190;菜の花の殺人鬼.13(牛飼七月)

 相変わらず、ロアさんはクランに戻って来ませんでした。

 この組織を大きくするため――と言うよりも、まだ世界中に散り散りに離れている未だ発見されていない同類僕たちを見付けるために飛び回っているのです。

 ですから、ロアさんの代わりにクランには彼女に見付けられて諭された“死んでる勢”がちょくちょく現れます。それを受け入れるのも僕たちの役目ですし、クランメンバーの中にはロアさん同様に世界中を飛び回って“死んでる勢”を引き入れようと動く方も沢山います。


 ショウゴさんもそんな彼ら同様に、僕たち【七刀ナナツガタナ】の面々から声をかけられましたが、その時は断ったのだそうです。

 と言うのも、ショウゴさんは元々この世界ではいちゲームプレイヤーとして遊ぶという感覚は無く、偶々二度目の生を手に入れたことに混乱し、初めは魔物モンスターに脅えながら、ですがやがて“冒険者”という生業に慣れていったのです。

 そして拠点として身を置いていた街で出逢った方といい関係になり――そこで、今度は真っ当に生きようという意思を抱いたのだとか。


 かつての仲間たち――あの六人組の、です――とも邂逅を果たしましたが、ショウゴさんは生前むかしのように徒党を組むことを拒みました。

 彼の話によれば、今度こそ真っ当に生きると決めた手前、あの六人組が再結集となればその誓いを破ってしまうことにいつかなるだろうと予感したからだそうです。


 ……何て虫のいい。


 ナツオさん、というお仲間の方も再結集は拒んだとのことで、六人組は四人組と一人と一人に別れました。

 そしてその四人組が次々に襲撃・殺害され、現場には〈菜の花のブーケ〉が残されていた――今度は自分だ、若しくはナツオさんだ、と確信したショウゴさんは婚約者と別れ、単身このクランに救けを求めにやって来ました。


 それが、ショウゴさんのヴァーサスリアルでの物語のあらましです。


「……どうして、婚約者さんと別れてしまったんですか?」


 とにかく現場を検めないことには何も解りません。

 僕たちは殺害された四人組が拠点としていた街へと向かい、そして今最寄りの駅で乗り換えた馬車の中で揺られながらお話を続けているところです。

 定められた街道を巡回する馬車はバスさながらで、何と停留所のことは“馬車停ばしゃてい”と呼ぶのだそうです。“バス停”みたいで懐かしさを覚えます――本来なら。


「そりゃあ、アイツにはアイツの生活圏があって……それに、俺と一緒に逃げて来たって、もしその殺人鬼にばったり遭遇したら」

「守れる自信が無い、ってことですか?」


 ショウゴさんはぐったりと項垂れたまま否定しません。

 確かに彼のアルマは弓士アーチャー系統の《狩人ハンター》です。

 銃士ガンナー弓士アーチャーは基本的には遠隔攻撃に秀でたアルマで、スキル構成を鑑みれば接近しての白兵戦ではその真価を発揮できないと認識していいのだそうです。

 ただし二次職セグンダまで辿り着けば、選択肢の片方は近接戦闘も行えるようになります――銃士ガンナー系であれば《銃剣士バヨネット》、弓士アーチャー系であれば《勇士ブレイヴ》――が、ショウゴさんが二次職セグンダで選択したのは狩人ハンター》です。

 辛うじて、銃士ガンナー系のもう片方の二次職セグンダアルマである《砲兵カノン》に比べれば多少は近接戦闘にも寄るのですが、如何せんやはり遠隔戦闘に傾倒したアルマです。とても、誰かを守りながら戦うということには不向きなのです。


「……そもそも、襲われないように生きてれば良かったのに」

「え?」


 おっと。つい呟いてしまったようです。

 何でも無いとにこやかに流して――果たして僕の表情が思い通りの形になっているかは定かではありませんが――目的の停留所に着いたようですので二人で下車します。


「な、なぁ」


 御者が手綱をびしりと張った馬車は再び駆け出し、ほろが覆う大きな屋形はがたがたと僅かに揺れながら遠ざかっていきます。

 それを見送っていた僕に、ショウゴさんはおどおどと声を掛けてきました。


「何でしょう?」


 外套のフードを目深に被っているのにショウゴさんはきょろきょろと忙しなく辺りに目をくばせながら、だらだらと汗で顔を濡らしています。

 日差しは強く、今日は風も穏やかです。ですがその汗はそれだけの、気温が高いだけのものでは無いことは明白です。


「お、お前の仲間は、何処にいるんだ?」


 僕たちクラン【七刀ナナツガタナ】はこのショウゴさんの依頼を受けることにしました。同時に、ショウゴさんの所属を変更し、彼もまたクランメンバーとなりました。

 彼の面倒を見るのは主に僕で、だから僕は彼と一時的にパーティを組み、ショウゴさんや彼のかつての仲間だった四人の殺害現場を捜索し、彼らを襲おうとしている殺人鬼の正体に繋がる何かを探すという依頼クエストを受注しました。


 と、言うか。


 ショウゴさんが本来は依頼者である筈のこの依頼クエストは、ショウゴさんが僕たちのクランメンバーになったと同時にそんな依頼クエストに変わったのです。

 ゲームの内部で、そう言った処理がなされたのでしょう。ステータス画面から依頼クエスト詳細を確認すると、確かに昨晩ショウゴさんから受けた時とは内容が変わっているのです。


 それはそれとして。


「仲間って……別に、いませんけど」

「は? ってことは、お、おおおお前独りなのか?」

「独りでは無いでしょう、あなたもいることですし」

「いやっ、おかしいだろっ!?」


 そもそも僕はクランメンバーではあっても、クランの誰ともパーティを組んでいないなのです。そこに関してはロアさんと一緒です。

 なので、今現時点でこの依頼クエストをこなすパーティは僕とショウゴさんの二人だけ――一応、クランメンバーに迷惑をかけたくないとか、そういう思惑はあるんですけどね。


「……帰らせてもらう」

「それは別に構いませんが、依頼クエストを途中で放棄したとなると失敗扱いですよ?」

「俺が依頼者なんだから別に構わないだろ」

「後、ここで投げ出したらクランは二度とあなたを守ろうとはしないと思います」

「何でだよ、俺も一応クランメンバーになっただろ」

「僕、ロアさんに気に入られてますから」

「はぁ?」

「ロアさんだけじゃないです。レミィさんやロミィさん、レイヴンさん――僕も一応、クランの初期メンバーですから。意外でしょうけど、僕、クランの中ではそこそこ地位もあるんですよ?」

「……何が言いたい」

「もしかして理解できませんでしたか? ここで投げ出したら、僕があなたをクランから追放する、って意味ですけど?」

「――っ」


 この人に絡むと、自分でも驚くほど感情が剥き出しになってしまいます――それも、ささくれて血が滲み、熱を持ってしまった感情です。

 僕ですらこんな僕は嫌なんです。気持ち悪くて、くらくらと眩暈がしてしまう。ですから、他のクランメンバーにもこんな僕のことは見せたくは無いんです。


「ご理解いただけましたら、早速案内してくれませんか? 僕、このデルセンという街は初めてですから」

「~~~~っっっ!」


 傍目からでも判る程に奥歯をぎりりと噛み締め、それでも何も言わずにショウゴさんは踵を返して歩き出しました。

 隙だらけだなぁ、と思いながら――僕は彼の背中のすぐ後ろに付いて行きます。

 およそ1メートル強の距離を隔てて――この間隔なら、抜刀して直ぐに首筋に刃を振り抜くことが出来ますから。

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