193;菜の花の殺人鬼.16(須磨静山)

「どうしてあなたがここにいるんですか」

「それ、オレの台詞なんだけど」


 アイリス睛美姉ちゃん達パーティがピンチを救ってくれた、って話を聞いて単身合流してみたら、何とジュライがそこにいる――――何ていう巡り合わせだ。

 これは……全員で合流した方が良かったか? でもアイナリィと鉢合ったら何か物凄くややこしい流れになりそうだしなぁ……


「それじゃあ僕はこれで」

「いやちょっ、待てって」


 返した踵をピタリと止める律義さは、セヴンから聞いていた通りの素直なヤツって感想を抱くに値する。

 ぶっちゃけオレは牛飼七月ジュライのことをネットニュースでしか知らない。実際に言葉を交わしたのもあの夜だけだ。まぁ、セヴンから色々と話は聞いてるから、今では何となく見知った関係だってつい錯覚するんだけど。


「……何ですか」

「ちゃんと礼して無いだろって」

「別に、要らないですけど」

「遠慮すんなって。それとも急ぎの依頼クエストか?」

「いえ……あ、」

「いえ、って言ったよな? 急ぎじゃないな? なら飯くらい奢らせてくれよ」


 うぐぐ、って顔をするジュライ。鉄面皮とは聞いていたけど、案外判り易いのな。


「俺は勘弁するよ」

「はー? いやいやそりゃ無ぇだろ」


 アイリス睛美姉ちゃん御用達の飯屋に連れて行こうとしたら、今度はジュライの相方がこれだ。っていうか、片方が飯食いに行くんだから普通連れ合うだろ。どんなパーティだよ。


「やっぱり、僕も遠慮します」

「おいおい男に二言は無いんじゃないのか? それとも何か? アンタら、人の姉ちゃん救ってくれた感謝の気持ちを無碍にする的なやからなのか?」


 しち面倒臭そうな顔を互いに見合わせる二人を余所に、ウェイトレスが伝票片手に注文を取りに来る。


「お決まりですかー?」

「ほれ、ここは奢るから。何でも好きなもん食ってくれって」

「「「やった!」」」

「姉ちゃん達は別なんだけど!?」


 観念したように項垂れた対面の二人。いや、こりゃ単身一人でここに合流したのは多分功奏してんな。アイナリィいたらジュライの奴、何が何でも逃げ出してそうな雰囲気あるぞ。


「……取り敢えずさ。アイツらには言わないでいてやるから」

「え?」

「間が悪いだろ? オレはほら、見逃してもらった貸しもある気がするし」

「見逃……あの、夜のことですか?」

「そ。ぶっちゃけあのタイミングだったらぶっ殺されてても何とかなってた気がするけど。結局、殺される瞬間に《変異シフト》してなけれりゃいいもんな」

「――っ!」


 オレの言葉に露骨な反応を見せたのはジュライじゃなくその隣の長身男だった。

 驚愕に見開いた双眸で見詰める視線に反してやれば、はっと気付いてそそくさとそれを逸らす。


「ジュ、ジュライ、こいつは……」

「あー、お察しの通りだよ。オレもコイツと一緒。“死んでる勢”ってヤツさ。で? アンタは?」


 ソイツの纏っている外套には、ジュライの左肩にあるような“切”の字が刻まれた装備は見当たらない。

 でも語る奴がいるんだ、隠す奴だっているだろう。いや、隠すってのは変だな、そもそもジュライが隠してないもんな。ってことは、仲間探しの旅路でコイツを見つけたジュライが、【七刀ナナツガタナ】の拠点アジトに連れ帰る途中?


「ショウゴさんも、僕達と同じです」

「ショウゴ? へぇー、んじゃ中身も日本人おんなじだ」


 あっぶねぇ――マジ今日のオレ、冴えてる。顔に出すことなくさらりと流せたオレ、マジ冴えてる。

 その名前を聞いて直ぐにピンと来た。恐らくコイツは、今オレたちが――正確にはセヴンとアリデッド、そしてユーリカが受けているのとほぼ同じ、若しくは似通った依頼クエストを受けている。

 ナツオと仲良くなっていてマジ良かったぜ。ショウゴと言えばナツオの仲間で、あの六人の生き残っているもう一人。

 確かナツオは、ショウゴは【七刀ナナツガタナ】に救けを求めに行った、って言ってたからな。しかしよりにもよってコイツ等を殺した張本人だぜ? あ、いや、そうか。牛飼七月ジュライがそこにいるってことは知らなかったんだよな。ならしゃーねーか?


 しっかし本当、どんな巡り合わせだよ。


「お待たせしましたー」


 デルセンという街は【アルマキナ帝国】の西南部に位置する片田舎だ。南の割と近くに【ダーラカ王国】との国境があって、おかげで気候が目まぐるしい。帝国ってのは大体何処もかしこも雪に覆われているけど、この辺りは夏にはほんの短い期間だけ死ぬほど暑い日が続くんだとか。

 ってことは、北に行けばもう雪国中の雪国で。殆どの農作物は自然には育たない。代わりに鉱物資源が豊富なのと広い陸地を利用した酪農なんかには秀でていて、王国や連邦なんかとは適度に距離感を保った貿易関係を続けているんだとか。


「うっま!」

「本当、美味しい!」

「……美味しいです」


 帝国で最も広く知られている飲み物と言えば、このだ。

 ただのミルクセーキじゃない――普通のミルクセーキと言えば、牛乳に卵を混ぜ合わせ砂糖とバニラエッセンスで風味を足したものだと思うけど、牛乳は牛乳だ。帝国が誇る歴史ある酪農が積み重ねた研鑽の上に成り立つ最高級の牛から穫れた乳だ。


 違うのは、卵だ。

 何と、このミルクセーキ――――卵は、ドラゴンの卵を使っている。


「本当っ!?」

「ドラゴンの……」


 アイリス睛美姉ちゃん友達パーティメンバー、リッカとレイナがそれぞれに驚嘆をかます。

 都市伝説みたいな、しかし紛れも無い事実だ。その卵を取って来る、なんていう野良依頼クエストまである始末だ。ちなみに、大手ギルドじゃ受けられない、悪巧わるだくみする弱小ギルドとか、ギルドを介さない路地裏の怪しい奴とか、そういう依頼クエストを総称して“野良依頼クエスト”。ああ、懐かしいな。オレも始めたての頃は随分とお世話になったもんだ。


「詳しいんだね」

「ああ。何せオレ、そもそもの出身は帝国だからさ」

「そうなの?」


 そう――冒険の始まりの地、自分の所属としてオレはこの帝国を選んだ。割と最初はちゃんと冒険者として振舞っていたけど、ある時から悪って奴の自由さに憧れるようになって。

 恥ずかしい導入だけど、今となっては、まぁ。それがあったから、今こうしていられるってのは、何だろうな――――


 それから次いで運ばれて来た料理を頬張りながら、割と仲良く冒険者談義に花を咲かせる。

 ショウゴは終始乗り気じゃないにせよ、ジュライが意外と質問すれば答えるし、掻い摘んで自分のことを話すのにも驚いた。てっきり、だんまり決め込むかなって思ってたんだけど。


「あ、そういやさ。お前、今レベル何?」

「僕ですか? ……78です」

「うっわマジかよ、一回りも違うじゃん」


 ちなみにショウゴって奴は34、アイリス睛美姉ちゃん達はまだまだ駆け出しで三人とも7。いいなぁ、始め立てはマジでレベル上がるんだよなぁ、このゲーム。


「まぁオレ、〔修練〕ばっかやってたからなぁ」

「僕も結構、〔修練〕に時間費やしてますよ?」

「マジ? ってかジュライさぁ、どの〔修練〕やってんの?」

「僕は〔王剣と隷剣〕です」

連邦ギルツか。オレは王国ダーラカの〔武侠の試練〕なんだけど、そっちどう? 結構大変?」

「どうでしょうか……人によって、それと武器によっても、結構違うみたいですけど……」

「まぁそーだよなぁ~」

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