181;菜の花の殺人鬼.04(牛飼七月)

「――ショウゴだ」


 ああ、とで名前分けしていないんですね。まぁでも、僕達クランのメンバーにもそういう方はちらほらと見ますから――もしかしたら、名前は自分で自由に設定していいって言う基本的なルールが分からないのかも知れません。

 そう考えると確かに、僕が自分のキャラクターメイキングを始めた時は事前に誰かに聞いたわけでも無いのにこのゲームについての知識が頭の中にあったんですよね。何故か誰かに聞いた記憶として認識していましたけれど。


「ジュライです」

「ジュライ……」

「はい――


 敢えてロミィさんとレイヴンさんには席を外して貰いました。

 その理由は勿論、彼とは二人きりで話したかったからです。ロミィさんもレイヴンさんも僕にとっては大先輩ですから正直心苦しいものはありましたが、お二方ともとてもすんなりと僕の意見を受け入れてくれました。日頃の行いって大事ですね。


「ご存じとは思いますが……僕は、牛飼七月という名前でした」

?」


 ああ、そうか――――時系列的に、牛飼七月が死刑になって死んだことは知らないんですよね。だから僕は先ずそこから話して差し上げました。


「マジかよ……」

「驚く程のことですか? 人を七人殺害したんですよ――至極真っ当な判決だと思います」


 ごくりと唾を飲む喉の鳴りが耳を障りました。ですが気にせず僕は続けます。


「ですがこうして、新たにこの世界に生きることが出来たのですから――」

「何でそんなに普通にいられるんだよっ、おかしいだろ、どう、考えてもっ!」


 ローテーブルを挟んでソファに座るショウゴさんは狼狽えながら取り乱します。

 開いた膝に載せた肘の先に伸びる両手で頭を抱え、香油で後ろに流した髪をわしゃりと掻き毟ります。


「おかしいとは僕も思いました。でも、事実こうして再び生きているのですから」

「っくそぉ!」


 だん、という大きな音が響きます。ショウゴさんが俄かに持ち上げた両脚で床を強かに踏み付けた音です。


「ちょっと」


 ガチャリと開いた扉の隙間からロミィさんの睨み付ける顔が覗きます。僕が謝ってそれでも大丈夫だと伝えると、ロミィさんは顰めた面のまま舌打ちをして盛大に扉を閉めて行きました。


「いくら依頼主だからと言っても……僕達はお仕事を。気を付けて下さい」

「……っくそ」

「それで――殺されそう、でしたでしょうか? その方からショウゴさんを守ればいいんですよね?」

「ああ、そうだよっ……」

「誰に、殺されようとしているんですか?」

「知るかよっ! あ、いや……悪い……」

「……かも知れませんよ」

「悪かった……態度には、気を付ける、から……頼む……たすけて、守ってくれ……」


 頭を抱えてぶるぶると震えるショウゴさんに、僕は微笑みかけました。

 もしかするとまたいつもみたくそれは上手く出来ていないのでしょうが、ですが今回ばかりはそれでも良かったです。


「分かりました。ショウゴさんの護衛を、僕たち【七刀ナナツガタナ】が引き受けます。差し当たり、僕は確定として……面子をどうするかは、これから決めますが」


 ショウゴさんはとても神妙な面持ちでした。

 彼にとっては一度自分を殺した人間に守ってもらうというのは気が気でならないかも知れません。

 ――いえ、そんなのは当たり前です。


 気が気じゃないのは僕だって一緒だ。

 腹を割って打ち明けるぶち撒けることが出来たなら、きっと僕は〈七七式軍刀〉に宿るを解放して何度だって斬り伏せてやる。


 妹を嬲って穢した奴がどうしてこんなにも殺されることに怯えているというのだ。

 殺されて当然。

 いなくなって漸くだ。


 ――でも。

 そんな思考が渦巻いても尚、僕はこの人を守らなければいけない強迫観念に苛まれています。

 守りたくなんか無い。

 殺されてしまえばいい。

 だって言うのに。


 そう信じる僕だからこそ――この人を、守らなければいけない気がするのです。

 その理由は全く定かではありません。まるで白く煙る霧の中に咲いた白百合の群生のように、その輪郭も色彩も何もかもが有るかのようで無いかのよう。


 正直、僕自身が一番面食らっています。

 こんな風に僕が考えることを、僕自身が。


 でも。


「……敵が分からなければ対策のしようもありません。教えて下さい、ショウゴさん。あなたを殺そうとしているのは誰で、いえ、誰まで特定出来ていなくても、どんな相手で、単体なのか複数なのか、そういう一つ一つを教えて下さい」


 きっと僕の言葉はひどく冷淡に聞こえたことでしょう。

 彼を目の当たりに、視界の中心に据える度に世界が真っ赤に染まってしまいそうな、グツグツと煮えたぎるはらわたの熱で頭が浮かされそうな、だけどもすらすらと意思に関わり無く飛び出て来る言葉たち。

 その僕のお願いに、ショウゴさんは項垂れながらも確かに一つ頷きました。


「――つまり、ショウゴさん自身はその殺人鬼のことを知らないんですね?」


 こくこくと首を縦に振るショウゴさんは、「でも俺のことを殺しに来る」と断言します。


「先ず最初にリュウガが殺られて、次にワタル、そしてキョウイチが」

「それは誰ですか?」

「仲間だよ、お前なら判るだろ!」

「仲間……」


 僕が判る、ということは――彼の言う仲間とは、の繋がりのことでしょう。


「ちょっと待って下さい。つまりあなた方は皆、冒険者なのですよね?」

「そうだ」

「レベルはどうだったのでしょうか?」

「レベル? ……俺が今34、リュウガ達はどうだったか分からない」

「分からない?」

「仲間と言っても、この世界では違う。俺とナツオは唆されたって言うか……だから、はぐれたまんまにしてたんだ」

?」

「そう――今度は、ちゃんとしようって、思って……」

「ちゃんと……」

「あいつらがどうだったかは知らない。ナツオの奴は連絡だけは取ってたみたいだけど、俺は一切関わりたくなかったんだ。でもナツオから、あの三人が殺されたって聞いて、怖くなってきて、そしたら」

「そしたら?」

「……アキヒロも殺された」

「なるほど」


 ご友人のナツオさんから連絡を受けたショウゴさんは怖くなり、そんな中で僕たちを頼ることを決めたそうです。

 確かにその判断は正解だと思います。何せこのクランはヴァーサスリアルこのゲームで最も高レベルのロアさんが率いる組織。クランとしては後発ですが、加盟キャラクター数も今ではトップに引けを取らないと聞いています。


 でも、大事なのはそこではありません。


「ショウゴさん、馬鹿みたいな確認をしますが……あなた方は“冒険者”ですよね?」

「……ああ。さっきも言ったと思うけど?」

「そうですよね、すみません」


 僕たち冒険者は原則として死にません。

 ですがショウゴさんのお仲間さんは死にました。

 つまり――――これは、“”です。

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