189;菜の花の殺人鬼.12(姫七夕/須磨静山)
議題はパーティの誰がどう動くか、に
まずぼくたちは差し迫っているレイドクエストに向けて、パーティ全体の底上げを図りたいと考えています。つまり、レベリングやクエストクリアによるレベルアップを見込みたい。
次に、アイナリィちゃんのお父さんやスーマンさんのお姉さんたちの面倒を見る必要があります。特にアイナリィちゃんのお父さん――レナードさんはレイドに挑むようですし、スーマンさんのお姉さん――アイリスさんたちはどうしたいかは判ってはいませんが、スーマンさん曰くお姉さんの通っている大学は来月いっぱいまで夏休みということで、きっとヴァスリに入り浸る筈だ、とのことです。
そして正式に受注する運びとなったナツオさんの護衛依頼。
それらを鑑みてアリデッドさんはパーティを二分することを提案しました。
「まず、スーマンとアイナリィがそれぞれの家族の面倒を見るチーム、そして俺とセヴンとユーリカでナツオの護衛だ」
「ええー、うち嫌やぁ!」
「お前は……だろうな」
「万歩譲ってお兄様と離れるんは我慢するで! やけどスーマンと一緒とかめっちゃ嫌やん!」
「そういうとこ正直だよなー、感心するー」
もうすでにその口振りに慣れたスーマンさんがほんわかした表情で返します。
「流石に俺はナツオの護衛に就く。ユーリカも監視役を名乗り出た以上、別ってわけにもいかない。で、セヴンは正直アンバサダーの仕事もあるからチーム活動は不定期になる。なら、この分け方しか無いと思うんだが……?」
尖り気味な薄い唇を更に尖らせて無言の圧力をかけるアイナリィちゃんですが、しかし言葉で返せないのは理屈では分かっている証拠です。
そんなアイナリィちゃんの頭にぽんと手を置いたアリデッドさんは、短く嘆息しながら「レイドの時は流石に一緒に動くさ」と窘めます。そしてその頭ぽんが効いたらしく、アイナリィちゃんはもじもじと身動がせながらもやがてこくりと小さく頷きました。いじらしいアイナリィちゃん、kawaiiの極み!
「セヴンは確か、午後から会議だったよな?」
「はい、ごめんなさい……」
そうです。今日はレイドクエストについての会議がまたあるんです。アンバサダーとして頑張りたい気持ちは120%を超えているんですが、流石にこうも何度も自分のパーティに負担を強いていると、申し訳なさも120%と言いますか……。
「じゃあ俺はユーリカと一緒に、ナツオの仲間を襲ったっていう奴の足取りを追う。ユーリカもそれでいいな?」
「ああ。それにアンタと一緒の方が、
ユーリカさんはナツオさんの件があるのか、いつもより元気は少な目です。ですがそれはやる気が無いのではなく、いつもは豪快に燃やしている火を凝縮しているから、という感じにも思えます。
「じゃあナツオさん。案内、よろしくな?」
「あ、ああ……分かった。ただ、旅支度をする時間が欲しい」
告げて、ナツオさんはジーナさんとお話をしに席を外しました。話がまとまったのでぼくたちもそれぞれで支度をするために自室へと向かいます。
「あ、オレちょっとトイレ」
「言わんと行きぃ!」
スーマンさんは相変わらずです。おかげでアイナリィちゃんも――ナツオさん側じゃないからかも知れませんんが――さっきよりは随分といつもみたいな明るさが戻って来ました。
でもやはり、心苦しさは確りと胸の中に残っています。
この依頼を受けることは、アイナリィちゃんやユーリカさんの意思を完全に無視しているからです。あの二人は納得こそしてくれたものの、本来は反対派の筈です。特に、アイナリィちゃんは。
◆
「なぁ」
「え?」
ジーナに案内された倉庫でナツオさんは支度を進めていた。
へえ――本当に旅支度したかったんだ、って思った。まぁ、今はまだ、かも知れないけど。
「スーマン君……」
「アンタも大変だな、仲間が襲われるわ、逃げて来たら依頼を頼んだ冒険者にどつかれるわ」
止めた手で苦笑した口元を覆うナツオさん。オレは昨晩、逃げ出そうとしたこいつを捕まえて色々と根掘り葉掘り事情を聞き出したもんだから、その時の遣り取りのおかげで結構打ち解けた感じだ。
だからナツオさんはさっきまでとは打って変わって、きっと本来の表情を灯してオレに相対する。ここにはアリデッドはいないからな。いやぁ、ブチ切れたアイツがあんなにヤバいとは思って無かった。今更だけど敵に回したくねーな。
「良かったな」
「何が?」
「旅装。ジーナが好きなもの持ってっていいって言ったんだろ?」
「ああ、……本当、恩に着るよ」
「まぁアンタももうこのギルドの一員だからな。あ、でも
「分かってるよ。……それでも、感謝しなきゃ」
「……だな。――――で」
オレは入口近くの壁に凭れて、再び背嚢に荷物を突っ込むナツオさんをじぃと見ながら訊ねる。
「何でうちのギルドなんだ?」
「え?」
またも手を止め、しかしオレを振り向かないナツオさん。
組んだ腕のまま、まさか質問の意図を理解していないだろうナツオさんに次の言葉を投げ付ける。
「だってさ、普通はダーラカ王国なら【黄金の双翼亭】訪ねるだろ? うちのギルドもそこそこ成長しては来てるけど、あっちは王国最大手だしな。登録してる冒険者の平均レベルもあっちが上だし? アンタがうちに来る理由は無いと思うんだけど?」
「――――、」
手は止まったまま、次に背嚢に入れようとした〈ライフポーション〉の瓶に伸びたままだ。
少しだけ待ってみたが、一向に答えは教えてくれない。ま、そうだと思ってはいたけど。
「ふーん、だんまりね。まぁいいよ、今回アンタの担当オレじゃないしさ」
「いや、そのっ……」
「いいっていいって。別にさ、一つや二つくらい言いたくないこと秘密にしたいことなんてあんじゃんか、人間だしさ。それにアンタがさっき自分で言った言葉を違えないんだったら何の問題も無いわけ。アンタが善人なら別にさ。でも――」
「……でも?」
漸くこっちを、吃驚するくらいゆっくりと振り向くナツオさん。
ほんのりと翳った表情は、まぁ薄暗い倉庫のせいってことにしておこう。
「――オレと同じ悪人相手に容赦とか出来ねーんだよ。何つーの? 同族嫌悪的な?」
ごくり、と唾を飲む音がやけに響いた。
「アンタがどうかは知らないけどさ。オレたちパーティの全員、仲間意識強くってさ。勿論オレもな? だから――ま、言わなくても分かるよな?」
組んだ腕を解いて、凭れた壁から離れて。
そして踵を返して出る倉庫。背中越しに感じる気配は、特に何とも無くて。
後ろ髪を引かれつつも自分の支度へと戻る。
「……気持ち悪っ」
ぼりぼりと頭皮を掻き毟る。そんな俺を、少し離れた所でレクシィが眉の端を垂らして見ているのが目に付いた。
神妙な面持ち、って言うのかな。
「どした?」
「いえ……その、」
さっきのアリデッドじゃないけど、綺麗な
「心配?」
ギルドの職員しか本来入ることの出来ない通路に人気は無い。
だからか、レクシィは徐ろにオレの胸に身を寄せては頭を預けて来る。
アリデッド達は敢えて話さなかったと思うけれど、でもオレはそれが出来なかった。
オレは名ばかりかもしれないけれど、一応この子の“騎士”だ。そうある以上、精神的にも守らなければならない、案じなければならない立場にある。
だからレクシィにはナツオがどういう人物であるか、生前何をしてこの世界に生まれついたかを包み隠さず話してやった。
ジュライのこともそれとなく断片的に話してきたけれど、いい機会だから改めて説明した。
そしてレクシィは案の定、そんな奴を庇わなければいけない今回の
決して頭の悪く無い彼女は、だからこそオレなんかでも気付ける疑問にぶち当たり、ナツオさんを救けることの是非に押し黙る。
きっと、ジュライの件が無ければここまでややこしくなることは無かっただろう。だってさ、そんな奴の頼み引き受けられるか、で一蹴できてしまうんだぜ?
レクシィは実際に被害に遭った。アイナリィは危うくその被害者になるところだった。
今回の依頼人は、その、加害者側だった人間だ。
「でもな、レクシィ。オレだってそうだったんだぜ?」
邪教の頭に成り下がっていた時、オレはあいつらと一緒だった。
結果的にそうならずに済んだけども。まぁ、あいつらはヤッた側だけどな。でもそれを言ったら、何を、の部分は違うけどジュライ――牛飼七月だって一緒だ。
「大丈夫さ。アリデッドもいるし――」
また頭をぽんぽんとしてやる。それでもまだ、レクシィの表情は微妙だった。
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