179;菜の花の殺人鬼.02(姫七夕)

「ただいま」


 声にビクリと振り向きました。

 ぼくだけで無く、彼の帰還を待っていた誰もが、この事態がどういうことなのかという結論を得ないまま、ただただ事実を突き付けられて脅えるように。


「何だよ、全員揃ってんじゃん」


 スーマンさんはレナードさんを伴ってここ【砂海の人魚亭】に帰って来ました。

 彼の助力がありながらも、初めてのクエストを成功で終わらせることの出来たレナードさんはほくほく顔です。

 それ自体は、とても良かったなと思っています。ですが……


「あ、あの……」

「そんな遠慮すんなよ。あー、さっき伝えた、オレの姉ちゃん」


 スーマンさんのお姉さんが、このゲームにログインしました。お友達と一緒に、三人旅を始めたのです。


「せいざ……スーマンの、姉の、アイリスです」

「その友人の、レイナです」

「同じく、リッカです」


 その目的は――――


 大きな丸テーブルを二つ近付け、ぼく達はその二つの円を囲んで座ります。

 ぼくとアリデッドさん、アイナリィちゃんにユーリカさんそしてスーマンさんが囲む円の隣には、レナードさんとアイリスさん、レイナさんにリッカさんの四人が囲む円。

 8の字の食卓を囲みながらぼく達は、アイリスさん達三人が話す言葉を聴きます。ジーナちゃんとレクシィちゃんが運んでくれた食事を口に運びながら、ですがアイリスさんの語る話に聞き入る余り、美味しい筈の食事のどれも味をあまり感じませんでした。

 ぼくはぼんやりとそのことに“勿体ないな”なんて思いながら、それでもその話の奇妙さに思考を滲ませていました。


 巷に流れる“死んでる勢”の噂――そこに、一つの尾鰭おひれが最近加わりました。


 “ヴァーサスリアルというゲームにログインすれば、死んだ人間に再会できる。”


 SNSを始めとしたネットワーク上に溢れるその言葉を半分飲み込んで、アイリスさん――睛美さんはこのゲームを始めることを決めたそうです。

 スーマンさん――静山さんが元々このゲームをリハビリのためにやっていたこともあり、ご友人のお二方の後押しもあって、睛美さんは大学の卒業旅行のための貯金を切り崩し、高価な電脳遊戯没頭筐体ハンプティ=ダンプティを購入しました。


 ですが筐体にゲームデータをインストールしてから実際にキャラクターメイキングを始めるまでに三日を擁したそうです。

 求める結果がそこに無かったのなら――――その不安は躊躇を呼び寄せそれは彼女の手足に纏わりつき、前進を停滞へと変えました。

 いえ、そもそもそれが前進なのか、ぼく達の誰にもその解は判りません。


 死者に逢いたいという願いは、それこそ停滞なのかも知れません。


 ですが結論を言えば、睛美さんはもう二度と逢える筈の無い弟さん――静山さんに、この電脳遊戯の世界で邂逅を果たしました。

 ですから、それは前進に他なりませんでした。その願いが叶うかどうか、だけを見れば。


「実際似たような話は結構あちこちで盛り上がってる」


 アリデッドさんが今度は口を開きます。


「その真偽の定かまでは確かめられないが、だがそこから新たなも発生している」

「詐欺?」


 スーマンさんが眉根を顰めました。

 それとほぼ同時のタイミングで溜息を零したのはユーリカさんです。


「逢いたい死者を装って近付き、ってヤツだろ?」

「知っていたんだな」

「最近ちょっとしたニュースになってた。ありそうな手口だなって思ったよ」


 事実、ヴァーサスリアルのキャラクターモデリングは非常に自由度が高く、また感覚的にも理論的にもそのどちらもを複合ミックスさせることでも自在に弄ることが出来ます。

 基本的にはログインした本人の身体規格を大元としてそこからキャラクターのデザインをモデリングしていきますが、数枚の写真からでもモデリングデータと言うのは取得できる昨今です。また時間をかければそんなものが無くてもになることは出来るんです。


「そう考えると……私がスーマンに逢えたのは本当に奇跡みたいな出来事だったんですね」


 アイリスさんが呟くように言いました。スーマンさんは何処か所在なさげな視線を遠くに投げています。


「それで、どうするんだ?」

「え?」

「オタクらの目的はとりあえず一つ達成できたわけだ。つまりこれから――単刀直入に言えば、続けるか、やめるか」


 アイリスさん達三人が顔を見合わせます。


「何でやめるって選択肢が出て来んだよ」

「今のお前を真似た詐欺師に引っかかる恐れがあるってことだろ?」


 明後日の方向を見ながら吐き捨てたスーマンさんへと向けて、ユーリカさんがぶっきらぼうに返します。


「マジかよ」

「いや可能性の話だけどよぉ……」

「でも実際に、あり得ないとは言い切れない」


 アリデッドさんの言葉にアイリスさん達三人がそれぞれ唾を飲み込みました。


「その事実を使ってよこしまなことを企む連中がこれから蔓延らないとも限らない。なら、その事実を願っているオタクらは身を引いた方が賢明かも知れない、ってことだ」

「でも姉ちゃんは先にオレに逢ってるだろ」

「偽装は何もキャラクターモデリングでだけ出来るわけじゃない。スキルや魔術、そう言ったシステム側の恩恵も併用すれば限り無く本物に近い代物が出来る――ついさっき、その凄さを体験してきたところだ」


 ルメリオさんのことです。スーマンさん達を待つ間、幻覚魔術ハルシノマギアのヤバさについて教えてくれましたから。


「ただ、その危険性リスクは回避できるがな」

「まぁ、そういうことだよな」

「えっ?」


 確かに、本物が横にいる状態で偽物が近付いて来ても騙されることは余程の事が無い限り在り得ないでしょう。つまり――


「遠慮すんなよ。アイナリィの親父ともども、手引きしてやるって」

「え、それ……どういう……」

「鈍いなぁ。うちのギルドで面倒見てやるって言ってんの」


 再び顔を見合わせた三人。そしてこの雰囲気を察したのか、気が付けばジーナちゃんとレクシィちゃんが居合わせていました。


「入会手続き、三人分でいいよね? ああ大丈夫大丈夫、うちのギルドから退会届は出しておくから!」


 流石、父親を凌ぐ商売人の娘です。まだ状況を上手く飲み込めていない三人の目の前に、専用の用紙を置いて説明を始めます。


「あかん、涙ちょちょ切れそうや」


 レナードさんはその隣で、目頭に指を置いて鼻を啜りました。そして懐から取り出したハンカチで鼻をずびーんと噛みます。


「おとん、汚い」

「何でや、内側から込み上げてんやから寧ろ清潔やぞ」


 お父さんがいる手前、あまり積極的にベタベタ出来ないアイナリィちゃんは少しだけ不貞腐れている顔をしています。でもアイリスさん――睛美さんの話に何か思うことがあったのでしょう、時折お父さんの横顔をちらりと盗み見ては、物憂げな表情を浮かべるのです。


「そういやおっさんはどうすんだ?」

「ああ、せやった。今日一日一緒に付き合うてもろたけど、やっぱ一日じゃ何も分からんわ」

「せやろな。このゲーム、一日で理解し尽くせるほど安いもんちゃうし」

「やからな、短くてもレイドクエスト言うの? それが終わるまでは続けるつもりや」

「何でや。あと十日もおるつもりなん?」

「せやで。聞いたら“お祭り”言いはるやんか。祭りなら踊らなあかんやん」

「ほんまに踊るつもりや無いやろな?」

「阿保か。ほんまに踊る奴がどこにおんねん。レイドに参加する言うてんねん」


 ガダン!!


 全員の目が、入口に殺到しました。

 最も近いテーブルに着いていたぼく達だけじゃなく、本当に全員が。


 倒れ込むようにして入ってきたその男の人の衣服はぐっしょりと塗れていて、駆け寄って見てみても怪我はしていないようですから、きっと奔走して汗で塗れているのでしょう。


「オタク、どうした?」

「……ああ、アンタら、冒険者か?」

「そうだけど?」

「頼む……俺を、守ってくれ」


 どうしてでしょう――――ぼくはその人の顔を、どこかで見たことがある気がしたんです。

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