188;菜の花の殺人鬼.11(姫七夕)

 結局、ナツオさんは自分から申し出て登録ギルドを【砂海の人魚亭】に変更したことを、翌日のログイン時にスーマンさんから聞きました。

 一通り話が落ち着きぼくたちがログアウトした後でナツオさんは逃げ出そうとしたそうです。そこを、偶々夜風に当たるために表に出ていたスーマンさんと鉢合わせて――


「じゃあ、スーマンさんはもう」

「ああ、大体全部聞いた」


 相変わらずボサボサの頭をわしわしと掻きながら嘆息するように吐き出すスーマンさん。

 いつもは快活にあっけらかんとしている彼も、流石にナツオさんの素性にはそんな表情を見せます。


「逆に納得したけどなー。ほら、アリデッドがさ、あんなにブチ切れるってあんま無いじゃん?」

「お前聞いたのか」

「おお、噂をすればってヤツだ」


 現れたアリデッドさんは、蜥蜴顔でも判る程げんなりとしていました。それ程までに昨日のことは恥ずべき行為だったのでしょう。


「おはよーさん!」

「おはよう」


 アイナリィちゃんに続いてユーリカさんもレストランのテーブルに集まってきます。それから遅れて、件の依頼者が恐る恐るやって来ました。


「……」

「おいおい、朝の挨拶はおはようだろ」

「お、おは、よう……」


 スーマンさんに窘められ伺うような視線とともに呟くような挨拶を投げたナツオさんはやはりおどおどとしています。彼にとっても、昨日の出来事というのはとても深く心に刻まれているんです。良くない意味で、ですが。

 しかし当の視線の向かう先の蜥蜴顔はもう吃驚するくらいのお澄まし顔で、剰え横目でちらりと隣でくっつくアイナリィちゃんに目線を送っています。んんん、珍しいぞ???


「じゃあ、打ち合わせよう」


 告げて、アリデッドさんがナツオさんに漸く視線を返し、同じテーブルに着くよう催促の目配せを投じます。

 躊躇いがちに席に座ったのを確認したアリデッドさん、話はこほんという一つの咳払いで始まります。


「昨日予め決めてはいたが……このナツオの依頼を正式に受けることにした」


 誰しもの視線はアリデッドさんに向けられていて、それはナツオさんに移ろうことはありません。


「で、だ。そのことについて、昨日とてつもなく恥ずべき場面を見せたことについてはこの通り、申し訳なかった」


 ミサイル弾頭みたいな頭が下がります。それを、やはりぼくたちは静かにじっと見詰めます。


「依頼人の素性については、……俺としては出来れば共有したいと思うんだが」


 と、ここでアリデッドさんがナツオさんをじぃ、と真っ直ぐに見ます。慌てたように目線を逸らしたナツオさんは、しかし今度は自分に全ての視線が向けられていることに目を丸くし、きょろきょろと忙しなく黒目を泳がせています。


「……いいのか? それとも、黙っておいた方がいいか?」

「ぅあ……っと……」


 下顎の先が仄かに震えています。


「ぼくは、共有した方がいいと思いますが」

「まぁ、そうしてくれた方がオレも助かるわな」


 アイナリィちゃんとユーリカさんはぼくたちの言葉に僅かに顔を顰めさせながらそれでも言葉を、判断を待ちました。

 唇を噛むナツオさんはやがて、観念したように声を絞り出します。


「……分かった。話しても、いい」

「――――オタクが話してくれれば楽なんだがな。まぁ、当事者故の変なフィルター通されても嫌だし、俺から話す」

「ぅう……」


 そして淡々と、実に事務的に、ただただ事実だけが羅列されます。

 ナツオさんがかつての仲間と六人でナツキ君の妹であるナノカちゃんを犯し、それを受けてナツキ君が『死にたい』と口にしたナノカちゃんを、そしてその後六人を殺害した事実。

 その結果ナツキ君は死刑囚となり、二年前に他界した事実。


 その断片的な物語が進む中で、予想通りアイナリィちゃんとユーリカさんの表情は形相へと変わっていきます。

 ですが隣り合う二人の外側に位置するアリデッドさんとスーマンさんが、今にも飛び出しそうな二人をカバーしています。


 アイナリィちゃんは暗殺者ギルドにになって、すんでの所で助かりました。

 ユーリカさんにそういった、或いは似た経験があるかは知りませんが、でもユーリカさんはとても仲間想いで、筋や芯の通った人です。

 二人がそうなるのは簡単に予想出来ました。そして――


「なんでそないな奴のケツ持たなあかんねんっ!? ふざくんなっ!!」

「悪いけどアタイもアイナリィと同じ気持ちだ。なぁアリデッド、何でコイツなんかの依頼を受けなきゃいけないのさ。納得出来る答え用意してんだろうな?」


 本域でキレるユーリカさんの凄みは半端じゃなく――でもアリデッドさんは全く引いていません。

 それどころか、冷血動物の淡々とした視線をただただユーリカさんとアイナリィちゃんに返すのです。


「……ジュライに、俺達は戻ってきて欲しい。違うか?」

「「はぁ?」」

「ジュライは殺人犯だ。あいつも罪を犯した。こいつと何が違う? やったことの重さで言えばジュライの方が重い。それを、ただ付き合いがあるからってこいつよりも優遇するのか? それこそ何でだ?」


 面食らった顔で二人が顔を見合わせます。


「アイナリィちゃん、ユーリカさん。ぼくも、アリデッドさんと同じ気持ちです」

「セヴンちゃん……」

「セヴン……」


 少し狭まった気道でどうにか息を繰り返して、固めた空気に震えを宿してぼくは吐き出します。


「ナツキ君は、経緯はどうあれしてはいけないことをしました。それは変わらない事実で、そしてどういうわけかこの世界に二度目の生を受けて、だからこそぼくはナツキ君と出逢えて……でも、彼がしてはいけないことをしたんだって事実は消えません」

「でも、ジュライは」

「せやで。ジュライは死んで、生まれ変わったんとちゃうか?」

「それを言うなら、このナツオさんだって同じです。同じ条件です」

「いや、でも」

「ジュライとそいつはちゃうやんか」

「違いませんよ。してはいけないことをして、その結果亡くなって、そしてここにいる。ぼくたちに赦す赦さないをどうこうすることは出来ないですが……それでも、ナツキ君に、ジュライに戻って来てもらうなら、……同じように、ナツオさんだって認めなきゃ」


 また、二人は顔を見合わせます。

 そこに、今度はスーマンさんが頬杖を突きながら横槍を入れました。


「オレなんて、この世界に入ってから悪いことしちゃってっからさー。アリデッド、その節はすーまん、なんちて」

「お前ぶっ飛ばすぞ」

「はは、悪い悪い――まぁこうやってさ、謝って、赦すかどうかは知らないけど受け入れて貰うってのは確かに必要なんじゃね? このナツオさんもさ、ヴァスリじゃ善人になってるかも知れないしさ」

「ち、誓うっ! 都合がいいって思うかも知れないけど……俺は、この世界ではもうまともに生きたいって、そう思ってて……」

「なら、その言葉を本気でしか無いだろ?」

「疑う? 信じるじゃなくて?」


 アリデッドさんの言葉にスーマンさんが言及します。


「信じられるわけ無いだろ。それでもこいつがこう言っている以上、結果で示してもらうしか無い。勿論一度きりじゃ確かめにもならないから、示し続けて貰うしか無いんだが」

「あー、なるほどね。でもそれだとギルドをここに変更してくれたのはありがたいな。後追い楽だし」


 肝心の二人はまだ不服そうな表情です――その気持ちも、痛いほど分かるんですけどね。


「兎に角――ジュライを追う以上、こいつの依頼は受けなきゃ駄目だ。俺はそう思ってる」

「……分かったよ」

「ユーリカ姐さん、ほんま?」

「ああ。……でもそいつの監視役はアタイがやる、それは許可しろよ?」

「願ったり叶ったりだ。丁度、これからその辺の話がしたかった」

「ほんま……?」


 そして恒例のパーティ分けに移ります。そう言えばぼくたち、パーティとしてまとまって動いたことって無いんですよね。でもそれも、ちゃんと揃ってからの楽しみに取っておくんです。

 その未来までは少し遠くて、少し痛いですけど。

 でもその未来を楽しみにするぼくは確かにいて。だからこそこうして、ちゃんと前を向いていられるんだと思います。

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