203;菜の花の殺人鬼.26(姫七夕)

「牛飼七月がナツオ達六人を斬ったのは牛飼七月復讐だった。妹を汚されたことに対しての兄の復讐だってわけだ」

「何が違うねん」

「大きく違うだろ。それですっきりしたのはあくまで兄貴一人――――少なくともここに集まった【菜の花の集い】の三人は救われてなんかいない。片や広大な世界で六人を探し当てて復讐しようってのが二人、片や復讐目当てでログインするのが一人。どこが救われてんだ?」

「そら、……その、……」


 彼女達を後押しするようなスーマンさんのまさかの理知的な回答に、アイナリィさんも口ごもってしまいます。

 そしてアリデッドさんもまた、そのスーマンさんの言葉にうんうんと頷きます。


「ちなみに、復讐を遂げた後はどうするつもりだったんだ?」


 その問いに、今度は彼女達三人が口ごもる番でした。

 何かを言おうとして大きく息を吸い込んだなのちゃんも、何も言わないままで、いえ。何も言えないままでまた椅子に座ります。


「言うと、オタクら、いや――“菜の花の殺人鬼”は結構な指名手配犯としてこの国に追われている。それは解ってるだろ?」


 こくりと頷くなのちゃん。実に恨めしい目付きでアリデッドさんを睨み付けています。


「重要なのはだ。それ如何によっては、その追われっぷりをどうにか出来ない事も無い」

「……どういうこと?」

「口利いてやるって言ってるんだ。何せこの国には、世界的にも有名な冒険者様がいやがるんだからな」

「それって【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】の話?」


 スーマンさんの言葉にアリデッドさんは頷きます。

 確かにあの四人に手伝ってもらえば、いくら指名手配犯とはいえこの界隈のみに名を馳せた凶悪な“菜の花の殺人鬼”と言えど、どうにか出来なくは無さそうですが。


「見逃してやるから手を引けってこと?」


 睨み付ける目の光がぐわりと強まります。


「そこはだ――正直言えば、俺だってオタクら派だよ」

「え?」


 深く溜息を吐くアリデッドさん。隣のユーリカさんもまた、同じような深い溜息を漏らします。


「ジュライは、どうしたいですか?」

「えっ?」


 だからぼくは、彼に聞くことにしました。


「ジュライはなのちゃん達に、どうしてほしいと思っていますか?」

「僕は……」


 俯く彼の口から沈黙が吐き出され――誰しもが見守る中、でも彼はちゃんとその想いを吐き出します。


「僕は、……勝手だけど、出来ればやめてほしいと思っています」


 とても痛々しい表情でした。きっと、本当に痛いのでしょう。

 でも彼は、ジュライは、訥々とその痛い胸の内を曝け出すことを選びました。彼の言葉に、この部屋の中の誰しもが耳をそばだてます。


「確かにその復讐は、誰にも止められないのかも……止めてはいけないのかも知れません。それでも僕は、……七華に、そんな悍ましいことに手を染めて欲しくないのだと思います」

「……自分は手を染めたくせに?」

「そうです。だからとても、自分勝手の、独りよがりな願いです。手を染めるのは、僕だけであって欲しい、って」

「じゃあ――ナノは、間違ってるの?」


 声は確かに震えていました。

 次いで零れ出す、大粒の涙達。それを受けて、両隣の二人もまた、ぼろぼろと泣き始めます。

 ジュライですら、泣き出しそうに表情を崩しています。ぼくだって、出来ることなら泣き出したい。

 でも、今は違います。それじゃ駄目です。


「間違ってなんか無いよ?」

「……ちぃちゃん?」


 ああ、駄目です。駄目駄目です。ぼくもまた声が震えます。

 痛くて、悔しくて、辛くて――――でもぼくは被害者じゃない。

 ぼくには、何の被害にも遭わずに済んだぼくには、彼女たちの痛みなんてこれっぽっちも解る筈が無いのですから。だからぼくは、ここで泣くべきじゃない。ぼくがここで泣いたりしたなら、彼女たちの痛みが安くなる。それは侮蔑と何が変わるのでしょう?


「でも誰にも、正解なんて分からない」

「……じゃあ」


 どうすればいいの、と続く言葉を幻聴しました。その響きの代わりに、ぼくの鼓膜を彼女の嗚咽の音が震わせます。


「……スーマン」

「あともうちょっとだと思うんだけどさ」


 痺れを切らすようにアリデッドさんがスーマンさんに訊ねます。ボサボサ頭をぼりぼりと掻いて答えるスーマンさんですが――――そこに、新たな来訪者を告げるドアベルの音が壁を隔てて聞こえてきました。


「多分、じゃないか?」


 スーマンさんが部屋の扉に視線を投げます。すると――


「レクシィです」

「おう、入ってくれ」


 ガチャリと扉を開け、レクシィちゃんが入室しました。

 沈痛な空気を割って、神妙な面持ちの彼女はスーマンさんの隣の椅子まで歩みます。


「まぁ、多分アンタらの話が一番分かるのはこの子だと思うよ」

「レクシィです――――皆さんのことは、ナツオさんから聞いています。その、……わたしの話も、少し聞いてもらっていいですか?」


 未だ嗚咽を続ける三人は、訝し気な目を彼女に向けます。そして訥々と紡がれた彼女の物語を聞いて、やがて嗚咽を失い、ですが言葉もまた失ったままで聞き入ります。


「わたしにも、何が正しいのか何が間違っているのかは判りません。わたしはきっと、同じ境遇の人達の中でとても恵まれている方なんだと思います。スーマンさんやセヴンさんがいてくれましたから、こうして自分なりの復讐の仕方を見付けることも出来ました」


 ちらりと横目でジュライを見ると、彼は彼で、驚愕に呆然とする顔付きで彼女を見詰めていました。その顔は、対岸のなのちゃんとやっぱりそっくりでした。


「……未だに、夢に見ることもあります。急に頭の中にあの夜の光景が浮かび上がって息が出来なくなることもあります」


 ごくりと、誰かが喉を鳴らしました。きっと複数。


「それでも、わたしは今、あの時ああいう答えを自分で出せたことに後悔はしていません。あれで良かったのかは、未だに判りませんけど……」


 三人が、恐る恐る顔を見合わせました。何かを確かめるような、何かを打ち合わせるような眼差し。


「でもこれだけは言わせてください――わたしは、……あなた達がどんな答えを出して、それからどうしようとも、……絶対に、味方です」

「「「!?」」」

「どんな答えも、どんな未来も。絶対に、間違いなんかじゃないって、わたしは言い続けます」

「「「……」」」

「……おっちゃんからもひとつ、ええか?」


 堪らず――手を挙げたのは、レナードさんでした。


「正直なところ、わいも戸惑っとるよ。何や、ゲームや思うて楽しんどったら、裏でものごっそ楽しんでる場合や無い状況やん」

「おとん、何やねん」

「黙っときぃや――黙って聞いてられへんわ。何やひとつふたつ言いたいねんけど、うまく言われへんわ……堪忍したってくれな」

「……ほんま何やねん」

「黙っとき言うてるやろ――わいな、この子の父親やねん。この姿やから判らんと思うけどな? 実はこの子の父親やねん。……そんでな、何や聞いた話によるとやな、うちの子……この子もな、危うく君らと同じになるところやったんやって」

「おとんっ」

「言わしたってや。……あくまでもゲームの中の話なんやけどな? でも、現実もゲームも同じやんけ。そら、えらい怖かったろうなって思うで。わいには理解したくても何も解らへんけどな」

「おとん、……やめてや」

「アイナリィちゃん。ぼくは聞きたいです」

「セヴン……」

「おおきにな。……もしかしたらうちの娘も、君らと同じになって、君らみたいに復讐に憑りつかれるやも知らんなぁ、思うたら……いや、憑りつかれるって嫌な表現やな。ごめんな。でも、そう考えたら……そこにおるジュライやったっけ? そこのお兄ちゃんみたいに、嫌やなぁ、って思うかも知らんなぁ、思うて……せやったらこの手で相手ブチ殺した方がマシやなぁ、って……」


 ぎゅぅ、と握り締めた自分の拳を見詰めながら、鬼のような形相を見せるレナードさん。

 ぼくも、アイナリィちゃんも、アリデッドさんも、スーマンさんやレクシィちゃん、ユーリカさん、アイリスさんリッカさんレイナさん、ジュライ、そしてなのちゃんスノーさんアザミさんショウゴさんナツオさん――全員が、レナードさんに視線を投じています。


「そんなんしたら、うちの娘は喜んでくれるんやろか。それやったら全然やれるなぁ、思うて……でも、七華ちゃんみたいに、そうは思うてくれへんかも知らん。寧ろ復讐横取りした思われたら堪ったもんや無いなぁ、思うて――――あかんわ、やっぱ。何や、言いたいことよう分からへんようなったわ」

「おとん……」

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