200;菜の花の殺人鬼.23(ジュライ)
「……ナツキが、二人?」
困惑するのも無理はありません。僕だってそうですから。
でも僕は確かに、殺したい、斬り伏せて殺害したいという衝動に抗い、本性に、本能に抵抗して――――そしてどういうわけか、分かれてしまった。
「お前……」
「やめろ。大好きなら、妹を、」
「っ!!」
ぐわり、と剣閃が翻りました。
咄嗟の判断で大きく上体を逸らし、首筋を狙う薙ぎ払いを辛うじて躱したものの――その拍子に背中から地面に激突し、そんな僕を狙って僕は返す太刀を上段に振り被ります。
「――っ!」
「はぁっ!!」
またも咄嗟の判断です。仰向けに倒れたまま思い切り横に転がりました。流石に地面すれすれの高度までは届かないようで、ですが僕が立ち上がろうとする隙を衝いて牛飼流の鋭い突きが繰り出されます。
「くぁっ!!」
「しぃっ!!」
首の振りだけで躱しましたが、またも横転した僕は――その勢いのまま後転よろしく、そして漸く立ち上がることが出来ました。
「何で、何で邪魔をする――君が僕なら、邪魔なんか出来る筈が無い」
「情けないことを言わないでもらえますか。つまるところ僕は君じゃないから、君のその想いは分からない」
「斬るしか無いだろ!」
「それ以外を探せよ!」
激昂のままに軍刀を振るう僕――――いえ。
どうにか振り乱れるその剣閃を掻い潜りながら、避けながら、僕は確信します。
僕はジュライで、彼は牛飼七月だと。
〔王剣と隷剣〕によって具象化した彼の思念は、そのままあの軍刀に、〈七七式軍刀〉に込められ続けていました。
何度か眠りの果ての夢の中で手合わせをしてみたものの、いつだって決着は着かず。
修練自体が先に進まない、第一段階の屈服すら上手くいかないことに業を煮やしているばかりでした。
当たり前です。
僕達は、向かい合ってなどいなかった。
分かり合おうとすることが、どうしても出来なかった。
斬りたい彼と、そうじゃない僕。
それでも、ナノカを救いたい気持ちはどちらも本物で――――だからこそ、僕は赦せないんだと思います。
ああ、そうだ。
今なら分かる。
僕は、後悔で。
僕は、未練だ。
あの時、ナノカと一緒に苦しみながら生きられなかったことへの。
「逃げるな!」
「……お前が、それを言うか!」
攻め立てるも攻め切れない僕もまた業を煮やしています。
でも違う。僕が言いたいのは、そういうことじゃない。
「僕が間違っていると言うのなら! その手で僕を打ち倒せばいい!」
剰え――視界の端に見える自分自身の
流石にレベル1でレベル80目前の相手をするのは――――でも、やらなければ。
ここで僕を、七月を止めなければナノカがまた殺されてしまうのです。僕に。
そんなこと、赦される筈が無い。
「……
「どういう意味だ」
「そのままの意味です。僕は、ナノカに生きていて欲しいと願っています。彼女の首を、斬り落とす刃なんて持ち合わせません」
「――――貴様」
「守るならば刃も見せましょう。ですが今の君にそんなものは必要ない。来いよ、全力で。全身全霊で、お前を止めてやる」
「……ナツキ」
「“死にたい”だなんてもう言わせない!」
「だから首を刎ねるんだろうがぁぁぁあああああ!!」
七月の頭上に現れたステート[激昂]――怒りの余りに我を忘れているような状態だと言うことです。
ならばまだ、少しくらいは勝機もあると言うものです。
レベルは1ですが、牛飼流軍刀術の技術は今も僕に確かに宿っています。軍刀を握らずとも軍刀術は繰り出せます。歩法だって術の内ですし、無手の状態から相手の武器を取ったり、徒手空拳でも渡り合えるように編み出された秘伝だって。
「がああああああああ!!」
ひゅん、と空気すら裂くように刃が目の前を通過しました――――舌の根が渇き、
キィィ、と耳鳴りが他の音を消して、網膜は世界の色彩を脳に伝えることを放棄したようです。それよりも、眼前の風景をより鮮明に、より精査に分解する事の方が優先されるのです。
「――――っ!!」
突きは側面を叩けば勝手に軌道を変えてくれます。
「――――っ!!」
振りも払いも薙ぎも、肩口を見ればその軌跡が刃よりも早く僕には視えます。
「――――っ!!」
スキルを濫用するのは得策では無いですね、その動き出しを見れば何が来るか分かるのですから。
「――――っ!!」
そして避ければ避けるほど、躱せば躱すほど、七月の[激昂]はその濃度を高めていくのです。
怒りに塗れ、憎悪に浸り、攻撃がどんどん単調になっていく。
威力は段違いに上がるのでしょうが、そんな、連撃にもなっていない大振りを重ねるだけの攻撃を貰うわけにはいきません。
剣から、理念が剥がれている。そんな刃を、僕が喰らうわけにはいかないのです。
「はぁっ!!」
「――――っ!?」
突きを繰り出す要領で突き出した拳は、見事に七月の顔面の中心を打ち抜きました。
そして突き刺さった刃を引き抜くように後方へと低く跳躍し、たじろぐ七月に僕は言い放ちます。
「……そんな刃で、どうやってナノカを救えるんですか」
七月も、分かっている筈なのです。
本当は妹を、ナノカを殺したくなんか無い――――でもそれ以外にどうすればいいのか、どうすれば彼女を救えるのか分からなくて、彼女の苦しみを一緒に背負える未来が、そうやって一緒に寄り添って生きていく将来が視えなくて、そんな自信なんて無くて。
だから、“自分は昔から人を斬りたかった殺人鬼なんだ”って言い聞かせて、ナノカを斬る理由を括り付けて、そうやって――――
「――――!! ――――!!」
喚く声は何を言っているかよく分かりません。でも僕には、その姿はとても小さく、可哀想に映っています。
本当は、救いたかった。
どうにかして、その事実を捻じ曲げて抹消して、その記憶を全部無かったことにして、その穢れを洗い流して綺麗に、その傷を塞いで治して癒してあげたかった。
一緒に、生き遂げたかった。
それは事実です。でも、どうすればそう出来るかが分からなくて――
「ぃ――っ!!」
一瞬の隙を衝かれ、鋭い切っ先が脛を撫でました。
ほんの掠った程度の、それだけの一撃なのに――――がくんと、膝が落ちてしまいます。
視界の端の
くそ、つい思考を泳がせてしまったばかりに。
そんな僕の馬鹿らしさを嗤うように、眼前の七月が、狂気に染まった憤怒の形相で軍刀を振り被って――――
「Stop!!」
この、声は――――
「武器を下ろし給え」
鋭く割り入った、フードを目深に被る
淡い翡翠色の髪がフードの隙間から零れ、冷たい風に晒されて揺れています。
長身。きっと体格も悪くは無いのでしょう。翳る顔付きは伺えないものの、振り下ろされる瞬間の軍刀を握る七月の手そのものをがしりと掴んで止めているのです。そんな芸当、生半可な身体性能じゃ出来ません。
「あなたは――?」
軍刀を止められた七月はぎりぎりと歯噛みしながら、しかしどうやっても振り解けないその男を激しく睨み付けています。
「ジュライ!!」
あの、声は――――
そして推進系スキルを交えながら飛び込んで来る、緑色の鱗を肌に持つ巨漢の槍遣い。
「アリデッド、さん……」
「っ!! お前――――」
ですがその爬虫類の眼差しは、二人に分裂した僕達にでは無く、その片方を止めたその男に動揺している様でした。
「――――ノア!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます