192;菜の花の殺人鬼.15(牛飼七月)
「お、俺は加勢しないからなっ」
「勝手にどうぞ!」
本当に、情けない奴――――ショウゴさんへのそんな侮蔑じみた感想を吐き捨てた僕は、救けを求めてこちらへと必死に駆ける新米女性冒険者三人組とすれ違いざまに、もうあと数センチと言うところまで迫っていた巨獣の振り下ろされた剛爪に突き出した〈七七式軍刀〉の切っ先を合わせました。
本当に“突き”という斬撃は優秀です。こんな風に駆けながらも、振り被ったりする必要なんて無くてただ前に向けるだけで技が完成するのです。
後はただ巨獣の圧しに負けないよう重心を落として踏ん張れば、巨獣故の強烈な一撃ですから、勝手に相手は
ビギリッ――切っ先を合わせた爪が割れ散り、巨獣は唸りか悲鳴か判らない叫びを上げて二歩
灰色に濁った深い毛皮、涎を垂らし歯茎を剝き出しにする長い口許、ぴんと立った耳――おそらく〈インファントフェンリル〉です。流石に
ですが勿論、駆け出しの冒険者であれば苦戦は必死、寧ろ彼女たちのように救けを求めて逃げない方が愚かです。
ですので、僕にとっては多少物足りない相手ですが、しかし油断は禁物です。
「ショウゴさん、せめて彼女たちは守ってあげて下さいね」
言い捨て、構えます。
僕の視界の上端で《戦型:月華》という文字列が
そして文字列は途端に《初太刀・月》へと変わります。同時に僕が捉える世界の光景は急速に後ろに流れて行き、ぐるぐると唸って猛る鼻先がもう目の前にありました。
「しぃっ!」
しかし高速の突きが繰り出されると同時に、フェンリルは大きく後ろへと跳躍しました。攻めの気勢を感じて跳び退いたのです。
戦型スキルの《初太刀》から繋げることのできる《二の太刀》の中に、大きく後退した相手へ追撃できるような種類の型を僕は修得していません。
月華の《二の太刀・上弦》は追撃こそすれ近距離専用ですし、《二の太刀・下弦》は自らが
他に修得している戦型である雷吼や旋舞はまだFランクですからそもそも《二の太刀》スキルを得ていません。
つまり大きく退いたフェンリルを追うスキルは無い、ということになります――――でもそれが、大きく退いたフェンリルを攻撃できないということにはなりません。
「す――――ぅ」
鋭く息を吐きながら、短く吸ってぐっと丹田に力を込めます。
そうしながら、僕は未だ着地しないフェンリルへと向けて真っ直線に駆け出しました。
何度も言いますが、“突き”というのはただ切っ先を前に向けているだけで成立する、
既に《初太刀・月》で〈七七式軍刀〉の切っ先は前を、あのフェンリルを向いており。
ならばこのまま身体を思い切り前へと推し進めれば――“突き”は巨獣を貫けるのです。
「ああああああああ!」
「ッ!!」
着地した衝撃を柔らかい四肢の関節が吸収し、しかしその
唯一頭部だけが、単独で僕の突きを避けようと咄嗟に左方へ流れますが、やはり躱せない巨躯は〈七七式軍刀〉の鋭い切っ先を飲み込み、刀身の
「ヴォヲヲヲヲ!!」
即座に引き抜き、そのまま右方向へと刃を翻しながら薙ぎます。その一閃はフェンリルの右頬を斬り裂き、返す刀で下顎を強く斬り上げました。
「ガァッ!!」
「っ!」
大きく開いた口から夥しい冷気が放たれ、それは氷の
それを躱せないと悟った僕は考えるよりも先に《残像回避》を行使します――アルマ構成が同じレイヴンさんとの修行で培った技術、反応です。
それが発動してしまえばスキルの効果が持続する5秒間――レベルを16で割って小数点以下を切り上げた秒数です――の間はあらゆる攻撃が僕の身体を透過します。
ですので、そのまま僕はその間に何度も何度も斬り付け、スキルの効果が途切れる前にフェンリルを戦意喪失までに追い込みます。
「ぐる、るる……」
「……これで、終わりです」
再度、僕は《戦型:月華》を構えます。繰り出された《月》は寸分違わずフェンリルの眉間を貫き、びくりと跳ねた巨獣は大きく目を見開いたまま、だらりと力を失ってその場に倒れ伏しました。
近くに親がいるのでしょうか。それとも、所謂“はぐれ”でしょうか。フェンリルは兄弟同士で争い合って優劣をつけ、時折縄張りを離れて単体で彷徨う“はぐれ”が出ると聞いたことがあります。
「あのっ、ありがとうございました!」
声に振り返れば、三人組が駆け寄って来ては口々に謝意を表明しながら忙しなく頭を下げています。
その向こうで、手持ち無沙汰にしているショウゴさんはどこかばつが悪そうです。僕が勝てないとか、苦戦するとか、思っていたんでしょうか。
「いえ、困った時は助け合いですし、それに」
「はい」
「それに?」
「このまま放置できませんから、後処理は手伝って欲しいんですけど……剥ぎ取りってやったことは?」
「あ、あります!」
「結構最近までその練習してたんですよ」
「じゃあ分担してやりましょう。これだけ大きな個体ですから、面倒な分、かなりの量が採れると思います。売ればそこそこ儲かると思いますよ」
「えっ、本当ですか!?」
「やった!」
「こら、私たちが貰えるわけじゃ無いでしょ」
「あ、いえ……折半でいいんじゃ無いでしょうか? 僕は独り占めするほどお金に困っているわけじゃありませんから、そちらの取り分が多くても、と言うか逆に全部差し上げても全く問題ないですし」
「「「ええっ!?」」」
顔を見合わせる三人組。表情は驚愕と困惑と歓喜。ですがその歓喜の表情を、持ち主はぐぐっと飲み込んで遠慮へと変えました。
「いえ、でも、」
「流石にそれは悪いですよ」
「うん、喉から手が出るほど素敵な提案だけど、救けてもらって流石にそこまでは……」
「えっと、お金、困ってるんですか?」
どうやらそれは図星だったようで――彼女たちは依頼でこの先のラムソスに向かう途中であり、しかし前回の依頼を失敗させてしまって金欠になってしまったようで、そのために本来であれば護衛付きの馬車に乗ってラムソスへと向かう所を、その代金をケチって街道を徒歩で向かうことにしたそうです。
先程のフェンリルのような巨獣が街道に出没する噂を聞きつけた彼女たちは迂回のためにこの道を選んだようですが、運悪く、フェンリルはこっちの道に現れたと。
「ですから、命を救けていただいたのにお金も援助してもらうのは」
「流石に図々しいな、って思うわけでして」
「うんうん」
「それを自ら言ってくるのですから、あなた方は心の綺麗な方なんだろうと思います。なら、僕も気持ちよく援助できると言うものです」
「「「ええ~っ……」」」
二、三の攻防の結果、折れたのは彼女達でした。別に僕は折ったつもりは無いんですけどね。
「ありがとうございます」
「いえいえ。もし良かったら道中一緒に行きますか? 先程の〈インファントフェンリル〉がもう出ないとは限りませんし、僕達も結局はそちらへ向かっているので」
「いいんですか?」
「正直、
「そうしていただけると嬉しいです!」
「いいですよ、勿論。ショウゴさんも、それでいいですよね」
口を“へ”の字に結んでいる彼は、何も反論はして来ません。して来ても、それを認めるつもりはさらさら無いんですけどね。
「僕はジュライ、彼はショウゴ。短い間になるとは思いますが、どうぞよろしくお願いします」
「はい、こちらこそありがとうございます。私はアイリス、それからこっちが」
「レイナです」
「私はリッカって言います!」
「「「よろしくお願いします!」」」
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