178;ノア・クロード.02(シーン・クロード)

「演技派なんだな。そういう才能もあるとは思ってなかった」

「演技派? 何のこと? ああ、勘違いしていると思うけど、幻覚魔術ハルシノマギアは対象の認識に干渉するものでさ。僕ちゃんは別に僕ちゃんらしく振舞ってただけなんだよね。それをちゃんミカだと君は認識してたってこと」

「成程――ヤバいな」

「そだね、バいヤーだね。ああでも、スーマン君が溢れるってのはちょっとヤバかったな。認識している対象にそぐわない言動は気付きの原因になるからさ。正直“やっべ、バレたんじゃね”って思ったよ」


 ああ、あそこで噴き出したのがミカにしては妙だなと思ったのは、あの幻覚を破る気付きだったってことか。つまりはあそこで疑うべきだった、と――今後は要注意だな。


「さぁーって。じゃあ本題に戻ろうか」

「ああ」


 溜息を吐いて席に再度腰を落ち着け――ようとして、椅子の座面でぶすぶすと黒い煙を上げる〈呪符〉の存在に気付いた。

 なるほど、基本的には呪印魔術シンボルマギア同様に、〈呪符〉を消費して魔術を行使する形か――――いや、俺にそうだと強く印象付けておく罠かも知れんな。そもそもこんな風に直ぐ気付くような証拠をわざわざ残す意味も無い。

 だが、俺にと思わせる手、という可能性も否めない。何にせよ、ここにある情報だけで判断するのは愚行だってことだ。幸い、数は少ないにせよ《幻術師イリュージョニスト》は他にいないわけじゃない。陥穽かんせいを避けるためにも、幻覚魔術ハルシノマギアは後々ちゃんと調べておくことにしよう。


「この映像は僕ちゃんが教団内部に偵察のために潜入した時のもの。使い魔ファミリアの擬態能力と僕ちゃんの呪印魔術シンボルマギアを組み合わせて撮影した映像だ――――ここを見て」


 指差された箇所に視線を注ぐ。

 聖職者たちが多く行き交う廊下の奥――そこに、目を凝らしてもなかなかに気付かないレベルのひずみがあった。


 それは、例えるならば昔見た“プレデター”という映画で、敵として襲い来る宇宙人が使っていた光学的迷彩Optical camouflageのようだった。

 人の輪郭をした透明の揺らぎ――――それが、左奥から右手前に向けてゆっくりと移動していくのだ。


「次もある」


 動画はその透明色の揺らぎが廊下を渡り終えたところで終わっていた。ルメリオは指を画面に滑らせて次の動画を用意し、そして再生させる。


 その動画は、教団の中とも言い切れない、何処か判別のつかない部屋を覗くものだった。

 恐らくはドアの隙間から覗いている、というような映像で――何も無いぽっかりとした空間が開く部屋の中心に目を凝らすと、あの透明色の揺らぎが存在することに気付く。

 そして十秒ほど経ち、その揺らぎは徐々に本来の色と形とを取り戻していった。


 ――ごくり、と喉が唾を飲む。

 やがて透明はみどりがかった黒い術衣ローブに身を包む、聖職者と言うよりは魔術師と言った方が適切なような、そんな銀髪の男の姿へと変じて行った。

 長い髪を後ろで一つに束ねた男の背中――俺は瞬きも忘れてそれに見入っていた。


『――っ!』


 瞬間、目を見開く。

 気配を察知したのか、銀髪の男が振り返った。咄嗟に逃げたのだろう、視界が急速に向く方向を変え、そして動画はそこで終わっている。


 だが――――ほんの一瞬にも満たないごく僅かな時間であっても。

 俺には、兄の顔だと断じれた。


「――ノア」

「どうして彼がそこにいるのか、どうして僕ちゃんみたく透明になってそこに忍び込んでいるのかは全く定かじゃないよ。ああ、おかげで僕ちゃんも教団への偵察はちょっとやめておこうって気になっちゃったし。多分僕ちゃんの顔は見られてないと思うけど、使い魔ファミリアは見られちゃったかもだし。ほとぼり冷めるまでは大人しくしているつもりさ、教団相手には」


 ルメリオが何か言っているがよく聞き取れない。それくらいに俺の頭はもう兄のことでいっぱいだった。

 教団本部へと向かえば、そこに兄はいるのだ。だが――――


「行くつもり? やめといた方がいいんじゃないかな?」

「Why?」

「流石に向こうも警戒してるでしょ。まぁそれは僕ちゃんのせいなんで謝るけどさ。ごめんちょ」


 それはそうだ。俺が兄の立場ならば拠点を移すだろう。若しくは、もしもそこにいなくてはならないのなら、警戒レベルを上昇させるに違いない。

 いや、兄が何をしているかに因るか? 先ずは兄が何をしているのか、何をしようとしているのかを突き止める方が先決か?


「恩に着る」

「おお、君、頭下げるタイプなんだね。僕ちゃんちょっと吃驚したよ」

「感謝も謝罪も、必要ならば表明することに躊躇はしない」

「へー、そういう対応で大丈夫なの? 隣国同様訴訟の国なんじゃないの?」


 じろり、と睨みを利かせては見るも、相手は意に介した素振りは見せやがらない。

 兄の情報を得ているということは、その半分は俺にも共通する。俺が何処に住んでいて、何処を出身としていて、どんな道を歩んで来たのかも――特にこのルメリオ相手には筒抜けだと思っておこう。

 十中八九、【正義の鉄槌マレウス】の参謀役ブレーンはこいつだ。統率はミカが取るものの、情報の入手や操作はこいつの主務なんだろう。じゃなきゃ偵察に必須な能力を備えた使い魔ファミリアを選ばない。


「ミカによろしく言っておいてくれ」

「あれ? もう帰るの?」


 席を立った俺に、わざとらしくルメリオはそんな言葉を掛ける。


「ああ。こっちも色々とごたついている所さ」

「半分、いや殆どお前のせいだけどな」

「それは悪いね――でも僕ちゃんは流石に、誰かさんのまでは仲介した覚えは無いよ」

「――オタク、どこまで知っているんだ?」

「さぁ……全体の何パーセントかって質問だったら、まずどこまでが全体なのかって定義から共通認識にしないと」


 こいつ……


「ごめんね? 僕ちゃんもさぁ、いつ敵になるか判らない相手に何もかもしてあげられるほどお人好しじゃ無いんだよね、ちゃんミカや髭さんと違ってさ」

「俺がお前達の敵になるって?」

「そりゃそーでしょ――ノア・クロードがガチで“死んでる勢”の一員だったら……考えたこと無ぁい?」

「……邪魔したな」


 踵を返し正面口へと向かう俺をルメリオは追わない。代わりに、「まったねー」だなんて軽々しい言葉を背中に掛けてくる始末だ。

 だが考えておかなければならないのは事実――兄がロア達同様に“死んでる勢”の一員だったなら。俺は、どういう立場でこの物語を続けるのか。


 ノアに手を貸す? それとも――――


「――――どうする、かな」


 答えを出すには情報が少なすぎる。

 だが再びまみえた兄がもう兄では無いと断じれたなら――その時は。


 俺は迷わず、敵対するのだろう。


 だがそうでは無いと信じたいこの心は、甘えと言えるのだろうか。

 それとも――――

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