183;菜の花の殺人鬼.06(姫七夕)
『頼む……俺を、守ってくれ』
その方は名を“ナツオ”さんという、ぼくたちと同じ冒険者さんでした。
冒険者は死んだとしても“死に戻り”が発生しますから、本来死ぬことがある筈なんてありません。
そしてナツオさんは事実、この世界で死んだことがありません。
でも必死に、「死にたくない」と「殺される」とを何度も繰り返しました。
顔を見合わせたぼくたちはやがて、彼の言葉から一つの事実に辿り着きます。
そう――“死んでる勢”です。
そこまで思い至って――――ぼくと、そしてアリデッドさんは、彼の正体に気が付きました。
半信半疑。出来れば、その推測は当たってほしくはありませんでした。
「……悪い、俺とセヴン以外、席を外してくれないか?」
「は? 何で?」
スーマンさんが眉を顰めます。ですが有無を言わさず首根っこをひっ捕まえて引き摺るユーリカさんに連れられて、喚きながらも退場してくれました。無論、レクシィさんも慌ててぱたぱたと追い縋ります。
「せやったら、わいも一端ログアウトしとこうかな」
「そうですね、時間も時間ですし、私達も……」
レナードさんにアイリスさん達も。
「うちもいない方がええん?」
「ああ。こればっかりは、俺がお前達に明かしていない俺の秘密に関わる」
「セヴンちゃんはええの?」
「セヴンは知ってる」
アイナリィちゃんが驚いた目でぼくを見ます。何だか申し訳ない気持ちになって、彼女はいてもいいんじゃと進言したぼくでしたが、アリデッドさんは頑なに首を縦に振りません。
「切り札ってのは切らないからこそ意味が出て来る。それに……違う意味でも、俺とセヴンだけの方がいい」
しゅんと項垂れるアイナリィちゃんですが、でも後ろからぽんと頭を叩かれ振り向き、そうしたレナードさんにむっとした表情を向けます。
「仲間やったら信用せな。それに、秘密もいつか打ち明ける日が来るやろ。それは今やないって言うだけの話ちゃうか?」
言及しようとしたアイナリィちゃんはしかし言葉に詰まり、またアリデッドさんを見上げます。
「レナードの言う通りだ。約束する、ちゃんと話す時は来る」
「……ほんまやで?」
「ああ」
「ほんまのほんまやで?」
「しつこいで」
「レナードは黙っとき! ……ほな、待っとるわ」
ひとつ小さく頷いたアイナリィちゃんは、レナードさん達同様にギルドの自分の部屋へと戻っていきました。
アリデッドさんはジーナちゃんに秘密のお話用の個室を借りるお願いをし、そしてぼくたち三人は奥の小部屋へと入ります。
「さて……オタクにも、俺の秘密を一つ見せて差し上げるんだ。それなりの対価は貰おうか」
「は、……対価? 対価って、何を?」
「秘密の対価って言ったら、そりゃあ秘密だろうよ」
ドアの内鍵をガチャリと閉めて。
アリデッドさんはそして、左手をすっと差し出しました。
「――“Apply for Using of Authority.”」
久しぶりに見ました、アリデッドさんの
でも、何のために?
「な、何だよっ!?」
「
真っ直ぐ伸びる屈強な豪腕の先端。
びしっと伸ばされた指先に白い光が灯ります。
その唐突さにナツオさんは慌てふためき、ですがそれを諫めるようにアリデッドさんはぎろりと睨み付けています。
まるで「忌々しい」とでも言うような目付きは――ある種の敵意すら感じられ。
そして徐々に強くなっていく光はやがて共鳴するようにナツオさんの身体にも灯り、その輪郭を白く染め上げていきます。
「お前を、暴く」
「な――っ!?」
◆]管理者権限の行使の申請を確認[◆
◆]……申請を承認[◆
◆]プレイヤーキャラクター:ナツオ
の
プレイヤー情報
を
管理者権限に基づき公開します[◆
ぼく達のちょうど間に浮かび上がった
そして一つ瞬くように、その表示は移り――――
◆]キャラクター名:
……ナツオ
プレイヤー名:
……
年齢:
……21歳
国籍:
……日本国
最終経歴:
……大学生
最終所在地:
……日本国東京都板橋区
最終ログイン日時:
……2075年6月22日18:00[◆
「――っ!」
息を呑みました。
それらは本来、他のプレイヤーには秘匿されているべき情報です。
そしてアリデッドさんが行使した管理者権限で暴かれたナツオさんのプレイヤー情報を見る限り、彼が“死んでる勢”だと言うのは一目瞭然です。
あの日、ジュライの最終ログイン日を確認した時と同じ――ナツオさんの最終ログインも、ヴァーサスリアルのサービス開始日時なのですから。
「何だよ……これ……っ」
「何かって言ったら、オタクの情報以外に無いけど?」
「そういうことじゃなくてっ!」
ダガンッ――――アリデッドさんが押し出したナツオさんの背が、激しく部屋の壁にぶつかって大きな響きを立てました。
途端に静まり返る室内に、ただただぼくたちの息遣いだけが耳を障ります。
「どういうことだっていいんだよ」
とてもざらついた声でした。対峙していないぼくですらこんなにも縮こまっているのですから、それを向けられているナツオさんの恐怖は想像出来ません。いえ、出来たとしてもしたくはありません。
「オタク、やっぱアレだろ? ――牛飼七月に殺害された六人の大学生の一人」
「な、なな、何で……?」
ドンッ――――退路を塞ぐように突き出した手が今度は直接壁を叩きます。魔獣の鞣した革で作られた籠手に包まれた緑色の太い腕は筋張り、ぎりりと握り締めた拳は僅かに震えています。
「ってことはつまり――牛飼七華を連れ攫っては暴行し、強姦し、剰えその様子を映像に収め、ネット上に撒き散らした六人の一人、ってことにもなるよなぁ?」
「っ、っっっっっ――――」
細かく弾む言葉無い声を漏らし、凶悪とも言える殺意を突き付けられたナツオさんはただただ奥歯をがちがちと鳴らしています。
アリデッドさんの緑色の鱗が真っ赤に染まった錯覚をぼくは抱き、ごくりと鳴らした自分の喉の音に驚いてしまいます。
「それだけじゃない。ネット上にアップロードされた映像は全部で五本、そのうち最初のひとつ以外は全部相手の許諾了承を得ない違法ポルノ――知ってるか? オタクらが牛飼七月に殺された後、三作目の
「――――っ」
「オタクらを殺す前に牛飼七月も、オタクらの最後の被害者となった牛飼七華を殺してる。牛飼七華が『死にたい』って言ったからだ。
「――――――――っ」
「どういう
「――――――――――――っ」
「――
怒鳴り声が部屋の壁も天井も床も机も椅子も全部を揺らしました。
ナツオさんは両手で頭を覆うようにして身を守りながら、ですがその場にへたり込んでとても小さくなってしまっています。
何度も何度も、アリデッドさんは壁を叩き、床を蹴り、「
ですが悲鳴にも満たない呻きのような小さな声を漏らしてしゃくり上げるばかりで、ナツオさんは一切答えることが出来ません。
とてもとても、嫌な気持ちです。
ナツオさんがそこにいることも、ぼくが彼と同じ空間にいることも、彼のせいであんなに憤慨するアリデッドさんを見ることも、何もかもが不快で堪りません。
でも、ぼくはじっとこの場に留まってその様子を見守り続けます。
そしてアリデッドさんは再び、管理者権限を行使しました。
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