180;菜の花の殺人鬼.03(牛飼七月)

「ジュライ、調子はどうダ?」

「レイヴンさん」


 一緒に〔王剣と隷剣〕に出向いたこともあって、レイヴンさんはクランの中でも僕のことをとてもよく気遣ってくれます。

 取得しているアルマも大元は一緒なのです。一次プリマの《刀士モノノフ》から始まり二次セグンダは《シノビ》――ですが既にレベル80に到達し三次テルティアアルマを取得したレイヴンさんの現在のアルマは《シャドゥ》です。

 僕にとっては先輩さんなのです。


「そうカ。こチらも難航していルよ……」

「そうですか……難しいですね、のって」


 そうです。霊峰ルザムを登攀した【魔剣の霊廟】で得た《隷剣解放》のスキルですが、僕達それぞれの愛器には僕達の生前の心が棲みついてしまいました。

 本来であればそれは、愛器そのものの魂が宿っては具象化する筈だったのですが――これは僕達“死んでる勢”だけの特別な処理、と言いますか、ある種の誤作動バグみたいです。

 実際、クラン【七刀ナナツガタナ】に属する他の〔王剣と隷剣〕挑戦者に訊いて回ってみたものの、皆さん口を揃えて僕達と一緒だと言います。併せて、それぞれが隷剣の強化に難航している、とも。


 どかり――レイヴンさんが、僕が腰掛けているクランロビーのソファに腰を落としました。

 そして半面で隠した目元で、ロビーにがやがやと喧騒を作っている面々を一望します。


「増えましたね、メンバー」

「そうダな――――最初の頃は拠点アジトもこんなに広くは無かった」


 クラン【七刀ナナツガタナ】は僕の加入と共に立ち上がりました。

 その頃はロアさんと僕、そして五つのパーティしか所属の無い、総勢二十人程度の小さな組織だったのですが……一ヶ月が経とうとしている今、何と十倍弱にまで膨れ上がっています。


 ロアさんを始めとするクランメンバーがこの世界を彷徨っている“死んでる勢”を見付けては声を掛け引き入れていくという流れが基本でしたが、クランが大きくなるに連れて彼らが逆に僕達を探し出して自ら加入を希望する、という新たな流れも生まれ、今ではそちらの方が主流です。


「時にジュライ――今日ノ予定は?」

「今日ですか? 今日は――――」


 確か、特にこれと言った予定は無かったと記憶しています。

 と言うよりも、僕はクランに加入してはいるものの、パーティは組んでいないソロプレイヤーなのです。

 人数条件のあるクエストで仲間クランメンバーが困っている時に同行するくらいで、僕自身は進んでクエスト消化には乗り出しません。

 そもそも《隷剣解放》をモノにするために僕自身と向き合い、自分の心の中でと何度も戦う必要があるのです。屈服させ、認めさせ無ければ、解放しても言うことの聞かないじゃじゃ馬にしかならないのです。それでは《隷剣解放》の意味が無いのです。

 ですから、予定が無い日はとことん自分と向き合って戦うだけです。それだけでも結構な経験値は得られますから、レベリングにもなりますし。


 ――と、そんな風に思考を纏め上げていた折でした。その人が、クランの入口ドアを開けて入って来たのは。


「こんにちは」


 同じく“死んでる勢”の一人である受付嬢のロミィさんが声を掛けました。

 入って来た男の人は目をぱちくりとしばたかせながら、ロミィさんの方へとずかずかと歩み寄ります。


「――ここが、クラン【七刀ナナツガタナ】か」

「そうですが……加入希望?」


 ロミィさんが彼のことを頭のてっぺんから足元までじっくりと眺め回します。

 このクランの加入条件は“死んでる勢”であること――受付嬢であるロミィさんと、今日は非番ですがもう一人のレミィさんのお二人は、何となくですがそれが判るのだそうです。

 そのためロアさんが直々にスカウトしたこの双子の姉妹は僕やレイヴンさん同様にこのクランの立ち上げメンバーでもあります。


「いや……その……」

「加入条件は満たしてるっぽいけど……じゃなかったら何?」


 お姉さんのレミィさんはほんわかとしていて淑やかな方ですが、妹のロミィさんはなかなかにぶっきらぼうと言いますか……仲良くなるとかなり気さくに接してくれるんですが……


「……その、」


 男性の方はなかなか高身長で、きっと180センチメートル近くはあるのかなと思います。

 狩人のように鍔の広い帽子を被っていますからお顔はよくは見えませんが、身に着けている衣装も苔色や深緑ですから、きっと弓士アーチャー系統の《狩人ハンター》なんだと思います。


「……加入したら、俺を守ってくれるか?」

「はぁ?」

「頼む! 殺されるかも知れない……いや、かも知れないじゃない。きっと殺される。だから俺を守って欲しい」

「あー……どっちかってーと発注クエストってこと?」

「それでもいい、何でもいいんだ。俺が殺されないなら、何だって……」


 あっと言う間にロビーはざわめいています。

 僕も隣に腰掛けるレイヴンさんと顔を見合わせた後で一緒に立ち上がり、彼のもとへと歩み寄りました。

 僕達が靴音を鳴らすと、クランメンバー達はずらりと道を作ってくれます。年功序列、という在り方システムはあまり好きではありませんが、ロミィさん同様に僕達もまたクランの立ち上げメンバーとして顔は知れていますし、レベルも高いですし。


「お、レイヴンにジュライ。聞いてよ」

「あル程度はそコで聞いてイた」

「はい、殺されるかも知れないから守って欲しい、ってことですよね?」

「え――――」


 どうしてでしょうか。どうして、この方は僕の顔を見るなり腰を抜かして尻もちを着いたのでしょうか――――そんな彼の被っていた帽子が、尻もちを着いた衝撃でふわりと浮かび、そしてはさりと床に落ちます。


 ああ。


「あなたは――」

「お前――――」


 合点がいきました。どうして彼が、僕を見て驚き、腰を抜かしたのか。

 当然でしょう。だって僕は、生前の彼を殺した張本人なのですから。


「ジュライ、どうシた?」

「ああ、――いえ。生前に知っていた方でしたので」


 僕は腰を屈めて手を差し出しました。勿論、彼に起き上がってもらうためです。


「ひぃっ!?」


 ですがそう反応されては、まるで僕がとてもとても怖い人みたいで、ちょっと悲しくなりました。

 でも手は引っ込めません。


「守って欲しいのなら、僕が引き受けましょうか?」

「ひ、ひぃっ!?」

「クランの中で僕ほど暇を持て余している方も他にいませんし、ロアさんには言っておかなきゃですけど」

「ああ、じゃあロミが言っておくよ」

「あ、そうして下さると助かります、ロミィさん」

「んじゃ正式に依頼クエスト受注、ってことで。……あんたさ、いつまでもそこでケツ床に着けてないで、こっちに来な。契約すっから」

「なので、手を」

「……あ、ああ」


 漸く僕が差し出した手を握り、引き上げられるがままに立ち上がったショウゴさん――ああ、この世界では違う名前かも知れませんから、ちゃんと聞いておかなきゃですね。

 僕は彼を連れて、ロミィさんに続いて契約や相談などに使われる応接室に向かいました。

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