202;菜の花の殺人鬼.25(姫七夕)

「……いらっしゃい」


 カラン、と乾いたベルの音が響いて、アリデッドさん達がぞろぞろとこの【白花の面影亭】に入って来ました。

 元は冒険者ギルドだったこの宿は、今現在たった一つのパーティしか所属せず、ギルドとしての機能は一切ありません。

 それでもぼく達が落ち合う場所としてこの宿を選んだのは――――その、一つしか所属していないパーティこそが、ぼく達が出逢うべき人達の集まりだったからです。


「……ジュライ」

「……セヴン」


 そこに、彼はいました。

 どんな顔をすればいいか分からない、といった感情が透けて見えるような表情で。

 ああ、悔しいなぁ――とても久しぶりの再会だって言うのに、そんな痛々しい表情しかさせられないなんて。

 でも。


ちゃん?」

「……ちゃん、久しぶり」


 どんな顔を突き合わせればいいか分からないのはぼくも一緒ですから。情けなくて涙が出そうです。本当なら、満面の笑みで再会を喜びたいんですけどね。


「セヴン、ナツオは?」

「部屋にいます。ショウゴさんと、それからと一緒に」

「大丈夫なのか?」

「はい。……皆さん、ぼく達に従ってくれています」

「なら良かった。じゃあ始めようか」

「はい」


 そしてアリデッドさんは奥の部屋へと歩みます。

 なのちゃんは受付カウンターにいるかつてのギルドマスター――今は宿屋のご主人と目を合わせ、それにご主人は首肯を返しました。


「……そっか」


 彼女ももう気付いているのでしょう――この宿にぼく達がいる意味と、そしてこれから何が起こるか。

 まるで自分自身に呆れるような嘲笑めいた自虐の笑みで歩む彼女を、ジュライは実に痛々しそうな表情で見詰め、そして並行します。

 彼らに続き、ぼくも、ロビーで待っていたレナードさんやアイリスさん達も部屋へと入ります。


「……ナノ」

「ごめん、失敗しちゃった」


 入るや否や、部屋の中で待っていた一人の女の子がなのちゃんに声をかけ、そしてなのちゃんが返します。


「ごめんじゃないよ。それを言うのは、うちらの方で……」

「ナノは悪く無いよ」

「でも、しくじったのは事実だし」


 駆け寄る二人――パーティ【菜の花の集い】のメンバー達です。

 その片方に視線を投じては、ショウゴさんは俯き、頭を抱える素振りを見せました。


 そう――――【菜の花の集い】の一人は、ショウゴさんが慕い、恋仲になったその人なのですから。


 パーティ【菜の花の集い】は三人組の冒険者であり、その三人は同じ一つの境遇と、そして同じ目的を共有しています。

 それは、ショウゴさんやナツオさん達六人に犯された被害者であること。

 そして、彼ら六人に復讐を遂げること。


 メンバーの一人であり“完全なる殺害プレイヤーロスト”を実行する主犯格を担うのはなのちゃん。

 その手助けをする為に奮起し手を組んだ残る二人は、一人がぼく達同様に現実に生きるプレイヤーで、そしてもう一人はなのちゃんやジュライ、スーマンさんと同じ“死んでる勢”です。

 現実にも生きている方のスノーさん――正式名称スノードロップさんは、“死んでる勢”の噂を聞きつけてヴァスリを始めました。もしかすると本当にナツオさん達に逢えるかもしれないという期待を胸に、そしてそうなった際に自分だとバレないように頭像アバターを弄って。

 その期待は見事に運命を引き寄せ、同じく帝国アルマキナの片田舎でショウゴさんと邂逅を果たしたスノーさんは、千載一遇のチャンスを逃すまじと演技を重ね、遂に恋仲を偽装することに成功しました。

 その中で同じく被害者でありその被害によって自殺したことで“死んでる勢”の一人としてヴァスリにログインしたアザミさんと出逢い、そして単身復讐のために動いていたなのちゃんと出逢ったのです。


 時系列的にはの後に自殺したアザミさんはニュースで見たなのちゃんの顔を覚えていたそうです。スノーさんも。

 当時は被害者として顔の出ていたあの六人ですから、そのニュースに彼女たちが釘付けになったのは当然だと言えるでしょう。


 ショウゴさんと繋がることの出来たスノーさんは、彼がナツオさん以外の他の四人の居場所などの情報をあまり持っていないことを知ると、繋がりを保ちながら今度はナツオさんとの接触を画策しました。

 そこから先はアザミさんの出番です。所属ギルドを突き留め、なのちゃんが先行して仲間を人質に取り、他の五人と頻繁に連絡を取っていたナツオさんを支配し始めます。


『私たちはお前の仲間を巻き込むことに容赦なんかしない』


 なのちゃん程ではありませんが、自分の死すら厭わないアザミさんのその意気が、ナツオさんの心を絡め取ったのです。

 折角心を入れ替えて二度目の命を真っ当しようと決めたナツオさんに、彼女達の気迫は非常に効果的だったと思われます。現にナツオさんは他の五人の情報を逐一伝え、そしてなのちゃんがあの四人を屠り上げたのですから。


 残るショウゴさんをも屠ることが出来たら、ナツオさんは仲間ともども解放される筈でした。ですが彼女達にははなからそのつもりは無く――それを薄々勘付いていたナツオさんは結局、逃げ込んだ挙句にぼく達に洗いざらいを説き、この時を迎えたのです。

 決め手となったのは――レクシィちゃんの存在でした。スーマンさんから過去の事件のことを聞いていたレクシィちゃんの言及により、ナツオさんは全てを白状した。つまり、何だかんだでスーマンさんが一番の立役者だと言うことです。


「もう少しだったのに……ごめん」

「謝らないでよ」

「私達こそ……ナノに全部任せて……ごめん」


 傷を舐め合う彼女達。その輪を崩すのに心が重く躊躇ってしまいますが――――それでも、終わらせなければなりません。

 どうか、その終わりは、清く尊いものであればいいのですが。


「役者が揃ってるわけじゃないが――始めようか」


 部屋全体に響き渡るようにアリデッドさんが言い放ちました。

 ご主人に借りて円形に並べた椅子に全員が座り、沈鬱な空気が痛い程に張り詰めます。


「始めるって……何をだよ」

「断罪だよ」


 その空気を割ったナツオさんに間髪入れずにアリデッドさんが返します。

 しかしその視線は対岸の三人――【菜の花の集い】に注がれていて、三人は身を寄せ合い、中心のなのちゃんが影を含むも力強い眼差しを交差させます。


「断、罪?」

「ああそうさ――――昔どっかのクソ馬鹿野郎がしでかした、心の底からくだらねぇクソみたいなクソ、そこから始まって今に至るまでのな」


 ナツオさんがごくりと唾を飲みました。その隣で、ショウゴさんは相変わらず頭を抱えています。


「勿体ぶった言い方だけど――ナノ達は、ナノ達が悪いなんて思ってない」

「そらそうだろ。別に俺達はオタクらを裁こうとか思ってないし」

「なら構わないでよ」

「そういうわけには行かないんだよ」

「何で?」

「――――オタクの兄貴を、俺達は仲間だと思っているからな」


 なのちゃんの眉根がぎゅっと寄りました。やや細まった目付きは、アリデッドさんの言葉がどういう意味なのかを推し量れずにいる証拠です。


「クソからクソの間には、オタクの兄貴――――そこにいるジュライがしでかした事件も含まれる」


 きょとんとするなのちゃん。

 そうです――なのちゃんは、牛飼七華は。牛飼七月が彼女の殺害後に何をしたのかを知らないのです。


「ジュラ――牛飼七月は牛飼七華の殺害後、その妹をけがした六人を、一人ずつ、確かに殺害した」

「その通りです」


 ジュライが合わせました。

 そこからは彼のターンでした。ひとつひとつを、とても丁寧に、鮮やかに、まるでぼく達がその場にいて体験したかのような量の情報を、とても滑らかに、そしてただ淡々と紡ぎました。


「だから――――彼らは既に、罰を受けている」


 それは正しい制裁じゃないけれど、と付け加えて。そうして、ジュライは再び口を噤みました。


「……つまり、ナツキが斬ったから、ナノ達が斬るのは違うってこと?」


 でもそれを飲み込んで尚、いえ、寧ろなのちゃんの意気はごうと燃え上がります。


「それは違う、違うよ。それは、――――ナノ達とは関係無い!」

「そりゃ一理あるな」


 寄り添う二人を押し退けてガタンと勢いよく立ち上がったなのちゃんをスーマンさんが認めました。

 予想だにしない助け船に出鼻を挫かれたなのちゃんを余所に、スーマンさんは続けます。

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