184;菜の花の殺人鬼.07(姫七夕)
「――“Apply for Using of Authority.”」
「こここ今度は何だよっ!?」
光が泡となって細かく灯り、それがぱちぱちと弾ける度にナツオさんは激しく身震いしてはわたわたと慌てふためきます。
「完了。何、オタクの所属をこのギルドに書き換えただけさ」
「書きっ、え?」
「例えばこの先、オタクが何処でのたれ死んでも――死に戻るのはこのギルドの一室だ」
「???」
「鈍い奴だな……そうすりゃ俺が何回ぶっ殺してもまた何度もぶっ殺せるだろ?」
嘲笑うように牙を見せる破顔は、でもとても楽しんでいるようには見えませんでした。
当然です。
こんなことで楽しむような人は、あんな風に激昂なんてしません。
「おお、おおおおい、なな、なな何ななな何するすするする」
「落ち着けよ」
へたり込んだナツオさんの前に屈み込んで片膝立ちになり、そしてその前髪を太い五指でくしゃりと握り上げたアリデッドさん。
そのまま、立ち上がっては立ち上がらせます。
「ひ、ひひっひひ、ひぃひっひひぃっ」
「よく考えろ――俺達が何でオタクを救けなきゃいけないんだ?」
「ひゃ、ひぃ、っ、ぃっ、ひ、」
「タスケテクダサイタスケテクダサイってよ――オタクら、そういう言葉を散々吐かせては踏み付けてきたんだろ? 自分がそうされても文句ひとつ無い筈だろ?」
ぶるぶると小刻みに首を横に振るナツオさん。ですが前髪を思い切り掴み上げられているせいで上手く動かせない様子です。
「オタクらが無碍にしたんだろ? 聞き入れなかったそんな言葉を、どういう神経で今オタクは口にしてんだ? それとも何か? オタクは救けられるほど価値がある人生送ってんのか? ひどい有様以外の何様だ、言ってみろよ、教えろよ!」
「ひぃ、っ、ひっ、ひっひっひひっ、ぃっ、ごご、ごべ、ごぼべ、ごべ、ご」
「謝ってんのか? オタクが俺に何をしたんだ? 何か迷惑かけたのか? どんな酷いことしたってんだよ、この俺によ! 何をオタクは今謝ってんだよ、なぁ!」
壁に押し付けながら持ち上げたナツオさんの頭を両手で掴み、何度も何度もアリデッドさんは壁に叩き付けます。
傷つけると言うよりは恐怖を染み込ませるためのようなその行為に、ですがぼくはぎゅっと唇を噛んでまだ待つことを決めました。
まだ。
まだです。
アリデッドさんは激しく怒りを
床を思い切り踏み付けて大きな音を出そうとも、ナツオさんの身体を直接は蹴らないのもその証拠の一つ――なら、ぼくはまだ止めるべきじゃない。
「何様だって訊いてんだろ、何なんだって訊いてんだろ! さっさと答えろよ、聞こえない耳なら引き千切ろうか!?」
「ぃぎっ、びっぎが、ぁああああばばびばば」
掴んでいた前髪から手を離して、襟元をぎゅうと締め上げます。
途端にナツオさんの顔は真っ赤を通り越して紫色に変色して、ぐるぐると慌ただしく狼狽えていた黒目もぼんやりと瞼の裏に消えて行きます。
「おいっ!!」
ダガンッ――再び後頭部が壁に激突し、失いかけた意識を取り戻したナツオさんが喚き始めます。
ですが首元を絞められているのですからそれもやっぱり
「何してんだよ!?」
ダン、と扉を開け放って入って来たスーマンさんの後ろで、ジーナちゃんとレクシィちゃんが驚愕に目を見開いています。
そうですよね、いつもはとても穏やかで理知的なアリデッドさんがこんなにも激昂するところを見れば、誰だってそうなっちゃいますよね。
「やめろ!」
「っ!」
「がっ、げ、ぇっ、っほ、げっほ、げほっ――」
解放されたナツオさんがまた床の上にへたり込み、息を吸っては吐くことに躍起になっている側で、スーマンさんは爬竜の巨漢を何とか抑えつけています。
「依頼人だろっ、何考えてんだっ!?」
「――――
しかしやはり体格の差、強靭の差で振り解いたアリデッドさんは――けれどもうナツオさんに食い掛かりはせずに、諍いに倒れた木の椅子を戻してそこにドカッと腰掛けました。
「ナツオさん」
「ひ、ひゃぃっ!」
「安心してください。あなたはぼくたちが必ず護ります」
「……ひゃ?」
涙と鼻水と涎まみれのどろどろの顔を呆けさせナツオさんは、ぼくの言葉の意味を理解出来ていないようでした。
ぼくはもう一度、今度はしゃがみこんでなるべく目線の高さを近付けてから、真っ直ぐに彼の目を見据えて繰り返します。
「ぼくたちはナツオさんの依頼をお引き受けします」
「本当にいいんだな、セヴン」
溜息交じりにそう訊ねたアリデッドさん。でも全く同じ疑問を投げかけるナツオさんの視線と、その言葉の裏にある真意は全く別だということをぼくは解っています。
アリデッドさんも、ナツオさんの依頼を受けなければならない――いえ、断ってはいけないことを知っています。
「……セヴンの言った通りだよ、ナツオとやら。俺たちはオタクの依頼を引き受けるし、引き受ける以上は全力を尽くしてオタクを護る」
「へぁ、は、ぁは、ふぁい……」
「後、オタクの拠点をここに移したってのは嘘だ。流石にこのギルドに迷惑かかるだろうからな」
ジーナちゃんとレクシィちゃんがきょとんと顔を見合わせます。
がたりと席を立ったアリデッドさんは、訝し気に眉根を寄せるスーマンさんを擦り抜けて談話室を出て行こうとし、そのスーマンさんに捕まります。
「おい、何処行くんだよ」
「依頼を受ける受けないの話は終わった。詳しい話は明日の朝にでもする。今は少し、水でも被りたい気分なんだよ」
「頭冷やしたいってことか?」
「……全部を言わずとも察してくれるのが日本人の美徳だと思ってたけど?」
「何だよそれ。あ、もしかして馬鹿にしてる?」
「十中八九そうだな」
さらりと流して部屋を出るアリデッドさん。スーマンさんはその背中に溜息を吐いて、そして未だ腰を抜かしたままのナツオさんに手を貸して立ち上がらせました。
エンツィオさんの計らいでナツオさんにはギルドの一室が宛がわれました。
本来であればそのままの流れでギルド側に依頼者登録や依頼発注の段取りなどをするらしいのですが、アリデッドさんにこってりと絞られたナツオさんの精神状態ではそれもままならず、そのためそれも翌朝に、ということになったのです。
ぼくもぼくで、ログアウトをして夜風に当たるついでにコンビニへと出掛けようと玄関のドアを開けた時。
エレベーターホールへと向かう大きな背中を見付けます。
駆け寄り、追い越してから振り向くと――ムスッとしたイケメン外国人がぴたりと足を止めました。
「こんばんは」
「……おう」
「何処に行くんですか?」
再びエレベーターホールへと廊下を歩きながら、何処か恥ずかしそうに首元を掻いてシーンさんはぶっきらぼうな口調で答えます。
「ちょっとそこまで、だよ。
「ぼくも、ちょっとそこまで、です。少し夜風に当たりたくて、あとアイスが食べたくなっちゃって」
「アイスね……俺もちょうどそういうのが食べたいと思ってたんだ。奢ってやるよ」
「えっ、いいですよ。悪いです」
「アイスぐらい大したもんでも無いだろ――そんなんじゃ見合わないくらいのことをさせてるわけだし」
「それって……ナツオさんのことですか?」
「それも含めてだよ」
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