191;菜の花の殺人鬼.14(牛飼七月)
「お仲間さんはこの街に住んでいたんですか?」
前を歩く長身に向けた言葉は、彼を舌打ちさせました。
「……仲間じゃない」
「かつての、と言った方が良かったですか?」
返答はありません。ですが、二度目の舌打ちなら聞こえました。
「あいつらのうち半分はここに住んでいたらしい」
「らしい?」
「ああ、聞いた話だ。だからあいつらが嘘を吐いていたなら俺には判らない」
ショウゴさんは殺された四人とは連絡こそ取ったことはありましたが、面と面とを突き合わせたことは無かったと言いました。
主に遣り取りをしていたのは殺された四人の中ならワタルさんという方で、またまだ生きている二人のもう片方であるナツオさんは頻繁に連絡を取り合っていたそうです。
ショウゴさんは彼の言葉を信じるのであれば、この世界で二度目の生を受け、今度こそ真っ当に生きようと彼らとの交流を断とうとしたみたいですが、ショウゴさんと同じことを考えていたナツオさんとはお互いに疑いながらも、それでも繋がりを断つことはありませんでした。
「ナツオの奴、所属ギルドで仲間に恵まれたって言ってたんだ」
「何処のギルドですか?」
「
「
「結構散り散りになったけど、全員
でも、冒険者になるタイミングが違ったため、六人全員が合流することは無かったみたいです。
ショウゴさんとナツオさんはそれぞれ、冒険者ギルドに辿り着く手前で僕も襲われた魔動機兵に襲われたのだそうです。
そう言えば僕も、このゲームを始めた当初はキャラクターメイキングを終えて雪原の中で魔動騎兵に襲われたものですが……あれって、
「
「らしい?」
「ナツオの奴がそう言っていたんだ」
「誰が殺されたんですか?」
「……アキだ」
あくまで情報の発信源はナツオさんで、ショウゴさん自身は自分で見聞きしたわけでも探し当てたわけでもありません。
思わず黙り込んでしまいましたが、とにかく件の林に行ってみることにします。
「ナツオさんは」
「は?」
「ナツオさんは、今どうしているんですか?」
振り返った顔を前に戻して、長弓を背負った長身の
「……アイツはアイツで、何処かに逃げ込んでいる、と思う」
「所属ギルドを放り出して、ですか? 縁に恵まれたのでは?」
「……恵まれたからこそ、迷惑かけたくなかったんだろ」
「成程。となると、逃げ込んだ先でもう殺されている可能性はあるわけですね」
またショウゴさんがビタリと足を止めます。ですが直ぐに歩みは再開されます。
「そうだったとしても、アイツはその直前にきっと俺に連絡してくるだろうよ」
「じゃあ今のところ、ナツオさんは無事なんですね」
「ああ」
きっぱりと言い切った背中は、歩勢を強めてぐんぐんと前進していきます。
何がきっかけなのか全く判りませんが、ぎゅっと気を引き締めた感じでしょうか。
虚勢――僕はそこまで頭のいい方ではありませんし、他人の感情の機微に疎いです。でもそんな僕にでも、この人の話の薄ら怪しい雰囲気には気付けるものです。
ぐっと胸を張った裏側のやや反った背中――まるで“このまま突き通そう”と意気込んでいるような。
この感覚は久しぶりです。
相手の隙を伺うどころか、出方を凝らして隙を作りそこを衝くような――――まるで、生前に他流試合で感じたような、でもショウゴさんの背中から
ですから、僕はこの距離を保ちます。抜き放った一閃で首を刎ねられるこの距離を。
初めて訪れるデルセンの街は、田舎町とは言え流石【アルマキナ帝国】の一角です。
路面は板金とはまた異なる硬質な板で舗装されていて、外敵から街を守るための防壁も
街のほうから見れば大小幾つもの歯車が嚙み合った機構を持つ門は大きく、大型の――それこそ僕たちが乗ってきたあの馬車がゆうにすれ違えるくらいです。
その機構の操作盤の傍らに立つ衛兵に〈冒険者登録証〉を見せ、僕たちは街から表の街道へと踏み出ます。
季節は夏真っ盛りですが、帝国領土の多くはそんな季節でも残雪を色濃く残すと聞いています。
ですが、ここデルセンは比較的まだ土色が多く覗き――特に街から街を繋ぐ街道はしっかりと舗装されています。街とは違い、硬質素材がびっしりと覆っている、ということは無いのですが。
大した会話も無いまま、先導されるがままに小一時間ほど歩き。
やがて街道は針葉樹林が生い茂る林に差し掛かり、それからまた小一時間ほど歩きます。
「確か、この辺りだった筈だ」
ショウゴさんが立ち止まるのに合わせて僕も距離を保ったまま足を止めると、すぐ左手に舗装されていない、けれども土が踏み固められた異なる道があるのが見えました。
「帝国は街道の整備はされているけど、それでも他の地域に比べて郊外の魔物の徘徊率が高いんだ。だからそいつらが出張って来たら、ああいった獣道を迂回しなければならない」
「……アキさんは、そこで?」
背中を向けたままのショウゴさんが頷きました。そしてそのまま、広い獣道をざくざくと進みます。
規則正しく植林された針葉樹はその高くに深い緑色の細い葉を茂らせています。
まだ日の高い昼下がり、茶色い鳥がわぁわぁと喚きながら翼をはためかせて飛んでいきました。
向こうから、行商と思われる二頭引きの馬車がやって来ます。御者に軽く会釈をしてすれ違った僕たちは彼らがやって来た方向へと迷い無く進みます。
「この辺りだった、と思う」
そう告げて深く息を吐き出したショウゴさんは深く被っていたフードを脱ぎ払うと、額の汗を袖口でぐいと拭いました。
彼の動きに注意を払いながら辺りを見渡してみると、分岐した道の交点の一際太い針葉樹の麓に、幾つかの花束が置かれていました。
「あれは?」
「ああ、多分、あそこだ」
その様子は、生前何度か見た、交通事故の起きた交差点のようでした。
「アキは殺される間際、この獣道の途中で行商に拾われたらしい。この花束は、行商とその行商が連れていた従者たちに手向けられたものだろう」
「詳しいんですね。まるで見聞きして来たみたいですが」
「……行商は護衛に冒険者を連れていた。そいつらは“不死の加護”があるから、殺されようが生きている。そいつらから聞いたんだ――って、ナツオの奴が」
それが何処まで本当なのか、図りかねている僕は、ふと目を細めました。
花束の木を背にすれば右に折れている道の奥から、息を切らせながら走って来る影が三つ――どれも女性の、恐らくは駆け出しの冒険者。
「あっ!」
「あのっ、たすっ、」
「助けてくださいっ!」
思い切り怪訝そうな顔を見せるショウゴさんの前にずいと身を乗り出した僕は、躊躇わずに腰の〈七七式軍刀〉を抜きました。そして、彼女たちを追い縋る四足歩行の巨獣を睨み付けるのです。
「おい、お前、まさかっ」
「冒険者の横槍は本来マナー違反ですが、助けを求められれば話は別です」
「お、俺は加勢しないからなっ」
「勝手にどうぞ!」
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