかった筈なのに、そこにはヴェネチアンマスクみたいな半面で目元を隠した細身の男性が一人立っています。
恐らくは僕たちと同じ
そしてその頭には、体色を七色に変えながらゆらりと揺らめいている一匹の蛸。
「えっ、ルメリオさん!?」
セヴンが驚嘆の声を上げました。知り合い、でしょうか?
「本当ごめんね~。いや、覗き見は趣味じゃないんだけどね? でもこれも仕事っちゃ仕事なもんでさ~――――そこにいるジュライ君がジュライ君であって牛飼七月じゃないこと、これに関しては僕ちゃんもお話しておかなきゃいけないってなもんで」
「「え?」」
このルメリオという人は――――僕達が分かれてしまった事についてを何か知っている?
「まぁ、こんな薄暗い夜道で立ち話も何だしさぁ。皆のところで話しません?」
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