194;菜の花の殺人鬼.17(牛飼七月)
結局、平らげてしまいました……こういう時に流されないで意思を貫ける人を本当に尊敬します。
スーマン・サーセン――別に生前の知り合いでも、ゲームの中で特別仲良くなった人でも無い、ほぼ赤の他人。
だと言うのに、どうしてか彼は僕につっかかり、
その話し振りから察するに、それ以降ずっと彼らと組んでいるのでしょう。まるで僕の代わりみたいに。
明瞭、快活、奔放――――どれも、僕が欲しくて手に入れられなかったもの。
一見、知性が足りないように思える舐めた話し方や態度でも、その奥にれっきとした常識や教養が垣間見え、彼を中心としたこの食卓は実に和気藹々と話に花が咲いています。
ああ、そうか。
厭っているのに目を背けられない理由は、彼の在り方が、いつか僕がそうなりたかった姿だからです。
だからつい、問いを投げ掛けられたら答えてしまうし、話題を振られれば続けてしまう。
話を、心みたいに弾ませてしまう。
学ぼうとしてしまう。見取り稽古のように、倣おうとしてしまう。
もう、そうはなれないと言うのに。
「ごちそう様でした」
「ごち」
「ごちそーさまー」
「ごっそさん。いやぁ、美味かったな」
「……ごちそう、様でした」
「おう。……んで? そっちのでっかいのは、飯の後の挨拶もろくすっぽ出来ない系の人?」
隣に座るショウゴさんが小さく舌打ちをした後で、やはり小さく「ごちそう様」と呟きました。
この辺りを拘る辺り、いいご家庭で過ごして来たのかもしれません。確かに僕の家でも、それがあるのと無いのとでは大きな違いです。祖父が存命だった頃は、本当に雷が落ちたんじゃないかって衝撃を受けたものですから。地震・雷・火事・親父、というのは真実です。
「じゃ、フレンド交換と行こうか」
「はい?」
「はい? じゃ無いだろ。お互いにこまめに連絡取り合えてた方がいいと思うし」
な――――
「何でそうなるんですか!? ――あ、」
しまった。やってしまいました。余りにも唐突な展開に、思わず立ち上がって大きな声を出してしまいました。
周囲に目を配れば何事かと皆さんこちらを注目しています。ああ、すみませんすみません、本当にごめんなさい……
「うん。まぁ、そうなるよな」
恥ずかしさで顔が熱いです。おかげで硬く強張った身体を再び席に落ち着けると、アイリスさん達が心配そうに顔を覗いてくる始末です。
「い、嫌です」
「そう言うなって。ほら――オレもさ、何処をどう血迷ったか、そっちのクランに世話になるかも知れないじゃん? その時に口利きしてくれるヤツがいると助かるんだわ」
「じゃあ血迷わないで下さい」
「まぁまぁ。んでジュライ、お前にしても、うちのパーティメンバーとかギルドメンバーと鉢合わせると面倒だろ? だからこまめに連絡取り合ってたら、そういうの回避出来ると思わね?」
「回避……」
「勿論、今日あったことはオレはアイツらには話さないし、オレがお前とフレンド交換しただなんても。オレは小悪党だけどさ、秘密は守る主義だぜ? 本当、口堅い系男子」
「秘密……」
確かに――スーマンさんから情報を貰っていれば、今日みたく偶然を超えた運命的な遭遇というのは見事に回避できる気がします。
しかしいいのでしょうか、何だか頭がぼわっとします。上手く思考が巡らずに空転するざらざら感ばかりが脳裏に溜まっていきます。
「……分かりました」
「おっけ。んじゃ
「はい」
フレンド登録やメッセージの送受信、スクリーンチャット等のシステムは全て
「えっ、可愛い」
「だろ? ゴーメンって言うんだ」
スーマンさんが背嚢から抱き上げて取り出したのは、無意識的に僕がそう呟くのも無理はない程に可愛らしいポメラニアンです。
うわ、こんな可愛い
「どした?
「いえ……すみません。バッカルコーン、おいで」
「なんつー名前だよ」
「君に言われたくないです」
バッカルコーンは特性として、身体を十分の一程度まで小さくすることが出来るのです。ですからいつもは、衣服のポケットなんかに隠れて貰っています。
外套の内ポケットから摘まみ上げた彼を、僕は掌の上に乗せました。するすると元のサイズにまで戻ったバッカルコーンを見てアイリスさん達が目を丸くします。
「クリオネ!?」
「えーっ、こっちも可愛いー!」
「え、あたしは断然ゴーメン派だけど」
「嘘ーっ!? バッカルちゃんも可愛いでしょー?」
アイリスさん達には気に入られて良かったですね、バッカルコーン。
「んじゃフレンド申請完了、と――――そっちのアンタはどうする?」
「やめとくよ」
「だろーな。ぶっちゃけオレも、申請されても無視する気満々だったわ」
「……喧嘩売ってんのか?」
「まさか買ってくれる気か? 正気の沙汰じゃ無ぇな。あ、当然こっちは狂気の沙汰だけど――」
ダンッ――――先程の僕と同じくらいの大きな音を立てて、激昂を表情に灯したショウゴさんが立ち上がりました。その拍子に倒れた椅子が、食堂に満ちた静寂の中で唯一軋みを響かせました。
「ねぇ、せ――スーマン!」
「あー、悪い悪い。やっぱ何か、相容れないものは排除しておきたいとか思っちゃうんだよね、オレ、小悪党だからさ」
「……ショウゴさん、落ち着いて下さい」
顔面の中心に皺を寄せるショウゴさんは、しかし拳をぐぐぎゅうと握り締めるだけで飛び出しません。
本当ならば今すぐそうして、まだ食卓に着いているスーマンさんを掴み上げては引き倒し、馬乗りになってボコボコに殴りたいんだと思います。
でも、レベルが違いすぎる――――ショウゴさんの34に対して、スーマンさんは倍の68です。
「……くそっ」
「代わりに、僕が買いますよ」
「は?」
「「「え?」」」
「へぇ、いいじゃん」
呆ける長身の隣で同じく立ち上がった僕は、きっと冷たい表情をしているのでしょう。
別に、こんなの買わなくたっていいのです。ショウゴさんが馬鹿にされようと、僕にとってはどうだっていい。
でも彼と僕とは今、仲間だ。仮初であったとしても、仲間を馬鹿にされたままそれを見過ごすなんて男、僕はなりたくなんか無い。
「売ってくれますか?」
「ああ、願ったり叶ったりだよ」
困惑し混乱する四人を置いて、僕達は示し合わせて表に出ます。流石にお店の中で始めるわけにも行きませんし。
それに、街の表通りは馬車もすれ違えるほど広く、こういった冒険者同士の決闘紛いの喧嘩というのは何処にだって広がっているものなのです。
「あー、一応、〔決闘〕にしておくか?」
「そうですね。手合わせ程度とは言え、その方が本気でやれますし」
「本気でやってくれんの? オレ、格下だぜ?」
「手を抜いて欲しいんだったらそう言って下さいよ」
「言うねぇ。んじゃ、本気でやり合おうぜ」
お互いに向かい合い、
往来の人々が興味を駆られ、集まって来ては輪を作り出します。
その中心で5メートル程離れた僕達は準備を終え、それぞれにそれぞれの武器を構えます。
その、僕達の間に――投げられた、花束が一つ。
菜の花の、花束が――――
「――――ナーツキっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます