204;菜の花の殺人鬼.27(姫七夕)
「親として思うんは、……もしも子がそうなって、そこからどんな答えを出してどうなっても。それを子自身が誇れるんなら何でもいいんやないか、って今は思うわ。勿論幸せに笑って暮らしてくれるんが一番ええ。けどやな、そうや無くても、見付けた答えに胸張れるんやったら――――わいがどんなに苦しかろうと、背中押したい、寄り添ってあげたい思うわ」
「おとん……ありがとう」
「……あの、私も、いいですか?」
次は、アイリスさんの番でした。
アイリスさんはレクシィちゃんの話を聞いて、彼女をそこまで連れて行った弟さん――スーマンさんを誇りに思うと強く言い切りました。
その上で。
本当ならばそんな出来事は、起きない方がいいんだってことを、声高に訴えました。
それに対してスーマンさんは改めて、一歩間違えれば自分もナツオさんやショウゴさんと同じだったと進言し、それに対して彼女は苦言を呈します。
ただただ運が良かっただけだった。きっと彼らと違うぼく達の誰もがそうあるだけで。スーマンさんと同じ――ひとつ間違えれば、みんな一緒です。
「……一緒に、生きるべきでした」
ジュライが言いました。
「僕は結局、逃げただけです。七華の苦しい気持ちから逃げて、楽になれる道を選んだだけでした」
「……本当に、悪いと思ってる」
ナツオさんが震える声で告げました。
「償いたいと思っている」
「……あんたは?」
なのちゃんの矛先が、ずっと頭を抱えているショウゴさんに向きました。
「……逃げたい」
ガタン――なのちゃんの椅子が、後ろに激しく倒れ込みました。
「正直に言うけどなぁ! 逃げたい、逃げてぇよ! だってそうだろ! 俺だって、俺だって騙されてたんだろ! スノーは、……」
「ずっと気持ち悪かった。お前と関係を偽装する日々は、何度吐いたか判らない」
「くそっ! くそっくそっくそっ!」
「ショウゴ! 償おうぜ!?」
「償えるかよ! これだけ
「赦されることなんて無いですよ」
立ち上がったナツオさんに掴みかかるショウゴさんに向けて、涸れたような声でジュライが告げます。
「赦す赦さないを決めるのは僕達じゃない。それでも僕達は、赦されないことのために償わなければいけないのだと思います」
「~~~~~っ!!!」
両膝を勢いよく床板に衝突させ蹲ったショウゴさんは、まるで全て毟るかのように頭をぐしゃぐしゃと掻き乱します。
「ショウゴ……」
「赦さないから」
「~~~~~っっっ」
「赦さないから」
蹲る彼に寄り添うナツオさん。その二人に憎悪を込めて見下ろすなのちゃんは――しばらく睨み付けた後で涙を拭いて、そしてレクシィちゃんを見詰めました。
「ねぇ……もう少し、詳しく話を聞いてもいい?」
「……はい」
力強く頷くと、それを合図にスーマンさんが立ち上がり、ずかずかと部屋の扉へと進みます。
「スーマンさん、何処行くんですか?」
「はぁ? もっと突っ込んだ話するんだろ? じゃあオレ達いない方がいいだろ」
「え? でも……」
「なぁ、あんたらうちの看板娘傷付けたりしないよな?」
「しないよ」
突然振られたなのちゃんは、しっかりと返します。
「だってさ。なら何も心配要らないだろ? なぁ、レクシィ?」
レクシィちゃんもまた力強く頷きました。
ぼく達は互いに顔を見合わせ、彼に倣って次々と立ち上がります。
「ほら、ジュライも」
「あ……はい」
「えっと……お兄様?」
「お前は残ってていいんじゃないか?」
「せやな。仲良くなっとき」
「……うん。そうする」
言い含められたアイナリィちゃんも、その場に残ります。
なのちゃんたち三人と、レクシィちゃんと、アイナリィちゃんの五人を残して退室したぼく達は――――宿のご主人に言って、全員分の部屋を取ってもらいました。
「悪いな」
「何が。繁盛するに越したことは無いさ。それに――」
「?」
「――もうじき冬だってのに、雪解けだ」
「はっ。そりゃ嬉しいことだな」
「だろ?」
翌朝の九時を集合の時刻として、それまでは好きに時間を過ごすことにしました。
ユーリカさんは念のためにと、ナツオさん・ショウゴさんを見張る役割を買って出ることを進言しましたが、スーマンさんが「それはオレがやる。ログアウト出来ないし」と。
ですが折れないユーリカさん。そこで、深夜0時まではユーリカさんが見張りをし、そこから朝まではスーマンさんが担当することに決まりました。
「おやっさん、さてはあんたええ人やな? 酒は飲めるクチかー?」
「あ、オレもオレも!」
「……ったく、いい気なもんだぜ」
盛り上がりを見せる
「アリデッド! お前も来いよ!」
「行かねぇよ! お前らだけで楽しんで来い! ……はぁ」
「ふふ。行かないんですか?」
表情だけで嫌さ加減を伝えるアリデッドさん。次いで「まだやることあるからな」と。
「本当なら、色々と話したいことはある。だけど今は、優先すべきは別だろ?」
「別って?」
顎でくい、と指し示す方向に目を向けると――――そこには、手持ち無沙汰に立ち呆けるジュライの姿。
「言いたいことは山ほどある、が、譲ってやるよ」
「……もう」
そしてアリデッドさんは宛がわれた部屋に籠ります。
「……セヴン」
「はいっ」
うう、緊張する――――さっきまであんなに張り詰めた空気だったんです。まだ結末がどうなるかは判りませんが、それでも確実にぼくの気は多少は緩んでいるのです。
「少し、……歩きませんか?」
「……はいっ」
そして一ヶ月振りに、二人きりで、見知らぬ街へと足を向けました。
もう既に日は落ちていて、夜の帳は薄い雲とともに空を覆っています。
雪が降ってもおかしくないくらいの寒空の下、
「ごめんなさい」
「えっ?」
押し黙っていたジュライは唐突に、足を止めてぼくに頭を下げました。深く深く、腰の高さまで低く深く。
「あの夜――僕は、セヴンを」
斬ってしまいました、と告げても尚、ジュライは顔を上げませんでした。
ぼくに促されても、ずっと――――
「……赦してもらおうなんて甘い考えはありません。それでも僕は償いたいと思っています」
「償うって、……」
「それは……今はまだ、分かりません」
そこで漸く顔を上げたジュライは、ですがやはり痛みでいっぱいいっぱいの表情です。
かつて“鉄面皮”だなんてあまりよろしくない渾名を冠した彼にしても、それはとてもとても分かりやすい表情でした。中学時代ずっと彼を見て来たぼくにすれば、まるで手に取るように――
「ぼくは、償いとか謝罪とか、赦す赦さないとか、そういうのじゃなくて……」
「……そういうのじゃ無くて?」
「ぼくは……ただ」
「……ただ」
「ただ……ただ、一緒にいたいです」
「一緒に……」
どくんと心臓が跳ね上がります。
まるで冬みたいな冷たい空気の中で、でもぼくの身体はとても熱くて。
「一緒にいて、……また斬るかも知れません」
「斬るかも知れないんですか?」
「いえっ、その……そんなつもりは、さらさら無いつもりです」
「じゃあ、どんなつもりなんですか?」
言い淀む顔に、さっきまでの表情は張り付いてなくて。
それが何だかぼくは嬉しくて、してやったりだなんて思ったりして。
「……僕は」
「ジュライは?」
「僕は……その、」
「ちゃんと言って下さいね?」
「は、はい……」
あの夜の、少し前に彼を引き戻せた気がして、それがとても嬉しくて。
この後彼が何て言うかなんて判らない筈なのに、決まってるような気がして嬉しくて。
「い、」
「い?」
「い、言います――――僕は」
「……はい」
嬉しくて嬉しくて、ドキドキして、怖いのに、待ち遠しい。
ああ、やっぱり。こんなにもぼくは、ぼくは――――
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