201;ノア・クロード.03/菜の花の殺人鬼.24(シーン・クロード/ジュライ)
「――――ノア!」
アイナリィから連絡を受けて居場所を辿って
何でジュライが二人いて、そして何で――――
「久しぶりだね、シーン。いや、アリデッド」
ああ、全く――状況が忙しすぎて頭が上手く回りやがらねえ!!
どっちかにしろってんだ! ジュライが二人か、ノアが現れるかのどっちかにしとけよ!!
「――っ、っ!!」
半ば振り下ろした軍刀は優しく添えられたノアの手によって受け止められ、ジュライは必死の形相でそれをどうにかしようとしているがピクリとも動かない。
「無駄だよ。管理者権限でキミの攻撃は完遂しないように
涼しくそう告げるノアに業を煮やしてジュライが退き、そして再度襲い掛かる。
ノアの後ろには灼けた黒髪の女の子――牛飼七華――を庇うように、しかし血を流して膝を着くもう一人のジュライ。何だよ、その格好……まるで
「だから、無駄だと言っている」
ジュライが再度繰り出した斬撃は、しかしノアの纏う
クソっ、どっちがどっちだ――――俺はどっちをどうすりゃいい!?
「アリデッド、さん……?」
頭上に[瀕死]とステートの表示がピコピコ言ってる
正気だ。対してノアと対峙する――左肩に“切”を宛がうジュライは狂気に飲まれていると見える。
それを止めるのは、俺の役割だっていつからかそう思うようになった。
初めて出遭った時は成り行き上、次のレイドの時からは、どうしてだかもう。
ああ、一度だけ止め損なった夜があった。
「ジュライ――」
「その名で呼ぶなっ!!」
狂気の剣閃が迸る。その鋭利で痛烈な一閃を槍の柄で弾き、俺は向かい合った。
「アリデッド、少しの間頼めるかい?」
「
続く三連撃をいなしながら、視界の端でノアに問う。
「管理者権限は一度に一つしか行使できない。彼を本巣に送り届けるには時間が必要なのさ」
本巣? 送り届ける?
「洗いざらい喋ってくれるんだろうなっ!?」
「ああ、約束するよ――――“Apply for Using of Authority.”」
ノアは切のジュライを強制転移させる気だ。
ったく、一緒に動いてた頃とは動きが全然違う――レベルにどれくらいの開きがあるんだろうな。
だが防戦一方、時間稼ぎでいいってんなら問題は無い。
何に対してそうなってるのかはよく分からないが、この切のジュライは激しくブチ切れまくっている。おかげでスキルを使う素振りも無ければ大振りの連続だ。よく見てりゃ対応できない動きじゃない。
「ガァッ!」
「遅ぇっ!」
ガキィッ――再三槍の柄が振り下ろされた刃を受け止める。
弾かれた刀身を大きく回して、今度は振り抜くような薙ぎ払い――それもまた柄で弾く。
「ジュライ、俺だっ!」
「だからその名で呼ぶなっ!!」
自我はどうやらあるらしい――が、さっきから俺が“ジュライ”と呼ぶことに酷く抵抗するその理由は?
ちらり、と目の端に新のジュライが映る。
そこでハッとした。
まさか――――いや、そんなことが起こり得るのか?
「あああああっ!!」
「っ!?」
しまった――低く屈んだ上体が起き上がるに合わせて繰り出された突き上げ。
その切っ先は俺の喉を捉えていて、そしてその直前に大きく弾いたために俺の槍は間に合わない。
これは――――
「――っっっ!?」
その瞬間に切のジュライは光に包まれて消えた。
ノアの強制転移が発動したんだろう――――危うく死に戻るところだったぜ。
だが安堵の溜息にはまだ早い。
何たって俺の視界の中心には、ずっと俺が探し続けて来た兄――ノアの姿が映っている。
「やっぱり安心感が違うね。レベルもまだそこそこだって言うのに、ボクが知っている頃のキミと全く遜色ない」
フードに翳る涼やかな顔が屈託なく笑みを見せる。それが酷く、癪に障った。
「俺は危うく忘れそうになったよ」
「ははは――そう言うなよ」
しかしそんな笑みの奥に、影を、闇を孕んだ瞳がギラリと光っている。それもまた、酷く癪に障った。
「約束通り聴かせて貰おうか」
「残念だけどそれはまだ早い」
「はぁ!?」
「そしてボクは本体じゃあ無い――――そうだね、キミがボクを予定調和の如くちゃんと倒せたら、その約束は果たされるんじゃないかな」
「お前――」
問おうとして、ノアが振り返る方が早かった。
「ボクを倒すのなら、キミしかいない――――そう期待して組み上げたんだ、心行くまで楽しんでくれ」
告げるだけ告げて、いきなりいなくなるノア。
待て、と放とうとしてももう遅い。もういない。
ただ、傷ついた新のジュライと、そして牛飼七華。その二人だけがそこに残っていて。
「ジュライ!!」
「お兄様!!」
そして、続々と追い付いてくる面々。
「……お前は、何があったか喋ってくれるんだろうな」
深く嘆息しながら――――荒く息を繰り返すジュライに、俺はそう吐き捨てた。
◆
それから僕達は移動を始めました。
僕以上にボロボロな七華にアリデッドさんは〈ライフポーション〉を手渡しますが、結局その瓶の蓋も僕が開けることになりました。
一時の混乱は過ぎ去ったようですが、でもそれは彼女の心を支配するあの言葉までは連れて行ってくれなかったみたいです。
それでも、叶えようとした僕がいなくなったことで少しは鳴りを潜めたようで、七華は傷を癒した後でちゃんと立ち上がってくれました。
「隣町に仲間を待たせている。そこに、ナツオもいる」
アリデッドさんのその言葉は、七華の虚ろな表情に幾許かの感情を呼び起こしましたが、しかしその感情がどのようなものであるか、僕には察することが出来ませんでした。
ただ一つ確かなのは、伽藍洞だったその表情に差し込んだのは暗い影だと言うことです。
僕自身のこともそうですが、……分からないことが、多すぎる。
それでも――まるで積もった雪のように僕達の心に堆積した何かが解けていくには、多分きっと、いい日だと思うのです。
前列をアリデッドさんとユーリカさんが。
その後ろに僕と七華。
その後ろにアイナリィとスーマンさん。
ショウゴさんが何処に行ったのかは判りませんが、アリデッドさん曰く彼もそこにいるのだそうです。
スーマンさんのお姉さん方三人と、アイナリィさんのお父さんという人も、そこに先行しているのだそうです。
怖い――とても、怖い。
今ここにいる筈の、いない人が、この歩みの果てにいることが怖い。
その人に、会ってしまうのが怖い。
会いたくは無い――それでも、心から逢いたい人。
「この先だ」
デルセンの街とそこまで変わらない街並みを見せる【フラジア】の中央通りを右に折れて。
その先にある寂れた宿屋のロビーで、彼女は待っていました。
レナードさんやアイリスさん達と、ショウゴさんと、会ったことは無いですが恐らくナツオさんという方と、一緒に。
待って、いました。
「……ジュライ」
逢いたくなかった。それでも、本当は心から逢いたかった。
どんな顔をすればいいか、どんな声を、言葉をかければいいか、未だに何一つ分からないけれど。
「……セヴン」
逢って、しまいました。
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